番外2007 家族を迎えるために
月神殿の巫女達、それに孤児院の子供達も月女神に感謝の祈りを捧げているということだ。そこに俺達だけでなく、迷宮村の住民や氏族達のもの、迷宮守護者のものも加わる。
特にイルムヒルトは幼少期からクラウディアに世話になっているしヘルヴォルテも付き合いが長いということもあり、一心に祈っている。ヴィンクル、ユイやアルクス、ベリウスも祈っていたりするしな。
祈りの力はかなりのものになっていた。待合室でもみんなの祈りの力の高まりがきらきらと光り輝いていて、その光景を目にした子供達も、目を瞬かせていた。
昼過ぎという早めの頃合いから産気づいたクラウディアであったが、そこからどのぐらいの時間がかかるかは分からない。祈りの力が支えになってくれるのは間違いないようではあるが。
ともあれ、今俺にできるのは祈りを捧げる事ぐらいだ。焦れるような時間の中で無事を祈り、クラウディアへの想いをそこに込めていく。
そうして――ロゼッタが待合室に笑顔で顔を出してくれたのは夕方頃のことだった。その表情と聞こえてくる産声に、みんなの表情にも安堵と喜びの色が広がる。
出産に関してはどうしても気を揉む時間になってしまうが、この瞬間は嬉しいな。
「おめでとう! 元気な女の子だわ!」
「良かった……ありがとうございます……!」
礼を言うと、ロゼッタが嬉しそうに微笑む。
「お礼を言うのならこちらこそ、だわ。私もルシール先生も、こうやって子供達の誕生に力になれて、立ち会えるのは嬉しいと思っているのよ」
そんなロゼッタの言葉に、俺も笑って頷く。
そうして少し待ってからクラウディア達のところへと案内してもらう。寝台に横になったクラウディアの隣には――小さな赤子がいて。
ああ――。産毛の色や肌の色といった特徴は――クラウディアに似ているかな。生命反応の輝きもしっかりとしている。そして……月の民に近い波長の、神秘的でかなり強い魔力を感じる。
「二人とも、無事で良かった……。クラウディアに似ていて、可愛いね」
「ふふ……ありがとう。私も……嬉しいわ」
疲れた様子ながらもクラウディアは喜びを噛み締めるような笑顔を見せてくれる。
「女の子だわ。名前も……決まっているのよね」
「ああ。そうだね。初めまして、カトレア」
カトレアも花の名前だ。気品、魅力、魔力といった花言葉がある。
まあ……魔力に関しては、何と言うか殊更魔力が強いというのは分かっていたことではあるのだが。改めて月の王家の直系だなと実感するというか。
「よろしくね、カトレア」
クラウディアも優しく撫でながらカトレアに挨拶をする。
「お二方とも、今回もありがとうございました。これからも頼りにしています」
出産だけではなく産後の事、経過観察の面でも頼りにさせてもらっている。
「こちらこそ。母子共に無事に誕生を迎えられた事、誠におめでとうございます」
「本当に。喜ばしいことですね」
ルシールとロゼッタがそう言って頷き合う。うん。二人には改めてお礼をしないとな。
そこに前と同様、戸口からイルムヒルトや子供達が顔を覗かせる。
「おめでとう、クラウディア様……! それから――初めまして、カトレア」
イルムヒルトが明るい笑顔で言った。それに子供達が続く。
「クラウディアおかあさん、おめでとう!」
「はじめまして、カトレアちゃん……!」
みんなも嬉しそうにクラウディアとカトレアに祝福と挨拶を伝えていく。
「――ありがとう。本当に……嬉しいわ」
クラウディアは目を閉じて、自身の胸のあたりに手をやる。
「……私からもありがとう。みんなの祈りはきちんと届いていたわ。心強く感じていたし、痛みや苦しみも、確かに和らげてもらっていたから」
クラウディアのそんな言葉に、みんなも微笑みを浮かべる。
祝福や挨拶も、今の時点では軽く短時間で済ませておく。まずは――母子共に安静に休んでもらう必要があるからな。
そうやって――カトレアも無事に生まれてきたのであった。
フォレスタニアを訪れている賓客達や迷宮村、氏族の面々は随分と喜んでくれた。
「ハルバロニスはお祭り騒ぎになっていましたよ」
「月もです。戻ったらお祝いになるでしょうね」
「シルヴァトリアももう少ししたら伝えることになりますね」
フォルセトの言葉にオーレリア女王やアドリアーナ姫が微笑む。水晶板で母子共に無事という情報を伝えたそうで。
まあ、フォレスタニアやタームウィルズ、シルヴァトリアやシルン伯爵領、ガートナー伯爵領については、もう少しして母子の体調が安定しているとはっきりしたらセレスティンとカトレアは無事に誕生し、すくすくと成長している、と公表される形になるな。
月女神の事は表に出せないにしても、セレスティンやカトレアの誕生が発表されたらかなりのお祝いムードになると思われる。
とはいえ、商人達は目ざといので公表前に時期を見計らい、人が増えてきている感じはするが。エレナとマルレーンの予定日までまた少し間が開くので少し落ち着いてきたタイミングでまたお祝い、となりそうだ。
月とハルバロニスに関しては――クラウディアの事を知っていて、関係が深いこともあり、既にお祝いムードであるらしい。外部に情報が漏れないというのもその一助になっているだろう。
「セレスティンやカトレアがもう少し成長して外出できるようになった頃合いで顔を見せに行きたいですね」
「お披露目か。皆喜ぶであろうな」
エベルバート王も俺の言葉に表情を綻ばせていた。そうして――水晶板の向こうのお祭り騒ぎを眺めつつ、温かな時間が過ぎていくのであった。
そんなわけでセレスティン、カトレアが無事に生まれて、アシュレイとクラウディアも順調に回復していった。
子供達の成長は順調で、アシュレイ達の体調も順調に回復している。なので、少し間をおいてから、予定通りに誕生し、母子共に無事、という情報の公表が行われた。
同時に酒や料理を振舞ったり、公表に合わせて商人達もセールを行ったりしたので、タームウィルズやフォレスタニア、シルン伯爵領やガートナー伯爵領。それにエリオットの領地でも人出が増えて、かなり盛り上がっていた様子だ。
「こうやって沢山の人に祝ってもらえるというのは嬉しいですね」
「そうね。神格にも伝わってくるのだけれど、私自身の身の回りのことを祝ってもらえるというのは少し不思議な感覚だわ」
そういう形で月女神に対して祝いを込めた祈りを捧げてくれるというのは――月の民やハルバロニス、氏族や迷宮村の住人のように事情を知っている面々が多いからだな。
オリヴィア達も……弟と妹が増えて随分と喜んでいる。
「かわいい」
「うん。エレナおかあさんとマルレーンおかあさんのときも、あえるのがたのしみ」
といった調子でにこにこしているオリヴィア達である。
セレスティン同様、カトレアに関することにも積極的にお世話をしたがっていて。安全にできる範囲、無理のない範囲で色々と手伝ってもらったりもした。
お陰で俺としては子供達の微笑ましい姿やそれを見て嬉しそうにしているグレイス達を見る事が出来て眼福だ。執務や日常の仕事におけるモチベーションも上がるというものである。
そんなわけでアシュレイ達の回復やセレスティン達の成長は順調といった様子だ。
まだ先の、冬の事になるが――エレナとマルレーンの予定日も続いているからな。この調子で体調管理に気を付けつつ全員無事に新しい家族を迎えたいな。
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