番外2012 マルレーンへの想い
マルレーンの予定日については準備万端で、メルヴィン公や執務の合間を縫って訪問してきたジョサイア王とも話をしたりして、ほのぼのとした時間が過ぎていった。
ステファニアやローズマリー、兄夫婦やペネロープ、メルヴィン公と、特に親しい面々や家族が集まっての和気藹々とした雰囲気に、にこにこと嬉しそうにしているマルレーンである。
そうやって……みんなから見守られるような形で一日一日と過ぎていったが――マルレーンが産気づいたのは予定日よりも1日前のことだった。
ロゼッタとルシールは揃って待機してくれていたということもあり、すぐに対応に動いてくれた。そもそも予定日と言っているが、前後するのは割と普通のことだからだ。
俺達の場合、分析手段があるから正確な頃合いが絞り込みやすいというだけだしな。それでも早かったりすると少し心配というのはあるが、そうした内心をマルレーン本人に見せるより、きっと大丈夫だと安心して臨んでもらう方が良いだろう。
「行ってくる、ね。頑張るから」
「うん。みんなと一緒に二人の無事を祈ってる。お二方とも、よろしくお願いします」
「ええ。全力を尽くすわ」
「同じく、全力を尽くします」
ロゼッタとルシールも力強く応じる。
「ん。マルレーン達なら絶対大丈夫」
「ああ。生命反応は力強いものだからね」
「がんばって、マルレーンおかあさん……!」
フロートポッドで運ばれる形で準備に入るマルレーンに、みんなと共に応援の言葉を掛ける。マルレーンはにこりと笑って頷くと浄化の魔道具を用い、それからロゼッタ達と共に部屋に入っていった。
後は――祈るだけだ。緊急時には俺やアシュレイ、母さんも治療に入るという準備こそしているが、今のところはロゼッタとルシールや、みんなの祈り、幸運にも助けられて、そうした緊急事態には陥っていない。
だからこそ……しっかりとみんなと共に祈りを捧げていこう。
祈りの場で頼りになるのは、やはりペネロープだろう。本職だけあって祈りの際の集中力が高い。
手本になるように丁寧に祈ってくれているから……小さな精霊や召喚獣達もそれに倣っているな。月神殿でもマルレーンの知り合いは多いから、巫女や神官達が外でも無事を祈ってくれているようだ。
そうしたこともあって、相当な祈りの力の高まりがあった。グレイス達もオリヴィア達も、真剣な表情で祈りを捧げ、マルレーンとその子の無事を祈っていく。
俺も――祈りを捧げて場に満ちる力を高めていった。
マルレーンは……俺達の中でも最年少だったからな。みんなからも可愛がられる立ち位置ではあったが、庇護を受けているだけで甘んじてはいなかった。ずっと自分に何ができるかを考えて、祝福やソーサー、召喚魔法でみんなを助けてくれて。平和になってからは俺との思い出を大切に思い、飛行船の開発に携わるまでになってくれた。
生活の中でも……辛い過去があってもそれを表に出すことなく、いつも朗らかで優しい性格なのだ。
だから。そんなマルレーンへのみんなからの想いも、大きなものになる。祈りの力の高まりが煌めきとなって周囲に満ちていた。
出産に要する時間も少し長引いて、焦燥感の募る時間ではあったが……休憩や交代を挟んだりしながらも更に祈りを重ねていく。
やがて――。
「おめでとう! 二人とも無事で、元気な男の子よ……!」
と、嬉しそうな様子のロゼッタが待合室に飛び込んでくる。
そんな第一報と、少し遠くから聞こえてくる産声に、一瞬顔を見合わせ、そして沸き立つように喜びの声が起こった。ああ――。何度報告を受けても、この瞬間というのは安心できる。
「ありがとうございます……! みんなが無事で、感謝しています」
ロゼッタに礼を言うと、微笑んで頷く。
「ふふ。まだまだ経過も診なければいけないけれど、一先ずは肩の荷が下りた気がするわ」
その後はいつものように少し待合室で待機してから浄化の魔道具を用い、マルレーン達のところへ向かう。
待つと言うのは同じなのだが、子供が無事に生まれたという報告を受けてからだと期待感の方が強くなるな。
ノックして返事を待ってから入ると、そこにはルシールとおくるみに包まれた小さな男の子をそっと撫でて微笑むマルレーンがいた。
「テオ、ドール」
マルレーンは俺の顔を見ると、嬉しそうに微笑む。疲れているようではあるが、生命反応は二人ともしっかりとした輝きを見せてくれている。
「良かった。二人とも無事で……」
そう言うとマルレーンはこくんと頷いた。ロゼッタとルシールに礼を言うと、二人も嬉しそうに頷いていた。全員無事だったわけだし……改めてお礼の席を設けないとな。
それから、マルレーンの手を取り、子供にもそっと触れて循環錬気を行っていく。産毛の色等の特徴はマルレーンに似ているかな。兄弟姉妹の中では3人目の男の子であり、末弟ということになる。
マルレーン似となると、みんなに可愛がられそうだな。魔力波長は――やはりマルレーンに似ているだろうか。闇魔法と召喚術の適性がありそうだ。
ライブラは「マルレーン様に似た才をお持ちでしたらヴェルナー卿の技術を継げますね」と言っていたので、もしかするとその辺、指導できるのを楽しみにしているのかも知れない。 俺としても…。…どんな風に育つにしても将来が楽しみなことだ。
「名前は――男の子ならローデウスっていう名前を考えてたんだけれど、どうかな?」
ロードナイト……薔薇輝石と言われる石をもじった名前だな。石にも花と同様、石言葉的な意味合いがあるが、ロードナイトは愛情や寛大、博愛といった穏やかなイメージなものが多い。
「うん――。いい、名前」
マルレーンはそう言って。ローデウスの頬をそっと撫でる。
「はじめまして。これからよろしくね、ローデウス」
「よろしくね、ローデウス」
そうして。名前もローデウスと決まり、二人でその名前を呼んだところでみんなも戸口から覗く。
「おめでとうございます、マルレーン様。それから――初めまして、ローデウス」
「ふふ。よろしくね、ローデウス」
「マルレーンに似ていて可愛いわね」
「おめでとう! マルレーンおかあさん……!」
みんなの祝福やローデウスへの初対面を喜ぶ声。マルレーンもそんな言葉ににこにことしながら頷くのであった。
そうして――ローデウスも無事に誕生した。
マルレーンの体調復帰も順調だ。復調のためには治癒術も循環錬気も使えるし、ロゼッタとルシールも診察のために往診してくれるからな。状態をこちらでも把握できるということも安心できる話である。
ローデウスも、健康で体調が安定している。このまま順調ならアイリアと共にお披露目できる日もすぐにやってくるのではないだろうか。
メルヴィン公、アルバートとオフィーリア、ペネロープは特にローデウスの誕生と順調な成長を喜んでいて、訪問して来てくれる事が増えているな。
マルレーンにとっても親しい人達ばかりなので、にこにこと嬉しそうにしているな。
それにベシュメルクの人々、月神殿の面々やフォブレスター侯爵領の人々もお披露目での訪問を楽しみにしているそうだ。
誕生したことは噂という形でも広がっているから……またタームウィルズやフォレスタニアでも人が増えてきているし、喜ばしいことである。
ともあれ……子供達も無事に生まれたし、もう少しして母子の体調が安定し、お披露目も終わったら、改めて並行世界への干渉の仕事に注力していくことになるだろう。
こちらも、俺にとっては重要なことだからな。しっかりと進めていかなければなるまい。