番外1988表 命を継ぐもの
――触腕が矢玉や槍のように最短距離を突き抜け、回避できる方向を潰すように斬撃や殴打も時間差で飛来する。
ウロボロスを跳ね上げて刺突を逸らし、袈裟懸けの斬撃と横薙ぎの殴打はマジックシールドと循環魔力を込めたネメアの爪で対応した。
対応してはいるが、攻撃が届いた時にはその攻撃の種類が複雑に変化してくる。
飛来までのわずかな間に変形を終えており、爬虫類を思わせるフォルムの生物的な頭部がそこに付随してくるのだ。
刺突が咬合に変化した事に限らず、間合いや攻撃の種類が、届くまでの間に変化する。
変形が完了するまでの速度が、分体のそれとは比べ物にならない。
中心にある核と直接繋がっているからだろう。打ち合うたびに感触も性質も変わってしまう。コルゴティオ族も対処に困るわけだ。
しかし、ここまでの戦いの中で、対策が浮かばないわけではない。特効と言える攻撃手段はなくとも、実体はあるのだ。
生命体全般に有効な破壊は通じる。少なくとも、今はまだ。つまりは純然たる魔力、炎や高熱、雷撃、浄化、呪詛といった手札だ。
黄金の魔力を身に纏い、ジェーラ女王の宝珠を起動させる。ウロボロスに各種術式を乗せて打ち据え、四方八方に展開したマジックスレイブから魔弾として撃ち放つ。
魔物の性質まで考えると個々に対して強い種族はいるが、その全てに耐性を持つ魔物というのはほぼいないか、或いは別の方向で何かしらの弱点を持っていたりするものだ。
だから、追跡者もこちらの狙いが分かっても全対応はしてこない。そんなことをせずとも耐久力という面でズバ抜けているし、反応速度を前面に出せば魔弾が射出されてから着弾するまでの間に相性の良い性質変化を起こすことが可能だからだ。凄まじい耐久能力を誇っていると言えるだろう。
追跡者の背――と言って良いのかは分からないが、吸気管のような器官が複数形成されると、そこから何かが射出される。
細長い魚のような姿をした、先端に目を備える生物――違う。一度外側に飛んでいった後、空中を旋回してこちらに突っ込んでくる。特攻を仕掛ける生体弾とでも言えば良いのか?
マジックスレイブから迎撃の魔弾やシールドを展開する。生体弾が触れると、爆発と共に緑色のガスが広がる。毒や酸といった劇物か。マジックスレイブから浄化術式を放って空間を浄化し、自身の周囲には風魔法のフィールドを纏う。
打ち合う、撃ち合う。攻防の中で、様々な種族の部位、特徴に変化し続ける触腕。飛び交う魔弾と生体弾。
斬撃、打撃、咬合に刺突。ウロボロスで受け止めマジックシールドで逸らし、ネメアとカペラが迎撃する。重い衝撃が立て続けに走るその中に、生物的な攻撃手段も混じってくる。
触腕による薙ぎ払いを受け止めれば、先端が植物と鉱物の中間のように変化していた。鳳仙花の種のように、爆発して散弾を放ってくるが、マジックシールドで弾き散らす。
粘着弾。捕縛糸。毒物や有毒ガス。次々異なる器官や生体弾を形成して攻撃手段を模索して来るあたり、こちらの対応方法を探っているのだろう。
だが魔力反応の波長と生命反応の色で、ある程度の変化に判別はつく。変化する生体がルーンガルドの生き物とは違うとはいえ、特異な魔力や生命反応の変化を見せるなら生物的な搦め手が飛んでくるというのは間違いない。個別の対応方法はあまり見せず、マジックシールドの形状、展開距離の使い分けで手札を伏せながらの攻防。
それに、こちらが術式や攻撃に合わせて、向こうの魔力反応も変化している。それは俺の魔力反応を感知して個別に対応しているということだ。だから、表面に見える術式と魔力を偽装する。
追跡者が対応しようとした――正反対の方向に属性を変化させて、ガルディニスの覚醒能力が炸裂していた。
黒い衝撃が弾けて触腕の先端が崩れて吹き飛び、想定外のダメージを受けた追跡者が目を見開く。
触腕の破壊に乗じて魔力光を噴射して一息に踏み込む。追跡者は触腕と生体弾を繰り出して迎撃しようとしてくるが、先程のように攻防に用いる術式に偽装と変化を施す。
純粋な魔力による打撃と見せかけて、ゼヴィオンの炎熱を叩き込む。触腕が防御に使おうとした魔力を餌に炎上が広がる。
フェイントを見切ろうとしていたが、反射速度を上げたり裏をかこうとする対応には意味がない。
自分自身に呪法を用いて、外的な条件をトリガーとして発動する術を変化させているからだ。
呪法を攻撃に使うのは敵と魔法的なパスを繋ぎっぱなしにしてしまうリスクがあるが、こういった使い方ならローリスクだ。それにまだ呪法を奴に学習させたくはない。
間合いを詰めようとする俺に対して、追跡者は後ろに下がる。それは正しい。変形できる部位は本体の方が大きいだろうが、内側からガルディニスの特殊能力を発動されたら被害は免れ得ない。
手札が多く、簡単には仕留められない相手と見積もったということだろう。だが、距離を一定に保ちながらも触腕や魔弾での攻撃は継続している。毒や腐食を手札として持ってはいても、それは術式を用いてのものだ。弱らせるか仕留めれば捕食できる。
互いに高速飛行しながらの機動戦。宇宙を旅してきた存在だ。魔力光推進による機動に対応して来るあたりは予想済ではある。
慣性を嘲笑うかのような挙動で飛翔しながら交戦する。弾幕やマジックスレイブ、生体機雷を展開して互いの逃げ道を塞ぎ、接触の瞬間に無数の攻撃を応酬する。
こちらの属性変化に対応するのは無理だと理解したのだろう。
奴の対応は属性や性質を中庸にしたままで肉体的強度や纏う魔力を高密度にするというものだった。確かに、これならば力と力の激突という形になる。単純な破壊力や耐久力を上回らない限りダメージには繋がらない。
だが、それでいい。それだけ奴の魔力を消耗させられるという事でもあるし、手札を一枚引き剝がしたという事でもある。
機動戦の最中――奴の形状が一合打ち合わせるごとに変形していく。より力を集約できる形。機動戦や近接戦闘に適した形へと、肥大化した半透明の身体が凝縮されていく。小さく寄り集まればそれだけ高密度な魔力を用いることができるからだ。
構造も不定形ではなく、より戦いに特化した形で。
――収斂進化。合理性を突き詰めれば行き着く果ては俺達の知る生物に似通ってくるということなのか。下半身は四足の獣、上半身は人間のような姿へと変貌していく。感覚器は頭部へ集約。核は胸の中央に。両肩からは生体弾を放出するための管が後方に突き出ている。
うっすらと透ける暗い身体に星々のような煌めきを宿した、異形の半人半獣がそこに姿を現す。切り結び続ける機動戦の中で変形が完了すれば、更に速度が数段増した。
空中に波紋を広げながら凄まじい速度で疾駆してくる。
瞬き一つも許されない程の速度。激突。ウロボロスで受け止めたのは斬撃だ。
竜杖が唸り声を上げる中、びりびりと痺れるような重い衝撃が伝わってくる。奴の手首から先が瞬時にブレードのように変化していた。
こちらもヴァルロスの力を借りて、重力翼を展開して更なる推進力を生み出して加速に対抗する。並走しながら目まぐるしく入れ替わる天地と攻防。横Gを相殺しながら力と力をぶつけ合う。
射出される生体弾にも変化があった。槍のような先端を持つ生体弾。マジックシールドに突き刺さると、先端に魔力が集中する。
直感に従って、コンパクトリープで転移。マジックシールドの内側に向かって、爆風が突き抜けていった。爆裂する徹甲弾とでも言うべきか。
同時にこちらの転移先を感知して横薙ぎの斬撃が繰り出される。背後に転移したが転移先に反応してくるのは想定の範囲内。ウロボロスを縦に構えて膝で支えながら更に一歩を踏み込む。奴の背から中心部に向かって掌底を叩き込む。
流体を通すための魔力衝撃波。核まで攻撃が届いた手応えがあるが、反応は激烈なものだった。咆哮と共に身体を震わせ、体表から細い針のような構造体を放ってくる。
ニードルガンとでも言えば良いのか。無数の針は展開したマジックシールドを容易く切り崩す。火魔法第4階級、リペルバーストを発動させて爆風によって針を弾き散らしながらも、後方に向かって跳ぶ。
全てを吹き飛ばすのは間に合わなかったな。流体衝撃波を叩き込んだ掌には穴が穿たれて、鮮血が滴っていた。侵食や汚染はされていないが、浄化の備えが発動したところを見ると、毒か。……痛みはあるが握力や魔力反応に異常はなく、戦闘続行に問題はない。
「ルウゥウ……オォォオアッ!」
追跡者はこちらに身体ごと向き直ると、俺を見据えて咆哮を上げた。苛立ち。怒り。そうした感情が伝わってくる。
ダメージを通されたことで、自己の生存、保全が脅かされたことに対する怒りか。戦場全体を見渡しても、オーレリア女王に大駒を撃破され、それに呼応するようにコルゴティオ族がミスリル銀の元素魔法でいくつかの分体を焼き払っている。
薄く笑って、ウロボロスを構える。練り上げた魔力と祈りの力を合わせて体外に纏っていく。追跡者の戦意はそれを見て尚揺るがない。凄まじい密度の魔力を漲らせ、全身から火花を散らし――そして。
互いに突っ込んでいた。真正面。間合いを一瞬で潰して。ウロボロスの先端から噴出させる黒い斥力の刃と、集中させた凝縮した魔力の刃がぶつかり合って巨大な火花を散らした。
意志ごとへし折り、叩き潰そうというように攻撃を叩きつけ合い、弾かれて尚即座に攻撃に転じる。
ヴァルロスの斥力刃に真っ向から対向して来るほどの魔力の集中だ。マジックシールド等は役に立つまい。反射速度と身体能力に任せた斬撃も、戦いの中で戦闘技術を学んでか、洗練されていっているのが分かる。
斬撃と斬撃。魔弾と生体弾が飛び交い、天地と攻守を瞬時に入れ替え、爆発と衝撃の炸裂する只中を突き抜けて。
互いに光の軌跡を残しながら飛翔し、ぶつかり弾き、弾かれ、すれ違いざまの瞬き一つの間に無数の攻防の応酬を重ね、重ねて、重ねる。
それ以外の思考が真っ白になっていくほどの密度の攻防の中で。大上段の斬撃を受け止める。その瞬間、追跡者の魔力が爆発的に周囲に広がった。
網目のような魔力を広げながら力任せに押し込み、酸素の元素魔法を発動させて、氷と低温の網で見渡す限りの空間を埋めてきた。物理的にも短距離転移でも離脱できないようにするという狙い。胸板のあたりに口腔が開き、凄まじい魔力反応の輝きがそこに宿る。その攻撃をまともに食らえば身体も残るまい。
それは――戦いの目的を食う事から生存に変えたという事だ。逃げられないのならば勝って生き延びる事が生物の第一義なのだから。
牙をむいて、笑う。笑って、俺もまたマジックサークルを展開させた。光魔法第9階級、スターライトノヴァ。至近から巨大な魔力の撃ち合いとなる。
周囲が白光に染まるその中にあって、追跡者は波状攻撃を繰り出す。仕留めるために体内で準備をしていたのであろう。徹甲弾の生体弾を背中の管からばら撒こうという構えを見せた。
それが、放たれば。正面から大技をぶつけ合いながら俺の防御を抜いて、大火力を叩きつける結果になる。
なる、はずだった。
「ここだッ!」
スターライトノヴァと魔力砲の押し合いによる過負荷の中で、リペルバーストを使った際に奴の射出管内部に仕込んだトラップを機動させる。小さな煌めきにも満たない、微小なマジックスレイブだ。隠蔽術も用いて勝負手を切ってくるまで隠し通したそれが、射出管の出口を埋めるようにマジックシールドを展開した。
「ルウゥゥウオオォアァッ!」
背中側から射出管の爆圧を受けながらも咆哮する。正面への魔力放出を止めない。粉砕された身体を裏返すように変形させて、横合いから迂回するように触腕による刺突を見舞ってくる。高密度の金色魔力を集中させた掌で受け止める。それで、止まりはしたが掌に突き刺さる。
そのまま俺の魔力を、肉体をそのまま食らうというように侵食しようとするが――それは魔力によるパスを作るということでもある。それが――その性質こそが命取りだ!
超高等魔法の多重起動だ。マジックサークルを更に展開して、ベリスティオの覚醒能力を呪法に乗せて発動させる。
魂魄への直接破壊。だから、ここまで奴に直接の呪法を使わなかった。学習させないということもそうだが、こちらから能動的にパスを繋ぐよりも、侵入や侵食を受けてから発動させた方が呪法の類の術式の仕組み的に、より凶悪無比なカウンターになるからだ。
「ギッイイイイイイイイアアアアアアアッ!」
今まで味わったことのない激痛なのだろう。全身から真っ白な火花を散らして奴は明らかに悲鳴を上げた。それでも、正面からの力の放出は止めない。文字通りの死力を振り絞るように、俺を力の濁流で消し飛ばそうとする。退いても死ぬ。それはこちらも同じ事だ。
術式の過負荷で身体のあちこちから血がしぶく。歯を食いしばって笑い、俺の手を貫いている触腕ごと魂を握りつぶしていく。
目を閉じても真っ白に埋め尽くされる程の光と、絶叫とも咆哮ともつかない声の中で。核に亀裂が走る。
そして――それを目にする。それの歩んできた道を。
奴の魂に直接干渉することで、走馬灯のようなものを見てしまっているのか。
強い悲しみと、それ以上の義務感のようなものだった。
それは。それの生まれた星は遥か昔に滅んだのだ。環境の変化により、それの仲間達も。星に生きる者達も急速に朽ち果てていった。
あらゆるものの滅びを目の当たりにして、その存在は喪失を嘆き悲しむ感性を持っていたのだろう。けれど、自身も生存のために取り込まねばならない。それが堪らなく苦痛で悲しくて、そしてどこまでも孤独だった。
だからそれは、取り込むと同時に保存したのだ。多種多様な生き物の性質を。
食らうのだ。食らって前に進む。何も捨てず、何も失わせない。この身の内で在り続けよと。
悲しみと義務で寄り集まった生物の特性は、能力と共に生物的な本能をも強力なものにする。してしまった。
悲しみや義務感から始まったはずのそれは、いつしか自己の強化と最適化、捕食と保存といった本能に塗り潰された。生き物を取り込んでいった目的は違ったけれど……その方法は生物の本能と同じだったから、立ち止まる理由もない。出会った存在を取り込むことは、それにとっての本能でもあり、義務感から来る目的でもあったのだ。
ああ――そうか。分かった。分かったよ。何故そんな存在になったのかは。
だけれど。俺達も食われてやるわけにはいかない。
代わりに、憶えておく。記録して、忘れない。
握っていた触腕が、形を失う。掌を握り潰すと同時に奴の核もまた砕けて、魔力の放出も乱れる。均衡が崩れるその最期の刹那に。それは感謝の想いを伝えてきて――光の奔流の中へと飲まれていった。