番外1993 ヴィタールの庭園
一通り決まったところで、実際に区画を構築していく。区画全体を形成する半球状の大ドームの中に各種設備を配置していく。
まずゲート付近に受付と案内用の施設。この施設は受付業務もだが、広報、販売所に展示スペース、休憩所に食堂から区画内の安全管理までを担当できるようにしておく。
警備についてはオーレリア女王と交戦した銀の獣を筆頭に、戦闘力や探索能力に長けた生物を配備すればいい。案内役は馴染みのある方が良いだろうという事で、改造ティアーズなり人員を雇うなりというのが良いだろう。そうした役割を担う人員の育成等も必要になってくるので、そうした職員が育成されるまではティアーズ達に補ってもらえる、というわけだな。
ゲートを抜けて異星の風景が広がる道を進めば、公園も兼ねた中央広場があって――そこから放射状に小ドームに続く道を作るというわけだ。
各種小ドームから他の小ドームへと続く道も整備し、順路を進んで行くことで端から全て見て回って戻ってくることもできるし、見たいところだけ見て戻ってくることもできるといった具合だな。
異星の風景とは言っても……それは俺達から見ても綺麗なもの、だと思う。普通に順路を進むだけでも見所が多々あるはずだ。
ヴィタールが残したかったそれは――生命以外の記憶や情報として結晶の中に残っていた。大切なものとして強く強く、焼き付いていたからだ。
ヴィタールは元々長い年月を生きた長命な種族の生き残り。鉱物のような核にスライム状の不定形な身体を持つ知性体というのは俺達が見た最初の姿と変わらない。そのスライム部分は性質や形状を変化させられるというところもだ。
文明も築いていたから種として見るならば、かなり優れた生き物だったのだろうとは思う。ただ――状況が良くなかった。彼らが隆盛を極めた時代というのは、星そのものの命脈が尽きて環境が急激に悪化していくという状況だったからだ。
滅びゆく星の中で足掻いて足掻いて、彼らの努力の結果によって自己を改造する研究や星から脱出する方法を模索し――それを結実させたが、そこまでだった。
最後の生き残りになってしまってはもうどうしようもない。
そこでヴィタールは他種族の情報や特性を取り込み、保存し、再生する事で自己複製を目指し、同時に他の生命種も含めた箱舟そのものになろうとしたのだ。ヴィタールの同族だけいても結局種族としては行き詰っているし、複製に適した環境のある星に移住するにしても、下支えする生態系そのものがなくては続かない。
だけれど、それも上手く行かなかった。本能の部分が凝縮された結果として、目的を見失ってしまったから。
どんな環境にも適応できる、単体で完結することとなった生き物に、仲間を増やす理由がなかった、とも言える。
記憶結晶は生物に付随する色々な情報を保存している。記憶と情報からなるもので感情はそこに含まれていないが……そうだな。強く残る記憶から、ヴィタールの人格部分は見て取ることができる……と思う。
志があり、他の種を大切に、美しく思う心や慈悲もあった。それが塗りつぶされてしまうのだから、本能というのはそれだけ強いということでもあるのだろう。
いつか遠い未来――ルーンガルドの誰かがティエーラの想いを託されて、星を出ていくことを考えた場合にも。ヴィタールの残した記憶結晶から学べることは多いだろう。
だからきっと、記憶結晶から得られた知識を、生命を再現してそれを見る事、学ぶこと、残すことに意義はある。遠い未来の誰かのために。
そうやってヴィタールの記憶や想いを汲み上げ、みんなとも話し合って決めた内容と共に区画を形にしていく。そうして――仮想空間内部に出来上がったそれを、フォレスタニアから繋がる形で構築していった。
一度工程が構築まで至ってしまえば、作業自体はそこまで時間はかからない。新区画内部が出来上がっていく映像を、みんなと共に迷宮核にて見せてもらった。
何もなかった空間に光のフレームが構築されて、外郭ドームが出来上がると歩道やセンター、小ドームといった内部構造が端から作られていく。
『こうやって一気に構築されていくところを見るのは楽しいわね』
『ん。壮観』
ステファニアが楽しそうに言うとシーラがそう応じて、マルレーンもにこにこしながら頷く。
小ドーム内も一つ一つ環境と内部構造を作っていく。迫力のある荒地にごつごつとした岩場が形成されたり、美しい水辺が形成されたりといった具合だ。砂漠や岩場のような荒地、水辺、高所と寒冷地。水中に肥沃な平原……といった具合だな。
まあ、肥沃な平原と言っても植生というか生態系が違うので結構有様も違ってくるけれど。地面にところどころ生えているのは球体状の異星植物で、堅そうな樹皮で覆われた球体といった見た目だ。罅割れた樹皮の隙間から、四方八方に花とも種ともつかない色鮮やかな突起が飛び出すという何とも奇妙な姿をしている。
渦巻き状に伸びていく異星植物だとか、魚のように見える花を咲かす異星植物だとか、見た目に面白いものも多数あるな。
『見た目からして興味深いものが多いけれど……どんな生態なのかしらね』
「あの球体型のは、食べられないように硬い樹皮になったみたいだね。必要になった時に罅の隙間から各種器官を出すみたいだけれど」
ローズマリーの疑問に答えていくと、ふんふんと興味深そうに頷いていた。
小ドームの内側にも遠景を映し出しているので、実際のドームのサイズよりもかなり空間の広がりを感じられるだろう。
そんな調子で各種ドームに生物、魔物も配置して準備は完了だ。続いてフォレスタニアと新区画を繋ぐゲートの構築に移る。
フォレスタニアでは新しい区画が作られるという事を周知しているので、物見遊山の見物人が結構来ているな。ゲオルグやフォレストバード達が警備と誘導をしているので問題はあるまい。
光のフレームが空中に展開し、別区画に繋がるゲートが構築されていくと、歓声が起こっていた。
『新しい区画ってどんなとこなんだ?』
『何だか、戦って素材を得るような場所じゃないらしいぞ』
『なんでも、隕石に乗ってやってきた他の星の風景や生き物を見られるんだとか……』
と、そんな話をして盛り上がっている見物人達である。
新区画のコンセプトや、非戦闘区画ということもアナウンスしているからな。
一応入場料や食事代、物品販売等も行うが安めに設定してみんなに楽しんでもらえるようにしよう。小さな子供は無料といった割引もな。足が出ず、人件費や材料費とサービスの質を維持できるぐらいを目指せばいいと思う。
区画の目的としてもなるべく多くの人に見てもらいたいものだしな。
そうして、戦闘訓練区画にはなっていない事などをしっかりと最終確認して、迷宮核から出る。
では――諸々出来上がったところで仕上がり等を確認しがてら新区画を見てくるか。
まずはフォレスタニア城に転移し、そこからコルゴティオ族を連れて新区画見学だ。城のみんなも順次交代で見学できるように手筈を整えておいてもらおう。実際に見てもらって意見を聞きたいというのもあるしな。
『どんな星だったのかというのは気になっていたのだ』
アステルの言葉に同意するように明滅するコルゴティオ族である。コルゴティオ族の希望もあったし、人が集まっている今一緒に新区画に向かうことで、隕石と共に飛来した面々の周知を更に深めるという意味合いもあるな。
コルゴティオ族に関しては、これからも隣人として良好な関係を築いていきたいというのもあるし。