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267 宴と名誉

 飛行船については取り急ぎ穴を修繕し、後は宴会を待つために王城の貴賓室にみんなで場所を移した。

 といっても、まだ始まるまで時間があったので、引き続き飛行船の話になってしまったが。


「お主らが戦ったゴーレムな。あれらは元々魔法騎士や魔術師の防具として研究が進んでおったものなんじゃよ」

「そうだったんですか」


 確かに、魔力変換装甲を付けた盾などは便利そうではあるが……。


「大きさが吸収の許容量に直結するのでな。小型化すると性能もそれなりなものになってしまう。効率化が課題じゃった」

「そういう意味ではゴーレムの装甲として使うというのは理に適っていたのかも知れませんね」


 ヴァレンティナが言う。ゴーレムに関しては問題を解決する方向ではなく長所を活かす方向を取ったというわけだ。


「ならいっそ、変換装甲で飛行船の船体を作ってしまうのも良いかも知れません。吸収した分を推進力に変換するとか。これなら防御力と機動力を両立させられます」

「合理的かも知れんが、精製が課題じゃな。何せ普通の鍛冶で作れる品ではない。あれは術式を用いて作るのじゃが……扱う規模が大きくなればなるほど魔法の制御が難しくなる」

「魔法制御は得意分野です。精製の工程と術式を教えていただけるなら、僕が担当しましょう」

「無茶を言いよる……とは言い切れんのう。お主の場合は」


 ジークムント老は苦笑する。と、そこにノックの音が響いた。


「どうぞ」


 と答えると侍女が入ってきて恭しく一礼した。


「宴席の準備が整いました」

「では、移動しましょうか」




 宴席の場所は王城の一角にあるダンスホールだった。

 そこにテーブルを運び込み、料理を並べる形にしたらしい。楽士達は既に準備万端。穏やかな曲を奏でている。

 俺達が通されたのはホールを見下ろせるバルコニーに設けられた席だ。エベルバート王やアドリアーナ姫の席、エリオット、それにジルボルト侯爵やその家臣の席もそこである。


 主賓であるために誰の目にも見えるが接触はしにくい。エベルバート王はそんな場所を選んだらしい。階段を上がってくればステファニア姫に挨拶はできるがエベルバート王の陣取る目と鼻の先だからな。迂闊な話はできないだろう。


「儂らも同席しておるし、エベルバート陛下の言いたいことも伝わるじゃろ」

「関わるな、というところでしょうか」

「そんなところじゃな」

「ザディアスについてどう発表するのかは分からないけれど……昼間に騒動があって、当人が出席しないにも拘らず宴席は開かれ、対立していたはずの長老達が公の場に姿を見せる。そこに姉上が同席。情報が少ないなら二の足を踏むし、事情を知っているなら方針としては分かりやすいわね」


 ローズマリーが羽扇を広げて肩を震わせる。


「下手に首を突っ込むと、王家の内情を探りたいのかと言われることになるわ。普段ならば不満も出るでしょうけど今日はどう考えても平時ではないもの」

「目の届かないところならまだしも、エベルバート陛下も同席なさるものね」


 クラウディアが目を閉じてそんなふうに言うと、ステファニア姫は苦笑する。

 その程度の嗅覚が利かないなら貴族はやっていられないだろうしな。ステファニア姫の訪問が割と急だったこともあり、地方の領主はあまり出席しないようではある。出席者の大半は法衣貴族ではあるが……まあ、今日のことはすぐにシルヴァトリア国内中に広がるだろう。

 アシュレイとマルレーンは2人してその会話に耳を傾けている。領主としてアシュレイは勉強になる部分は多いだろうな。


 宴席の出席者がダンスホールに入ってくる。貴族達はバルコニー席のステファニア姫に目をやったが、遠くから一礼するばかりで近くに来ようとする者はいなかった。

 出席者が揃ったところで、楽士達が奏でる音楽を変える。それに合わせるようにエベルバート王とアドリアーナ姫が現れた。貴族達が少しざわつく。エベルバート王が公の席に出てくるのも久方ぶりなのだろう。

 エベルバート王はこちらに向かって笑みを向けた後、アドリアーナ姫を一歩後ろに控えさせる形でバルコニーの端まで行く。それから出席者全員を見渡し、両手を広げた。


「皆のもの、今日はよく集まってくれた。余が病に倒れ、皆の前に姿を見せない日が続いた。さぞかし不安にさせたであろうが、もう心配はいらぬ」


 エベルバート王はそこまで言って、こちらを見やる。


「ヴェルドガルからステファニア姫が余の容態を心配し、優秀な治癒術士を伴い訪問してくれた。此度の余の快癒はひとえに彼らの尽力によるものである」


 エベルバート王の言葉に、ステファニア姫が立ち上がり、スカートの裾を摘まんで挨拶をすると拍手が起こる。


「更にそなた達も見ての通り、学連の長老ジークムント殿も病から復調し、こうして宴に出席している。これもステファニア姫の連れてきた者達の功績である。彼の者達の働きにより、我が国に翳りを齎した暗雲は払拭されたと言えるだろう」


 翳りを齎した暗雲というのは……まあ、暗喩的にザディアスやヴォルハイムのことを指しているな。事情を知るならエベルバート王の方針は明白だし、王の抱くザディアスらに対する印象がすこぶる悪いものであるというのをみんなの前で宣言しているわけだ。


「そしてジルボルト侯爵」

「はっ」

「そなたには余が病に臥していた間、苦労をかけた」

「我が君。勿体なきお言葉にございます」


 ジルボルト侯爵は臣下の礼を取って跪く。


「そなたもまた、妻子が病に臥していたのであったな。暗雲により、そなたが余儀なく通らされた道を見て、事情を知らねばそれを謗る者もあろう。しかし侯爵。余はそなたが潔白であることを知る。高潔であることを知る。これよりそなたに謂れなき誹謗を行う者は余が許してはおかぬ」

「陛下の信頼にお応えすべく、王国貴族として恥じぬよう邁進していく所存です」


 人質に取られていたのを病と例えたか。ザディアスの所業はそのまま公表するわけにはいかないが、暗喩としては言うわけだ。こうなるとエベルバート王や長老、ジルボルト侯爵の家人にザディアスやヴォルハイムが毒を盛ったなどと噂する者も出てくる。


 それが原因で失脚、廃嫡か、などと推理する者もいるだろう。国王と長老が復調。王太子が失脚したにも拘らず、王太子の派閥にあったジルボルト侯爵の名誉が皆の前で宣言されると。

 王城の破壊や飛行船の事故を何らかの形で絡めるかも知れないが……真実は王国と王家の名誉のために伏せられるわけだ。


「そしてもう一点。我が魔法騎士団に名高きベネディクト卿について、皆に話をしておくべきことがある」


 ジルボルト侯爵に続き、エリオットが跪く。


「彼の者はエリオット=ロディアス=シルン。ヴェルドガルの貴族である。失っていた記憶を取り戻した以上、彼の者はヴェルドガルに送り届けるが人の道理であろう。エリオット卿。面を上げよ」

「はっ」

「今日まで余の剣としてよく仕えてくれた。そなたの忠節と武勇、この地を去ろうとも忘れはせぬぞ」

「有り難きお言葉。陛下に賜ったこのご恩、生涯忘れはしません。この身はヴェルドガルに戻ろうと、御身に危機あらば必ずや馳せ参じましょう」

「うむ。そして此度の治癒において、特に勲功目覚ましい者には褒美を取らせる。後程その者達には話もあろう」


 エベルバート王は目を細めて頷くと出席者に向き直る。


「余はヴェルドガル王国との友好を祝し、互いの繁栄を願う。そして我が国を来訪してくれたステファニア姫を歓迎するため、ここに宴席を設けた。皆、今宵は存分に酒杯を酌み交わし、踊り歌い、そして祝うがよい」


 エベルバート王とシルヴァトリア、ヴェルドガルを称える声が響く。

 拍手と歓声にエベルバート王は片手を挙げて応えると席に戻った。楽士達が楽しげな音楽を奏で始め、料理が次々と運ばれてくる。

 シーラとイルムヒルトは、楽士達の演奏が気になるようだ。まあ、彼女達の刺激になる部分もあるかもな。


「テオドール殿。皆の前でそなたの名を出せずに済まなんだな。本来ならそなたの名を出し、褒美についての話ももっと詳らかにするべきなのだが」


 席に戻ったエベルバート王が言う。


「いえ。お気遣いありがとうございます」


 と苦笑する。俺が魔人殺しであるから情報をできる限り伏せたというわけだ。


「そなたに対しての褒美は幾通りか考えたのだがな。そなたの抱える事情に余は明るくない。希望に沿うもののほうが喜ばれると思ってな。何か望みがあれば何なりと言うが良い」


 問われて、少し考えてから答えた。


「では……魔人との戦いの備えとなる物を」

「よかろう。では宝物庫を開けるとしよう。その中から見繕っていくが良い」


 ……魔法王国の宝物庫か。何が出てくるやらという感じだな。

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