番外1999 未来を思い描いて
コルゴティオ族の病院出勤初日ということで、みんなと共に様子を見させてもらっているがコルゴティオ族の面々は中々順調な様子だ。
最初の内は治療に携わる側ではなく、助手や看護師として。
患者の病状や診察内容を記録して文書として残しているわけだが、コルゴティオ族は記憶力も高いし、器ができたことで分かったことだが、決まった手順で精密な動作を行うのも得意な部類のようだ。
要するに文字を書くのが早く、字そのものも綺麗で整っていて読みやすい。速記等もかなり得意分野だろう。
というか……魔法による治療がある事で外科的な技術が発展していないから余り出番はないが、手先の精密な動作が得意ということは手術も得意分野、ということになるだろうな。調薬も同様だろう。やはり、治療スタッフとしては種族的に向いている、と思う。
ともあれ、そうやって治療を担当する術師や医師達と組んでまずは補助の仕事から入り、実際の診察や治療においての流れ、要点を抑えた上で他の仕事にも携わっていく、というわけだな。
単純な怪我の治療と血析鏡によって分析データから治癒術師、医師、薬師といった面々と所見や治療方針について確認をしたりといった内容も行ったが、この辺もやはり、期待されていた通りの記憶力で病院のスタッフ達から感心されていた。
「コルゴティオ族の皆様は優秀ですな。このまま経験を積んでくれるならば、かなり頼りになりそうです」
「そう評価してもらえるのは嬉しいことだ」
「だが、我らはで虚空の海を旅してきた身の上で、つい先日まで実体のある身体すら持っていなかった」
「うむ。それ故、当たり前の事が分かっていない部分、感覚として理解していない部分があるもの、と思っている」
「そうだな。慎重に実地で経験と知識、理解を深めていきたい。これからもどうかよろしく頼む」
そう言って治癒術師達に丁寧に一礼するコルゴティオ族である。そうした反応に病院のスタッフ達も静かに頷いていた。
「治療に回っても裏方に回っても適性がありそうで結構なことですな」
「うむ。緊急時に様々な分野で対応に当たれる人員が多いというのは喜ばしい事です」
「それだけ層が厚くなるということでもありますからな」
「私達も切磋琢磨しなければいけませんな」
と、病院スタッフの面々は頷き合っている。
「コルゴティオ族の皆さんの背景や特性についても私達で理解を深めなければなりませんな」
「確かに。多種多様な種族に対する治療という事を考えると、それも重要なことです」
「そうですな。コルゴティオ族の皆様の場合、我らの領分からは外れるやも知れませんが」
確かに。コルゴティオ族の器に関しては損傷したり不具合が生じたら職人や魔法技師の出番だろう。本体である思念体の不調に関しては……仲間達との絆や交流の他、カウンセリングや呪法が領分だろうか?
「コルゴティオ族の皆さんに関しては……僕やアルバート達で支えられるように頑張っていきたいですね」
「頼りにしている」
俺の言葉にコルゴティオ族の面々も嬉しそうな笑みを見せて、アステルがそんな風に答える。
コルゴティオ族の病院勤務は良い出だしだと思う。適性もそうだが病院のスタッフともいい関係を築いていけそうで結構なことだ。
そうやって初日も無事過ぎていった。コルゴティオ族の面々や城のみんなと、軽く病院勤務初日の成功を祝って。それから俺達はフォレスタニア城の上階――私室へと戻ってきたのであった。
「ふふ。コルゴティオ族の皆さんも楽しそうで良かったですね」
「そうですね。やりがいを感じてくれているようですし」
みんなで寛ぎながらもグレイスが言うと、アシュレイも微笑む。マルレーンも嬉しそうにしながらこくこくと頷いていた。
「将来的に考えてもこのまま成長してくれれば、病院の運営や人員の層の厚さ的にも安心できるわ」
「ん。命紡庭園の方も盛況だし、そっちもコルゴティオ族は喜んでた」
ローズマリーの言葉に応じるシーラである。
「ヴィタールへの気持ちは色々あると思うけれど、庭園が盛況なことにも喜んでくれるっていうのは良いね」
種族的に穏やかなコルゴティオ族だからこそではあるが、だからこそ彼らを応援してやりたくなるな。今はモチベーションも高いが、病院に携わっていればどうしてもままならないこと、思い通りにいかない事というのも出てくると思う。
そういう時の為にも色々とコルゴティオ族を始めとした病院スタッフ達のケアや支援がきちんとできるようにしていきたいところだ。
「虚無の海の彼方――星々の向こうからやってきた種族か。改めて考えると……すごい事よね」
ステファニアがフォレスタニア城の夜空――映し出された星空を窓から見上げて微笑んだ。
「詳しい場所は不明だとしても……月よりも遥か――本当に気が遠くなる程の彼方なんですよね」
エレナも星々を見て目を細める。
「そうだね……。こうやって出会えたこともそうだし、良い関係を築いていけそうなことは奇跡的な話だと思う」
永い逃亡の旅だったようだからな。苦労はあったのだろうと思うが。
「すごいものよね。ルーンガルドや月や魔界でさえ、あんなにも広いのにね」
「思い返すと色んな場所に行ったものね」
クラウディアが目を閉じて、イルムヒルトも遠くを見やる。
「本当に……。色んな所に行って、色んな人達と仲良くなれました」
「あちこちの国や海に月に、地底に魔界に冥府に……うん。そうだね。改めて考えると、本当にそうだ」
俺を見て微笑むグレイスやみんなに、俺もまた笑みを返す。
沢山の人に出会い、関係を築いたり、或いは戦ったりもしてきた。
――あの日、景久の記憶が蘇ってから家を出て。これまでに色々なことがあったけれど、振り返って見てみれば、その選択は間違いではなかったと心から言える。大切にしたいもの、守りたいものも増えた。
そんな話をしていると、丁度オリヴィアとルフィナが互いを見て手を伸ばして、楽しそうな声を上げた。そんなオリヴィア達の様子にみんなで表情を綻ばせる。
「うん……。みんなと一緒にここまで来られて、良かった」
オリヴィア達を腕に抱いて言う。嬉しそうに声を上げて、俺に抱き着くようにして応えてくれるオリヴィアとルフィナである。
グレイス達は微笑んで顔を見合わせ、そして頷き合う。
「――はい。私達も……テオやみんなや子供達に会えたことを幸せに思っています。その……愛していますよ」
少しはにかんだように言って、ほんのりと頬を赤らめるグレイスである。
「うん。俺も……愛してる」
俺もそう応じると、みんなも頷いて。ローズマリーは少し頬を赤らめて、羽扇で表情を隠したりもしていたけれど。
「ふふ。子供達との新たな出会いも……楽しみです」
アシュレイがそう言うと、マルレーンやクラウディア、エレナも頷いていた。年少組はもう少し待ってからという事で現状話も纏まって落ち着いているが……まあ、そうだな。俺も、子供達に会える日が楽しみだ。
みんなと寄り添い、子供達を腕に抱きながら。城の窓から夜空を見上げ、先々の事に想いを馳せる。
きっとこれからも色々なことがあるし、また戦いに赴くことだってあるだろう。これまでに築いてきたもの。守りたいものが、沢山あるから。
みんなの事、子供達の事も含めて、身の回りにあるものを大切にしていきたいと思う。
そうしたものが長く平和に続いてくれるようにしっかりと力を尽くしていきたいと……そう思うのだ。