番外2015 幸福な旅
並行世界の俺が干渉の際に悩んだ点、困った部分等は干渉を開始する前に予め対策をしておける。
手順、方法。目指すべき目標。そうしたものが分かっているだけに、並行世界程の苦労はしないとは思うが……不測の事態は付き物だからな。それだけに、まず地球でのBFO開発が干渉の主としての仕事というのは平和的で良いと思う。
「多分、比較的平和な方法だったからそうしたんだろうね」
最終形としては魔法修得のための訓練に、ゲームのガワを被せる形だ。
干渉の軌道修正もしやすいし、開発が難航したりしても状況に応じてリカバリーが利く。夢を見せたり閃きのような形で啓示を与えたりで、ゲーム内容をそれと自覚させずに望む方向に進んでもらうという手法も……消費する魔力が少なく、長期に渡って干渉できるというメリットがある。
「干渉のために時間をかけて構想や準備されたのでしょうし……色々考えられていますね」
休憩所での説明に感心したように言うグレイスである。
そうだな。BFOの開発会社の社員にも生活はあるし、干渉という形であれ開発に携わるなら面白いものにしてやりたいというのもある。前世の俺にもゲームにのめり込んでもらわないと意味が無いしな。
BFOにしても目指すべき完成形は見えているから、そこを目指していく形ではあるが……細部をブラッシュアップしたりもできるはずだ。
「BFOを構成するプログラミング――術式みたいなものなんだけど。それにしても迷宮核で解析すれば具体的な形でサポートできるからね。開発側の体力増強や健康状態の促進といった支援も可能だし」
「仮想空間での遊戯となると、フォレスタニアで構築してきたものの応用も効くのでしょう?」
「そうだね。それに対して幻影劇や仮想空間は応用が利くっていうのはあるね。やりやすくなるように開発環境を作っていたっていうのはあるよ」
ローズマリーの言葉を肯定する。
向こうの開発環境に合わせ、そうしたものを迷宮核でコンバートして向こうにヒントなり閃きなりという体で送ってやるわけだ。開発の確実性と速度の増強に繋がるだろう。
総じて地球に対する干渉はそれほど難しいものでもないし、緊急性を要する事態に陥る可能性も低い方だ。
一方で、並行世界のルーンガルドへの干渉については――魔力消費量の問題も出てくるので、戦闘等への直接的な干渉は難しい。竜輪ウロボロスを送り、前世記憶や魔法知識を蘇らせるのが精々で、後は並行世界の俺自身に委ねるところまでとなる。
現地の俺が竜輪ウロボロスを通して術式を行使した方が出来る事も威力も大きくなるからな。ルーンガルドだと竜輪ウロボロスに隠密行動をさせたとしても、魔法が前提として存在する世界なので感知する手段を持つ者が出てくるというのも直接干渉に向かない点ではあるな。
「とりあえず……幻影劇や仮想空間の街並みや風景とか小物作りは、私達にも手伝えそうね」
にっこりと微笑むイルムヒルトである。そうだな。既に各国の街並みを感覚的に構築するのが簡単な環境なのだ。迷宮核謹製で立体映像開発用のツールを構築してあるからな。
「そうだね。必要なものはある程度分かっているから、手伝ってもらえると助かるよ」
「ん。任せて」
そう言ってサムズアップするシーラである。うむ。
そうして並行世界の俺の経験から必要になったオブジェクト等を予め構築したりと、色々と準備を進めていった。
竜輪ウロボロスも干渉の為に学習を進めて事前に必要なことを学んでくれていて、結構なことだ。事前知識もそうなのだが、保有する記憶、術式だけでなく後天的に知識もつけてくれていて、意欲十分といった印象である。竜輪ウロボロスが形成される時の対話で具体的な記憶を俺と共有しているということもあり、準備や実際の干渉の際は頼れるパートナーといった感じだ。
みんなやユイ、ヴィンクル、サティレスやアルクス達守護者も交代で各国の美しい情景や大型の建造物のデータ、美術品、衣服や装飾品等の文化に関わるもの。様々な様式の武器防具といった細々としたものを作ってくれているな。
特にサティレス。幻術の専門家として、色々と拘りを持って作ってくれているようで、ライティングまで拘った立体映像を作り上げてくれていた。
「この位置からこの光源で見ると素晴らしいものになるかなと」
サティレスが笑顔で言う。丘の上から一気に視界に入ってくるタームウィルズだとか、キービジュアル等のゲームでよくある話をしたところ、そうした魅せ方にも拘ってくれている。
建造物や調度品、武器防具に刺繍や装飾等の細部もバリエーション豊かに美しく仕上げてくれているので、これはゲーム上の仮想空間で見たらすごい事になりそうだ。インスピレーションという形で向こう側に送ってもいいし、こっそり外注を装ってデータの形で向こう側に送るというのも可能である。必要に応じて上手くやりたいところだな。
「いいね。作ってもらった立体映像は、BFOだけじゃなくこちら側の仮想空間や幻影劇でも使えそうだ」
「これから先も、お互いの住民が目にすることはなさそうだものね」
ステファニアが頷く。
「ふふ。気に入っていただけて光栄です」
と、サティレス。感覚系の制御についてもな。一応VRゲームは一部の感覚に制限もあるのだが、痛覚等がその対象だ。義肢で培った技術やサティレスの作ったものをコンバートしたデータならば効率化し、データ量も軽量化した上でリアルな感覚を伝える事ができるものになりそうである。
一応、リアルな魔力操作の感覚は景久のみの特別仕様ではあるが、普通の五感や偽装の魔力操作感覚も結構真に迫ったものにできるのではないだろうか。常時細かい感覚刺激をする必要はないが、例えば草や森の匂い、洞窟の湿った空気、砂漠の乾いた熱風といった感覚を要所要所で時折感じさせれば臨場感も違ってくるわけだ。
そうやって――こちらで事前にできる範囲で干渉前の準備を整えていき、魔力を蓄積しながら季節が移り変わっていく。
子供達もすくすくと成長していて、アシュレイ達もすっかり復調してきた。
オリヴィア達も姉や兄として、弟や妹の世話をするのに慣れてきたという印象だ。交代しながらできる範囲、無理のない内容で手伝ってくれるので微笑ましいし、ありがたいことだ。
日常の中で仕事を進めていき、そして十分な準備ができたと思える頃合いで、干渉を実行に移していくこととなった。
ラストガーディアンの間。干渉用設備の前に……グレイス達や母さん、ティエーラとコルティエーラ、守護者達と共に集まる。子供達については、セシリアやクレア達が見てくれているので安心だな。
手順としては過去の地球に。それから並行世界の幼少期の俺のところへという流れになる。だが、その前に……一つだけどうしてもやっておきたいことがある。
「いよいよ、ね」
「うん。干渉を始めるわけだけど――」
クラウディアの言葉に頷いて、少し目を閉じて天を仰ぐ。
本当に。本当に、色々なことがあった。
あの日、前世の記憶が蘇ってから。タームウィルズに出てきて、魔人と戦い、シルヴァトリアに渡り――。
バハルザードやハルバロニス。グランティオスでの記憶。ヴァルロスとの約束。月での出来事。ティエーラとの出会い。そして、みんなとの結婚。
ベシュメルクや魔界。氏族との和解。冥府。母さんとの再会――世界のあちこちを巡って出会った人々の顔。それから、子供達の誕生。大切な記憶の数々が脳裏に浮かんでは消えていく。
「本当に……色々あったな。必ずしも良いことばかりじゃなかったけれど、こうして振り返って見て……幸福な旅だったと思う。そう言える。だから――」
顔を下ろし、真剣な眼差しで俺に視線を向けてくれているみんなを真っ直ぐに見る。
「――あの人に、恩を返したいんだ」
「はい。今私達がここにいるのも……テオと、その方のお陰でもあります」
「そうね。私達の分まで、感謝の想いを届けてあげて」
想いを伝えると、グレイスと母さんがそう言って。みんなも俺の目を真っ直ぐ見て、力強く頷いてくれた。
「……ありがとう。俺の方こそ、今ここでこうしているのも、みんながそうやって支えてくれたからでもある」
そう言って微笑む彼女達に頷き返し、干渉用ゲートへと向き直る。竜杖ウロボロスが喉を鳴らし、竜輪ウロボロスが傍らに浮かんだ。
台座の上に竜輪ウロボロスが浮かび、嬉しそうに喉を鳴らす竜杖ウロボロスをゲートに翳す。竜杖ウロボロスにとっては、かつて送り出してくれた作り主に恩を返すための仕事か。その高揚が竜杖を握る手から伝わってくる。
さあ――始めるとしよう。
マジックサークルを展開すると同時に、竜輪ウロボロスがゆっくりと回転を始める。段々と速度を上げて。大きな魔力が渦を巻いて集まってくる。そうして鏡面に輝きが満ち、そこからの光で、辺りがゆっくりと照らされて――。
いつも境界迷宮と異界の魔術師を応援いただき、ありがとうございます。
9年近くの連載となりましたが次回更新にて、一旦の物語の区切りとなる最終話を投稿させていただき、完結という形にしたいと考えております。
これまで長い間、読者の皆様に見守っていただけたこと、応援していただけたこと。本当に本当に感謝しております。ここまで長い間続けて来られたのも、皆様の応援のお陰です。
今後についても執筆活動やコミック版に関わる仕事を続けていきたいな、と思っております。
何か新作も、と考えておりますが、ウェブ版の境界迷宮と異界の魔術師についても、何かの折に触れて不定期にその後のエピソードなどを追加投稿することもあるかも知れません。
その時はまたこの場にてご挨拶できれば幸いです。
改めまして、本当にありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。