番外2011 強い意志と共に
アイリアが生まれてからマルレーンの予定日を迎えるまでの間に、子供達の様子を見に、あちこちからお客も来た。
生まれたばかりでまだ繊細な時期だから、すぐに顔を見に来るというのは遠慮していたというのもあるのだろう。
顔を見に来てくれた面々の中で、変化が大きいのはエインフェウスだろうか。
イングウェイ王とイェルダは――継承戦や獣王即位の後も交流を持ち、周囲も良い関係を築いている二人を後押し……というよりは当人達の想いに任せて温かく見守る形でいたようだ。
他の継承戦で拳を交えた元候補者達も……次代のエインフェウス重鎮として氏族長達の指導を受けつつイングウェイ王と交流を深めているそうだ。
まあ、獣王は血筋で継承されるわけではないからな。
結婚や個々人の後継者の育成に関してはそれほど重要視されるわけではないという背景があるから二人はゆっくりと、しかし順調に関係を温めていくことができたようだ。
「私としても、イェルダには元々好印象だったからね」
「まあその……先日、お互いの気持ちを確認し合ったと言いますか……」
とのことで。イングウェイ王達は子供達の顔を見に来ると共に、そうした話も伝えに来てくれたようだ。イェルダは少し気恥ずかしげにしているが、イングウェイ王と寄り添っていて……その仲は良好そうだ。
「それは――おめでとうございます」
「周囲はどういった反応なのでしょうか?」
「氏族長達は喜んでくれているね。話が前に進んでいる、と思う」
「周囲に公表するということは、結婚という話になっていくことも想定していたから……まあ、それは良いのだけれどその速度が早くて戸惑ってしまいますね」
「それは確かに」
俺やグレイスの言葉に笑って応じるイングウェイ王と、苦笑するイェルダである。
イェルダと言えば北方の孤児院にも関わっているが、そちらは――というよりも、北方に限らず全国的にそうした福祉についても力を入れているそうだ。
エインフェウスでもノーブルリーフ農法を導入したということもあり、収穫量も上がって――孤児院に限らず食糧事情等も以前より向上している、とのことで。
エインフェウスの国内事情も安定しているようで喜ばしいことだ。
「僕達の時もそうでしたからね。周りが動き出しているなら展開も早いかと」
結婚式等、話が進んで日程が決まったら教えて欲しいと伝えると二人も快く頷く。
そうした話も終わったところで、オリヴィア達もイングウェイ王達に挨拶をしていた。子供達もイングウェイ王やイェルダには懐いているな。イングウェイ王は物腰が柔らかいし、イェルダは子供好きなので。
シーラとヴィオレーネの事もあって、オリヴィア達からも親近感があるようだ。弟と妹が可愛いと一生懸命近頃の出来事を伝える子供達の様子に、イングウェイ王達も表情を綻ばせながらも相槌を打っていた。
そうして一日一日と過ぎていく。
アシュレイとクラウディアはもうすっかりと復調し、セレスティンとカトレアもすくすくと日々身長、体重が増している。
まあセレスティン達についてはエレナやアイリアと同様に、まだまだ注意深く体調を見ていく必要があるけれど。
マルレーンはどうかと言えば――循環錬気やロゼッタ達の健診では母子共に健康だ。このまま推移していけば問題なく予定日を迎えられそうなので、こちらとしては安心できる。
マルレーンは普段言葉を口にしないが、それで意思疎通に困る、ということはあまりない。伝えたい事や答えなければならない事があれば表情や身振り手振りでしっかり応じてくれるし、本当に大事なことであれば言葉でも伝えてくれるからだ。
だからロゼッタとルシールも、問診については簡単な肯定か否定という形で答えられるものにして要点を抑える形で効率よく行うと共に、マルレーンに合わせて不安なことや気になることがないかを確認してみたり、みんなも体験談をマルレーンに伝えて、疑問や不安がないようにしていた。
そんな中で予定日が近付いてくると、やはりマルレーンと関わりの深い面々がフォレスタニアを訪問して来てくれた。
まずアルバートとオフィーリアにフォブレスター侯爵夫婦。メルヴィン公と夫人。月神殿のペネロープとサンドラ院長を始めとした孤児院の面々や卒院生。
それから召喚獣面々もマルレーンが心配で、転送魔法でこっちにやってきて顔を覗かせたりもしている。身体の大きな者もいるが、城の一角に陣取ってこちらの様子が見られるように水晶板モニターで中継したりといった具合だ。
ドリスコル公爵家のライブラも……マルレーンに召喚魔法の技術を伝えた縁で、公爵家と共に訪問してきている。
マルレーンは精霊達とも仲が良いので小さな精霊達も結構数多く集まってきて見守っていて……中々バリエーション豊かな顔触れになってフォレスタニア城も賑やかなものだ。
孤児院を卒院した面々が訪問してきているのは飛行船開発や造船作業に携わっていたりするからだな。
飛行船開発はまだまだ開拓が進んでいない分野だったからな。
雇用の創出をする意味でも新しい研究や教育を始める意味でも、時間の余裕があって伸びしろの大きい面々を育てるというのは将来有望だったというわけだ。
それで希望者を募って普通の工房でも潰しの利く技術や知識を身に着けてもらい、造船所の技術者や開発者として雇っていたりするのだ。
とまあ、そんな顔触れがマルレーンを心配し、祈りや祝福のために駆けつけてきてくれているわけだ。
そうした状況にマルレーンは嬉しそうににこにことしていた。
循環錬気を行って母子共に生命力を補強しながらも、みんなと共にマルレーンと一緒に過ごす。
「良いね。二人ともしっかりとした生命反応で、安心できる」
そう言うとマルレーンはこくんと頷く。それから――循環錬気の為に繋いでいる俺の手の上に、そっと掌を重ねた。
「何時も、ありがとう。みんな、も。一緒にいてくれて。助けてくれて、感謝してる。ずっとずっと」
真っ直ぐにこちらを見て言葉を紡ぐマルレーンに、俺や……みんなも頷く。
「助けてもらっているのは、俺達も同じだよ」
「ふふ。戦いの場でもそうだし、マルレーンはいつも朗らかで優しいので、癒されているわ」
「そうね。確かに、場が和やかなものになるわね」
俺やクラウディア、ローズマリーがそう応じる。マルレーンは嬉しそうに、花が咲き綻ぶような笑みを見せた。
「あり、がとう。私も……優しいみんなに、沢山助けてもらってる。だから、この子もみんなのところに迎えられるのが――これから先も一緒にいられるのが、楽しみなの」
「そうだね。俺も……早く会いたいな」
「甥か姪か……僕も楽しみだな」
アルバートも静かに頷いて、オフィーリアやコルネリウス、メルヴィン公達もその隣で微笑みながら頷いていた。デュラハンも首を縦に振ったりしているな。うむ。
マルレーンもそんなみんなの応援や祝福の言葉に、こくこくと頷いて、力強い魔力を放っていた。かなりモチベーションが上がっているというか。
そうだな……。こういう強い意志や高いモチベーションというのは、いざという時の支えになる。これから出産を迎えるにあたり、こうしてマルレーンが魔力と共に想いを高めてくれるのは俺としても安心できる話だ。
そんな風にして、マルレーンやみんなと共に、ゆっくりと過ごさせてもらったのであった。マルレーンもペネロープやオフィーリアから応援の言葉を貰ったりして、嬉しそうにしていたな。予定日前に良い時間を取ることができたと思う。