番外1998 新しい日常に
工房での作業も進んで行き、一人一人、コルゴティオ族の器が出来上がっていく。病院関連の魔道具作り等も並行して行っていたため、顔の造形や器作りに関してはパペティア族の面々が魔界から手伝いに来てくれた。
「私達に少し似た在り方の種族ですからねー」
「そうそう。カーラからお話を聞いた時から是非お手伝いしたいと思った次第なのです」
「ふふふ。楽しそうだものね」
そう言って魔界から駆けつけてそんな風に盛り上がっているパペティア族であった。
パペティア族は思念体というか、付喪神に近い存在で最初に器ありきだから、コルゴティオ族とはまた違うところもある。
本体が実体を持たないという点は共通しているが、パペティア族の場合、成り立ちからして自分達の器を作ることや各々造形や装飾の美しさを追究することがアイデンティティーというか、種族的な喜びだったりするのだ。
そんなわけで、コルゴティオ族の希望を聞きながらカーラと話を取りまとめ、顔や外装部分の装飾を作っていった。
外装の内側や内部骨格部分といった、目に見えない部分に刻印術式を施すことでパペティア族のお眼鏡に適う造形美を維持しつつ、強固な対魔法、対呪法の抵抗力を確保するわけだ。
外装や素体部分は軽量且つ丈夫なものに。但し病院で働くことを考え、外装も尖った構造等は極力少なくといった感じだ。
そうして作られていったコルゴティオ族の器であるが……パペティア族が手掛けたということもあって、造形は勿論装飾もよく出来ている。
アステルの場合はリーダーという事も加味し『ある程度それらしい見た目にして欲しい』という要望だったそうな。中肉中背で隕石に色合いを似せた銀色の髪。青白い輝きを宿した目。威圧感はなく、中性的な細面で神秘的な印象だな。
パペティア族の趣味嗜好もあるのだろうが、平和的な種族ということで、威厳や強靭さというのは控えめながらもリーダーらしい見た目にしたという事のようだ。
頭身の低いタイプの器の場合は――スレイブユニットのようなマスコット的な可愛さというよりは子供のような可愛さがある感じだろうか。身長の大きさとしてはドワーフより低いぐらいだが、顔立ちもそれに合わせてアレンジしている。
「どうでしょうか?」
「良い、と思う。思った通りに動く。しかし、これが実体の器があるという感覚か……不思議なものだ」
掌を見ながら握ったり閉じたり、軽く跳躍したりと感覚を確かめているアステルである。また、病院で働くことも想定しているため、痛み等の身体感覚を知っておくのは重要ということで、外付けの感覚器を作り、一時的に色々な痛みを知ることのできる装置、というのも作ってある。
これはまあ、悪用防止のために利用者の同意があること等の条件付きで使う事のできるものだな。五感リンクをして用いると、鈍い痛み、鋭い痛み、倦怠感や空腹感、熱さや寒さ等々……色んなタイプの痛みや苦しみを再現することが可能だ。
これにより、患者の訴えと症状の出ている部位から原因を特定しやすくすると共に、他者の痛みや苦しみを和らげたいという医療従事者としての視点を養うことに繋げるというわけだな。
何分、コルゴティオ族は身体そのものがなかっただけに、そういう肉体的な痛みや苦しみとは無縁だったからな。
だから、最初はほんの僅かな痛みから体験することができるようにしているし、強度を上げても強い痛みとまではいかない、安全マージンを多めにとったものにしているわけだ。
「なるほど……これが肉体からの危険信号ということか」
「痛みや苦しみを和らげたいという気持ちは理解できた」
「確かに……。長い時間味わっていたいようなものではないものな」
そうした痛みの感覚を体験したコルゴティオ族の面々は納得と驚きに目を見開いていた。
そうやって一人一人の器が作られていく間、コルゴティオ族は病院スタッフとしての研修や学習も平行して進めていったわけだ。
元素魔法による治療は安全性や効果は確認済みということもあり、実地研修の一環として冒険者ギルドに向かい、怪我をした冒険者の治療の手伝いも行った。
本体のままの状態と器が完成した状態が混ざる形での実地研修であったが、これもコルゴティオ族を理解してもらい、親しみや信頼を得る一助になるだろう。
冒険者達は貴族、商人、職人に騎士や兵士、魔術師達に街の人々……色々な層と繋がりがあるということもあり、口コミによる拡散能力が高い。それに、治療を施したことでできる縁や義理、恩というのもある。
真っ当な冒険者達はそうした繋がりを大事にする傾向があるからな。きっと将来的にも無駄にはならないだろう。
コルゴティオ族が活動維持のための魔力を得る為には魔石が都合がいいというのもある。そうした魔石を迷宮や魔物から確保している冒険者との関係が良好であることに越したことはない。
「おお、すげえ。綺麗に治ったな」
「調子も良い感じだ」
脇腹に傷を受けてコルゴティオ族の治療を受けた冒険者は仲間から見守られる中で、その治療の具合を確かめるように笑顔で身体を捻ったり反らしたりしていた。
元素魔法による治療は空気から治療の術式を発動させているので、普通の治癒術とはまた少し違う。掌の先に魔力の輝きが宿るのが通常の治癒術。元素魔法の場合は空間に青白い細かな煌めきが一旦散ってその煌めきが傷を治していく、といった感じだな。
「痛みや違和感がないようであれば何よりだ」
「ありがとうよ。助かったぜ」
「早く全員の身体が完成すると良いな。応援してるぜ」
「うむ。ありがとう」
仲間達と笑顔でコルゴティオ族と言葉を交わし、ギルドを出ていく冒険者達である。
「研修は良い具合に進んでおるようじゃな。冒険者達も喜んでおるよ」
アウリアも顔を出して、そんな風に声をかけてくる。
「元素魔法の行使だけなのでそれほど難しいことをしているわけではないが……治療をして喜ばれるというのは嬉しいものだな」
「確かに」
アステルの言葉にうんうんと頷いたり明滅したりするコルゴティオ族である。
「そう思ってくれるのは嬉しいな。まあ、将来的にはそれ以外にも、色々楽しみや生きがいを見出して欲しいとは思っているけれど」
「テオドール殿が迷宮村や氏族の者達にも言っていることだな」
アステルが顎に手をやって言う。こうした身振り手振りといった部分の感情や伝達表現も、コルゴティオ族は学んでいる最中だな。
表情は感情に連動して意識せずとも変化するように調整されているからともかくとして、身振り手振りといった部分でのコミュニケーションもやはりコルゴティオ族には縁の薄かったものだ。まあ、明滅の仕方で感情を伝えるという方法は仲間内ではあったらしいので、その延長として理解してくれているようだが。
ともあれ、研修を経て治療の経験も積み、器も段々と出来上がり、感覚の体験も経て――コルゴティオ族がルーンガルドに根差す準備は着々と進んで行ったのであった。
そうして……コルゴティオ族が病院のスタッフとして実際に働く日がやってくる。
コルゴティオ族としては「少し緊張している」という事であったが、まあ、既に病院で働いている職員達はしっかりフォローしてしたいと言っているのでこちらとしては安心だ。
冒険者ギルドでの実地研修の期間を少し長めに取っていたということもあり、コルゴティオ族の治療が既存の治癒術や医術と比べても遜色のないもの、という話もしっかり広まっているようで。
病院を訪問してきた患者達も落ち着いている様子だな。コルゴティオ族も交代制でそんなに負担が大きくならないようにしているし、まあ、少しずつ慣れて日常にしていってもらえたらというところだ。