番外2009 託された希望と誇りと
秋口にある俺の誕生日――については、自分ではもうそんなに大々的に祝ってもらう歳でもないと思うのだが、こっちはどちらかというとみんながお祝いしたがってくれているという感があるな。
まあ、身内での祝いという感じだし、子供達も乗り気なので、みんなが盛り上がってくれるなら良いことだ。
オリヴィア達も誕生日のプレゼントを用意してくれていたようで。グレイス達が手伝って手作りの栞を作ってくれたようだ。
布製の栞で――そこに子供達と一緒に刺繍を施してきたわけだ。子供達が選んだ動物や花をグレイス達がサポートする形で仕上げる、と。刺繍から紐と小さな魔石が繋がっており、簡単な術式で所在が分かる紛失防止と、手元に引き寄せる術式がローズマリーやステファニアの手によって刻んであるそうな。
執務や書き物、調べ物でも栞があれば便利だからな。5枚あるから付箋のように使ったりもできるし、かなり良いものを貰ってしまった。
「いつもありがとう、おとうさん」
「おしごとがんばって」
「おかあさんたちといっしょにつくったの」
子供達からにこにこしながらそんなことを言われて贈り物を渡されると、俺としても嬉しくなってしまうというか。そんな風に祝ってくれるのも嬉しいし、家族仲が良いというのも嬉しいことである。
「ありがとう。仕事頑張るよ」
「うんっ!」
笑って髪を撫でると、嬉しそうに笑う子供達である。うむ。
執務中に使う事の多くなりそうなものだし、こうやって頑張ってと言われながら渡されるとモチベーションもあがるというものだ。
「しかしまあ……実際便利そうだね」
特に所在が分かるというのは挟んだ書物、書類や資料の内容も覚えておけばその所在も同時に分かるという事で、文字通りのブックマークのように使うことができそうだ。
「そうね。自分で作っている時もそう思ったわ」
「挟んだ本や書類自体の所在もわかるものね」
頷くローズマリーとステファニアである。うん。迷宮商会で商品化してもらうのも有りかも知れないな。領主や商人、学者や学生には需要がありそうだ。
そんなわけで今年の誕生日はみんなで歌を歌ったり楽器を触ったり幻影で遊んだりして、秋の一日をのんびりと過ごさせてもらった。
そうやって今年の秋も過ぎていく。執務や日常の仕事をこなしつつもエレナとマルレーンの予定日に向けて準備を進めていった。
段々と気温も下がって肌寒くなってきて秋も終わり……冬の気配が強くなってくる。
冬か。病院とも繋がりがあるので統計データ等も入ってくるのだが、例年季節の変わり目はやはり、風邪等体調を崩す者が増えるようだ。
病院に風邪でやってくる患者も増える傾向にあるのだが……まあ、そうした患者にも診察や治療の際、衛生面で日々気を付けるべきこと等の知識を伝えたりしているので、割とそういうところで指導していることに関しては患者数が年々抑えられたりしている、というのがデータ上にも現れている。まあ、地道な啓発活動というのは大事だということだな。伝えた情報を実践してくれるかは人それぞれだが、それなりの人が気を付けてくれているようなので。
病院に関しては新薬開発や新しい治療法の開拓も進んでおり、効果が高く安全性も確立されたものを治療現場でも実際に活用していたりもする。医学や薬学、治癒術、公衆衛生に関しても色々と前に進んでいる感がある。
病院を作って良かったと思える成果が出ているからな。この調子で発展していって欲しいところだ。
さて。そうして……まずはエレナの予定日が近づいてくる。
パルテニアラも顕現して見守ってくれているし、クェンティンとコートニー夫人、デイヴィッド王子にガブリエラにマルブランシュ。スティーヴン達といったベシュメルクの知り合い達に加え、メギアストラ女王やジオグランタ……のスレイブユニット。ボルケオール、ベレト達にベヒモス母娘といった魔王国の面々もエレナの予定日に合わせて滞在しに来てくれている。
マギアペンギン達もエレナの乗っていた船を発見した縁で、彼女に関しては特に色々気になっているようだ。まあ、マギアペンギン達も子煩悩な種族だしな。出産や子育ては重要な関心事でもあるのだろう。
母子の健康状態はと言えば……ロゼッタとルシールの健診、循環錬気での補強。どちらの見解でも二人共健康で、順調に推移している様子だ。
「二人とも、生命反応が力強くて良いね。安心できる」
「ふふ。日頃からテオドール様に循環錬気をして下さるお陰ですよ。勿論、先生方に診て頂いているのもありますが」
エレナの手を取って循環錬気を行っての印象を口にすると、俺や今日の診察に来ているロゼッタにそんな風に言って微笑んだ。
それから、ふっと目を細めて遠くを見るような表情を浮かべる。
「本当に……一度はこういう当たり前の幸せは諦めたものなのですが……。私にこんな日が来るなんて」
「ザナエルクに対抗した時の話?」
「はい。それに、ベシュメルクの抱えている過去を知ったから、というのもありますね」
ん……。先祖の行いに対しての贖罪の想いから覚悟を決めていたという事でもあるか。だからエレナは、自身を将来に渡って封印し、ザナエルクの思い通りにはさせない、魔界の扉を利用させないという選択肢を取ることも辞さなかったわけだ。
「エレナは覚悟を決めていたけれど――きっと封印を考えたエレナの師は、将来に望みを繋ぎたかったんだと思う」
「妾も同意見だな」
「――はい」
俺の言葉にパルテニアラが頷くと、エレナは胸のあたりに手をやって目を閉じて微笑みながらもしっかりと頷いていた。
「前にも伝えているが最初の経緯がどうであれ……魔界が生まれたこと自体に、魔界に生きる者として感謝している」
「生まれなければ喜びや悲しみ以前として何もないものね」
「うむ。ましてや、エレナもパルテニアラも、暴君の手から魔界を守ろうとしてくれた恩人でもある。胸を張ると良い」
「ありがとうございます。生まれてくる子に……誇れる母でありたいと思います」
メギアストラ女王やジオグランタの言葉に、エレナはそう応じていた。
「私にとっては、ずっと誇れる友人ですよ」
「ふふ。私こそですよ、ガブリエラ」
ガブリエラが言って、エレナと微笑み合う。
そうやってみんなからも応援されて……エレナはにこにこと上機嫌そうだった。そんなエレナの様子にグレイス達も微笑んで頷く。
心理面でもみんなに支えられているという感じがあるな。当日の祈りの力の高まりも含めて、色々心強いし安心できる話だ。
そうやって……みんなや駆け付けてくれた面々と共に、のんびりとした、それでいて温かな時間が過ぎていく。
ベシュメルクや魔界についての近況も聞いたりもしたが、ベシュメルクは落ち着いていて平和。魔界は平常運転で特に異常はないとのことだ。
ザナエルクの残した爪痕も癒されてきて、治安も良くなっているし農作物や経済面等々、軍事偏重だった態勢から真っ当に国力も回復しているという話で、喜ばしいことである。
魔界については――魔王国国内はドラゴン達が頻繁にあちこちから遊びに来ることもあって、巨獣系の魔物の活動が抑え気味ということで、それで辺境にリソースを多めに割くことができて魔界ゴブリン等の蛮族対策も捗るわけだ。結果として魔王国は全体的に平和ということらしい。外海に関しては相変わらず危険ではあるが、ここも無闇に刺激をしなければ大丈夫だしな。