番外1989 紡がれる記憶
……追跡者の身体も核も分体も、端から崩れていく。風に散るように白い光になって空に散っていった。
こちらの被害は……一先ず深刻なものはないようだ。オーレリア女王を含め、手傷を負ってはいるが重傷者はおらず、アシュレイやコルゴティオ族達も治療に動いてくれていて……。うん。一先ずみんなについては安心できそうだ。
魔力ソナーを発しつつ、生命反応や魔力反応も見ていくが、状況も安全そうだ。
魂を起点にした攻撃で本能的な部分から切り離され、後のことを託したから結末に納得や満足をした、という部分もあるのだろう。最後は抵抗を手放していたようだ。
そんな追跡者が……最後に抱いた想いは、祈りに似た願いだった。それなら……そうだな。こちらからもできること、すべきことがある。
空に差し伸べるように手を伸ばせば……散った光が掌の上に集まってくる。
約束したからな。憶えておく。忘れない、と。
追跡者の集めていた生命の情報――そういったものがあれば、後世に伝えていくことはできる。コルゴティオ族もそうだったが……追跡者とて、宇宙を渡ってきてこうやって出会った。確かに戦わざるを得ない状況ではあったが……それで何も残らないのでは余りにも救いがない。
祈りと願いの力を集めて、それを形にしていく。捕食が目的にすり替わってしまった最大の理由……生物として寄り集まった本能については、追跡者の敗北と共に既に失われてしまっているということもあって、干渉は難しいものではなかった。
光の粒が寄り集まっていき……それは淡い色に輝く結晶となって掌の上に浮かんだ。静かで、穏やかな魔力波長。
追跡者がこれまでに集めてきた生命の遺伝情報や、生態の記録だ。
安全性を確認したら迷宮核で解析することで、集めた情報を迷宮内で再現することもできるだろう。迷宮内で再現できる生き物は魔物だけに限らないしな。
そうやって結晶が形成されたところで、改めて状況を確認し、みんなにももう大丈夫だと伝える。
「テオドール様……!」
『治療ならば、我々にも手伝わせて欲しい』
アシュレイとコルゴティオ族達が治療のために駆けつけてくる。母さんもやってきて、アシュレイと視線を合わせて頷き合う。何があっても対応できるように待機してくれているといった様子だ。
「ん……ありがとう。心配かけたね」
「いえ、テオドール様のお怪我はしっかりと治してみせます……!」
「通常の治癒魔法で難しい傷があれば、対応するわ」
『本当に、礼を言う。我らに手伝える事や出来る事があったら言ってくれ』
と、アシュレイは母さんや、コルゴティオ族と共に気合を入れている様子だ。
コルゴティオ族は元素魔法での治療にまだまだ慣れていないということもあり、母さんの言う事を良く聞いて、元素魔法により治癒術を施してくれた。
重い傷、大きい傷はアシュレイが。小さな傷はコルゴティオ族が手分けをして、といった感じだな。
貫かれた手の穴も……問題はなさそうだ。穴は穿たれても魔力やシールドで周囲を補強して傷が大きくならないようにしていたからな。傷の状態は良い。
そうやって治療を受けながらも、周囲にみんながやってきて。そこで追跡者の記憶を見たことや、形成された結晶について説明をしていく。
『――そう、だったか。最初の目的は、違ったのだな』
「しかし肥大化する本能に飲まれて目的を見失ってしまったようですね。生まれた星とは無関係のところでも捕食による保全だけは繰り返すことになり……そこに遭遇してしまったのは不幸としか言いようがないことです」
『そうだな……。だが……そうなると我らの仲間達の記憶も、そこに宿っている、ということになるか』
コルゴティオ族の面々が、結晶に意識を向けて明滅する。静かに黙祷しているような、過去の記憶に想いを馳せているような。そんな雰囲気がある。
「滅んだ星の記憶を引き継いだ存在、ですか。私としても、考えてしまうものがありますね」
『確かに。我らだけではなく、その生命達の記憶も受け継がれていく、か』
静かに言うティエーラの言葉に頷く、コルゴティオ族のリーダーである。
「私達との約束も守っていただけました。本当に、ありがとうございます」
「記憶の事も含めて……この島と皆を守って下った方がテオドール様達で良かった。子々孫々に歌と踊りで語り継いでいきたいと思っております」
安全も確認されたことで、ポルケー達も姿を見せて言った。
うん。飛べない鳥人族達と島に、平和が戻ってきた。俺としても喜ばしいことである。
程無くして治療も終わる。
「どうでしょうか?」
「ありがとう。うん。綺麗に治ってる」
アシュレイの質問に笑みを浮かべて応じると、アシュレイも微笑んで頷く。
そうやって、アシュレイやみんなと無事を喜び合い、抱擁し合った。
綺麗に穴も塞がり握力や魔力の流れも問題ない。過負荷によるダメージも軽減されているので、少し休めば元通りといったところだろうか。
そうして――異常が起こらないか確認も兼ねて、飛べない鳥人族の島に降り、2日程様子見で滞在することとなった。
そんなわけで転送魔法陣によって改造ティアーズ達を配備し、水晶板も常設して双方向での情報のやり取りも継続的にできるようにしておく。改造ティアーズ達は、生命反応や魔力反応を調べられるように少しばかり保有する術式に調整を施しておいた。
周辺空域のパトロールをしておく形だな。小隕石の方も回収して亀裂の中等も調べたが、こちらも異常はない。隕石は一旦預からせてもらい、念のために結界と呪法を用いて隔離してあるが生命反応は無いし、特異な魔力異常も感じないから、こちらも安全そうだ。
一応外部から飛来したものであるし、追跡者に絡まずとも一先ずの検疫というのは大事だからな。
そんなわけで島のログハウスやシリウス号、浮遊城を使って少し様子見をさせてもらったが、滞在中は飛べない鳥人族が温かく歓待してくれた。
コルゴティオ族も追跡者の一件が解決したということもあり、ルーンガルドに根を下ろすために準備を始めたようで。まずは言葉を覚えて名前を決めることから始めたようだ。
様々な単語の意味や綴りを覚えて、そこから名前を決めることにしたらしい。そんなこともあって、色々と単語と綴りを教えたり、語呂が良いかどうか聞かれたりもした。
傾向としては――星々や星座、天文現象のもじりが、コルゴティオ族には人気のようだ。
例えば、コルゴティオ族のリーダーに関しては、小惑星帯――アステロイドベルトのもじりであるアステルといった感じだな。他には星雲のもじりでネヴュリスという名だとか、そういう感じで名前を決めていった。
コルゴティオ族の出自やルーツを表すものなので良い名前だと思う。そう伝えたらコルゴティオ族は嬉しそうに明滅していた。
『それで、少し話をしたのだが……追跡者にも名をお願いすることはできないだろうか?』
『我らにとっての宿敵ではあったが、その目的を聞いてしまうと、な』
『うむ。同じ星々の命の記録を紡ごうとしていたのだと考えると、その在り方について思うところもある』
そんな風に言えるコルゴティオ族は……本質的に平和な種族なのだというのが良くわかる。
そう、だな。俺も記憶を託された立場として、名前を考えるべきなのだろう。
「ヴィタール、でどうでしょうか」
これは命を意味する言葉のもじりだな。元々の目的を考えての名ということになる。結晶の方はヴィタールの記憶結晶、という名称になるだろうか。
由来や意味と共に説明すると、コルゴティオ族も嬉しそうに明滅をするのであった。