番外1994 異星の生き物達
転移の光に包まれると、周囲の温度や湿度、雰囲気が変わる。
不思議な魔力を感じるが、迷宮核がルーンガルドに合わせた上でヴィタールの記憶結晶の情報から異星の環境をある程度再現してくれたわけだ。
ヴィタールから感じた魔力に似た雰囲気もある。攻撃的な意思もない環境魔力だから、不思議な印象はあるが穏やかなものだが。
空気の組成や温度、湿度、環境魔力等が安全であることは確認しているから、一先ずは問題あるまい。
目を開けると、異星の風景がそこに広がっていた。ゲート付近はちょっとした円形の広場になっているのだ。
「不思議な雰囲気ですね……」
「環境魔力の印象がヴィタールに似ている、というのはあるかしら」
エレナの言葉に、クラウディアが応じる。
『おお……。これがヴィタールの住んでいた星か』
コルゴティオ族も興味津々といった様子だな。
空や異星植物の色合いは、地球やルーンガルドのそれらと少し違う。ヴィタールの星は本来、空気の組成等も異なっているからだ。
薄い緑色の空にやや青みがかった異星植物と……まあ禍々しさは感じないかな。
「雰囲気や見た目は変わっているけれど、安全性は確認しているし、配置された生き物はどれも無害、無毒にしているよ」
物理的に硬すぎて口にできない等の生物はいるが、基本的には安全性も考えてルーンガルドの生物に対しての毒性がないと迷宮核でシミュレートや確認、改造した生物を区画内に配置されるようにしているので安全だ。小さな子が異星の草を口にしたとしても問題がない。
有毒生物等で見た目の面白いものは展示エリアでの立体映像での再現等が良いだろう。
「それは――小さな子が区画にやってきても安心ですね」
と、微笑むアシュレイである。
「小さな子は色んなものを口にしてしまうものですからね。私達としても安心です」
グレイスがにこにこしながら言った。オリヴィア達も安心して連れて遊びに来られるな。
さてさて。では、区画内を見ていこう。
ゲート部分から程近い場所に案内用のセンターが建ててある。
というわけで案内用のセンターの中に入る。受付役の改造ティアーズが身体を傾けるようにしてペコリとお辞儀をしてきた。見学用の施設なので帽子を被っていたりとスタッフ仕様の改造ティアーズだ。
「ようこそ、おいで下さいました」
と、ティアーズが合成音声で伝えてくる。識字率の問題もあるので、受付や案内の際に音声ガイドもできるようにしてあるというわけだな。
受付部分のロビーには案内板も掲示されており、順路を進んだ場合どこにどの順番で繋がっているか、等が地図入りで書かれているわけだ。
同時に、何のためにこの区画があるのか、等も出来るだけ分かりやすく掲示しているな。ティエーラのことについてはあまり触れられないが、後世で何かしらの道標になったり気付きに繋がってくれれば嬉しいということで。
通常ならここで入場券を買って、真っ直ぐ通路を進めばそれが順路となっており、区画内の小ドームを見て回ることができる。
施設内にはトイレ、警備室、医務室といった必要不可欠な設備の他、食堂、売店、展示スペースが配置されている。
展示スペースに関しては地下階と、2階、3階部分に渡って見て回ることができるな。全ての生物を展示するのは無理な話なので、時期折々に応じてイベントや特集ということで、随時立体映像によって展示する生物を入れ替えたりといったこともできるようにしている。
というわけでまずはセンター内部の施設を一つ一つ見ていき、使い勝手を確かめていく。使い勝手もそうだが、展示の仕方、小ドームの構造なども実地で見ないと分からないことも多いしな。
「ふふ。こういった設備はいつも通り、動線がしっかりしていて使いやすいですね」
「みんなで作業するのに丁度良い広さよね」
「大分場数も踏んだからね」
厨房で少し動いてみてから教えてくれるグレイスやイルムヒルトに、笑って答える。
そうやって他の設備共々不具合がないか、使用感はどうかを実際に試していった。
職員側の設備に関してはどれも問題無しということで、続いてセンター内の展示スペースを確認していく。
現在は配置の難しい大型の獣、危険な生物、有毒生物や深海や火口といった局地に住む生き物を展示しているな。いずれも区画内に置くには難しい生き物だ。
特に地下階はスペースを広げやすいということもあり、大型の生き物を複数展示するには丁度良い。原寸大の立体映像を動かして野生ではどのように活動しているか等を安心して観察できるというわけだ。
危険な生物や過酷な環境に住む生物も、安全性を確保しつつ観察ができるという点は同じだな。
「ん。顔は意外と愛嬌がある」
シーラが鼻先を近づけてくる巨大生物の立体映像に、うんうんと頷きながら言った。全体的なシルエットとしては首長竜に似ているな。ずんぐりとした巨体に長い首。身体は長く太い毛に覆われている。モップのような、というのか。こんな感じの毛を持つ犬は、確かコモンドールという名前の犬種だったかな。
顔の部分も長い毛で分かりにくいが……隙間からよく見てみれば目はつぶらで可愛らしい印象だな。実際、大きな体格の割に大人しい性質だったようだ。
そう言った巨大生物や有毒生物達の展示を眺めつつ、順路や展示の仕方も確かめていく。
地下展示場は歩道橋のような構造物も設置しているので、空を飛べなくても色々な高さから見る事ができるな。
「解説も興味深いわね」
「一応、ヴィタールの持っていた記憶や情報からある程度生態が分かるからね」
解説板の内容を読んで顎に手をやりながら言うローズマリーに答える。
情報量は接する機会が多いか少ないかでまちまちなところはあるが、どんな場所に生息していて、何を食べているか、どんな性質や習性なのか、といった部分は抑えてあるからな。ある程度のところを解説として記述する事ができるというわけだ。
「良いわね。見やすいし、立体映像もこっちの動きに反応してくれるから楽しいわ」
「それほど複雑な反応を返してくれるわけじゃないけれど、実際見てみると面白いね」
手を振ると尻尾を振り返すだとか、先程のシーラのように顔を見たそうにしていたら映像側も鼻先を近づけてくるだとか。いくつかのパターンを用意してアルゴリズムを組んだわけだ。
そうしてセンター内を見て回ったらいよいよ庭園内部へと入っていく。
順路を進むと建物の外に出た。そこにはオーレリア女王と戦った銀の獣が座って、俺達の到着を待っていた。
「ああ。待っててくれたんだ」
そう言うと、こくんと頷く銀獣である。銀獣については区画の警備や迷子の捜索、事故等の対応等にあたる守護者扱いなので、自意識があったりするな。
青い瞳には知性や理性の輝きがあり、オーレリア女王の話でもヴィタールの記憶でも、誇り高そうな生き物だったというのが窺える。
そんな銀の獣は俺達にお辞儀をするようにして挨拶をすると、先導するように順路を先行し、ちょっと進んだところで振り返ってこちらを窺う。
『おお、案内してくれるのだな』
アステルがそう言うと、こくんと頷く銀の獣である。青白く光るヴェール状の器官をゆらゆらと揺らしながら進んで行く銀の獣に続いて庭園見学だ。
異星植物で構成されてはいるし、色合いもルーンガルドとは違うが、長閑な風景の庭園といった雰囲気だ。小ドーム内ではないが生き物も配置されている。弾むように移動する白い毛玉状の生き物だとか、葉っぱのついた枝のような器官を頭部から伸ばし、それをぐるぐると振り回して低空を飛んでいる生き物だとか。銀の獣に比べると大分低出力だが、根を辿ると同じような仕組みの器官かも知れないな。
「ふふ、面白いわねえ」
と、その姿や挙動を見たステファニアが笑顔を浮かべる。
「ここは寛げるような場所にしたかったから、こういう子達は小ドーム外にも配置してみたんだ。本来は生息域が違う生き物も集めているけれど、それぞれの生息域にも配置してるね」
そう答えるとみんなも楽しそうに表情を緩めてうんうんと頷くのであった。