番外2001 竜輪に込めた願い
――そうやってマルレーンの誕生日を迎える少し前に、もう一人と言うべきか、初めての誕生日を迎えた者がいる。
「おはよう」
「ふふ、おはようございます」
迷宮の中枢部――迷宮核の間にて。みんなの見守る中、それはぼんやりとした銀色の輝きの中に浮かんでいた。
声をかけると、目を閉じて空中に浮かんでいたそれがゆっくりと目を開き、にやりと笑ってから挨拶をするようにゆっくりと身体全体を傾けた。
竜輪ウロボロス――。並行世界に干渉するために作り上げられた、竜杖ウロボロスの兄弟機だな。
竜杖の方のウロボロスも竜輪の弟と顔を合わせ、同じようににやりと笑っている。
「初めまして……!」
ユイが明るく挨拶をし、ヴィンクルやベリウス、アルクスといった守護者面々も竜輪ウロボロスに挨拶をしたり、声を掛けたりしていた。竜輪ウロボロスについては同僚――とはまた違うが、迷宮核によって作られたという点では同じルーツとも言える。
月光神殿に安置して力を溜めていた竜輪用の素材の準備も終わり、ようやく迷宮核での合成に着手したというわけである。
竜輪、竜杖に限らずウロボロスは前世の地球や並行世界に干渉するための鍵とも言える。縁が繋がることで記憶が蘇らせるための呼び水になるし、竜輪を基点に繋がっているので干渉自体も可能になる、というわけだ。
前世世界にも干渉をして、BFOからの仕込みもしなければならないしな……。リソースを食うのでそこまで臨機応変にあれこれとできるわけではないが……情報や記憶伝達、前世記憶の刺激までならば問題はない。並行世界の俺自身がその辺りは既に実証してくれているしな。
後は迷宮核で干渉ゲートを構築し、溜め込んでおいた魔力を使って、異界への干渉をしていくというわけだ。
「竜輪ウロボロスは――見た目は少し変わっているけれど、基本的には魔術師の魔法発動の媒体としては、竜杖のウロボロスに比べても遜色のない能力ではあるかな。少し試してみよう」
杖の方のウロボロスから一旦手を放して言うと、竜輪が飛来して、俺の翳した掌の上で回転を始める。輪の中心部分から光の杖が俺の手元に向かって伸びる。
「氏族が使う魔力剣や魔力の杖と同じようなものかしら」
「そうだね。杖の方で形成と維持をしてくれる。増幅力は竜杖と同格。リーチや形状を変えて臨機応変に対応できるっていうのはあるかな。あっちの俺はまた体格が違うし」
ローズマリーに答えながら魔力杖の形状を変化させる。魔力剣の鍔になったり、光り輝く長柄のハンマーを展開したりと、変化の幅は大きい。竜輪自体を飛ばしてチャクラムのように使う事もできるし、放った先でマジックスレイブのように魔法の発動基点にすることも可能だ。自分だけでなく周囲を守る強固な防壁を展開したりと、色々応用の幅が広い。
勿論、魔力杖等を伸ばさない状態で、手足や術式を輪に通すという形でも負荷を引き受け増幅してくれるので格闘戦にも対応できる。普通の杖を輪に通すことで循環魔力を通しても杖を破損させない、といったことも可能だ。魔力杖の形成自体は竜輪がサポートしてくれるから大して消耗するわけではないが、魔力の節約やカモフラージュにもなるな。
それに……死睡の王経由でイシュトルムを確実に仕留めるための仕込みもしてある。
ともあれ、竜輪ウロボロスはこれで一先ずの完成だ。様子を見ながら魔力を溜めて、ゲート構築をして前世世界への干渉だとか、並行世界への干渉を行っていくというわけだな。
「ん。もう少し先の話だけれど、あっちの私にもよろしく」
「そうね。あちらの世界での私達にも関わる事になるでしょうし」
そんな風に言うシーラやクラウディアである。竜輪ウロボロスもこくこくと身体を傾けて楽しそうに応じていた。
――そういった形で、竜輪ウロボロスは形成された。
自意識のある魔法生物でもある。他の魔法生物と同様に、意識の形成に関しては迷宮核内での対話で行われたが……それも楽しいものだった。
昔から知っている相棒であり戦友のようなものだし、実際にそうだ。竜杖ウロボロスが辿ってきた経緯を伝えると、竜輪ウロボロスは不思議そうにしていたが、その内話に聞き入って兄弟機であることを嬉しく思ってくれていたようだ。
同時に自分ができるのか不安に感じているところもあったけれど。竜輪ウロボロスを用いるのは並行世界の俺だしな。竜杖ウロボロスも戦いの際に支えてくれる事以外では干渉による情報伝達を担っていて、それ以上の行動をしていなかった。
干渉して歴史を変える以上、並行世界の状況は異なってくる。情報を伝達しすぎる事による先入観の防止もする必要があったわけだ。
ただ、竜杖ウロボロスが戦いの場で見せていた戦意は俺の士気も上がったけれどな。
「だから――干渉の後は戦いの場で支えてやって欲しい。並行世界の俺ではあるけれど、恩人でもあって……竜杖ウロボロスを作ってくれた人でもあるからね。きっと、大丈夫」
そう伝えると、竜輪ウロボロスは静かに頷くような気配があった。不安が和らぐと共に強い想いが込められていることが伝わってくるもので……。竜輪ウロボロスも大丈夫だろうと。そう感じられる想いであった。
必要な知識、情報、能力。全て伝えてある。ゲートの起動に必要な魔力の蓄積が終わって、干渉が始まるまでは一緒にいられる。それまでは竜輪ウロボロスも皆と共に一緒の時間を過ごそうと、そう伝えると嬉しそうにしていた。
そうやって竜輪ウロボロスは俺達の世界に迎えられた。
そして、干渉のためにはもう一つ必要なものがある。干渉用のゲートだ。
こちらついては構築するのも、迷宮核。配置するのは隣のラストガーディアンの間から繋がる、新しく作った専用の小部屋だな。干渉し、それが上手く進んでいるかの様子を見たり、必要に応じて調整したりということも行うから、干渉中はそれなりの時間をここで過ごすことが予想される。
なので、テーブル等の最低限の居住性を確保している。勿論セキュリティも必要だ。小部屋として隔離しているのは並行世界の俺もしていたものだな。
許可のない侵入者が小部屋に入る、外部から攻撃を加える、不正な干渉ゲートの使用を行う等の行為が行われると、ゲート自体が自壊する。
干渉ゲートは開発したのが並行世界の俺とクラウディアなので、こちらの世界の俺や並行世界の二人以外に再現する術がない。故に、最悪ゲートを自壊させても構築し直すことができるというわけだ。そもそも何のためにあるのか分からないし、操作方法も分からないとは思う。制御や干渉のために専用術式が必要というのもセキュリティを高める一環になっているな。
構築に関しては月光神殿に安置して力を高めた素材も使ってのものとなる。
転送と制御を行う台座と、向こうの状況を見るための大きな鏡が付いた――鏡台のような形状をしている。
魔力が溜まるまでは置物になるわけだが竜輪ウロボロスもゲートも出来上がると、いよいよ干渉の前準備が出来上がったという感じがしてくるな。
俺にとっては恩人への恩返しでもある。自分自身では己の世界の過去に干渉することはできないからな。自分の足を手で持ち上げても宙に浮かぶことができない、というのと同じようなものだ。
今の俺を取り巻く状況が良いものであると感じられるからこそ、しっかりと恩を返したいと……そう思いながら進めてきた。
向こうの俺はそこまでを期待していたわけではなかった。しかしウロボロスは自らの尾を銜えて完結する、永遠や永劫を表す蛇だ。その象徴が表すところまで持っていけたら、向こうの俺もきっと喜んでくれるだろう。