番外1988裏 ルーンガルドの空に3
シリウス号の甲板の上にはアシュレイの姿。ディフェンスフィールドの魔道具を使い、氷の砦を築きながらも音響砲による支援を行っていく。
防御陣地の役割は戦場の緊急避難先でもある。怪我人を回収して治癒術を施せる前線基地となるが……同時にティアーズと音響砲による直接支援、ジークムント達、七家の長老達による直接攻撃も行われるわけだ。
「さて――では始めるかの」
「いつでも合わせますぞ!」
戦闘開始と同時にジークムント達がマジックサークルを展開する。
ジークムント達の役割は遠距離からの範囲攻撃だ。ティアーズ達が砲手を務めている音響砲は、砲と名付けられているが、直接攻撃ではなく相手の魔力の動きを阻害して飛行や術式の制御を乱す役割を持たされているため、直接的な攻撃手段ではない。
そこでシリウス号からの本来の意味での攻撃役、砲撃役を担うのがジークムント達、七家の面々ということになる。
操船はアルファ。甲板で戦場の状況をアルファ自身が見ながら船を動かす形だ。
当然、シリウス号にも分体達が押し寄せる。ジークムント達はそれを見て取ると杖を甲板に突き立て、術式を発動させた。
「そこじゃな……!」
分体の突っ込んでくる空間に小さな火の玉が閃いたかと思うと、瞬く間に周囲を飲み込むような渦巻く大火球に変貌した。魔力反応の大きさを感知したのか分体達が離脱を試みたが、その動き自体が阻まれる。
大火球に封じ込めて内部のものを一切合切焼き尽くす第8階級火魔法、ファーネスフレア――の簡易版だ。たった2人で行使する簡易大魔法というのは、七家独自の技術であり、秘伝でもある。
儀式による大魔法ではなく、渦巻く極熱の大火球の構築と内部に閉じ込める封陣の術式をジークムントとエミールの2人で分担して行うことにより、節約した魔力と少ない人数で、高威力を引き出したというわけだ。
そんな2人に続くように、視界を埋め尽くすような光の奔流や巨大な雷撃が長老達から迸る。
儀式魔法の形式をとる大魔法や循環魔力から発動させる高等魔法までは及ばないまでも、七家の長老達の行使することのできる高等魔法は、いずれも強烈なものだ。
それも当然。長老達は一度長いブランクを挟んだために近接戦闘という点だけで言うなら弱体化はしたものの、扱える術式や魔力制御、出力という点で言えば、全員が全員戦闘の行える魔術師としては最高峰に位置する。魔人の瘴気による減衰を力技で突破するために研鑽を重ねてきた一族でもあるからだ。
そんな長老達が放つ高度な術式というのは、魔人以外に対しては大抵の場合過剰な威力であるが――分体達はそんな数少ない例外的な相手と言えた。
「あれで仕留めきれぬとはの!」
渦巻く大火球の中に魔力反応を感知し、ジークムントが目を見開く。杖を横に振り抜けば、渦巻いていた大火球がひしゃげ、大爆発を起こした。その爆炎の中から分体達が奇怪な声を上げて突き抜けてくる。だが、最初に向かってきた時のそれよりも魔力反応が大分小さくなっていた。形状も変化している。岩石めいた質感の身体になっているが、これは魔力を防御に割いて、高熱に耐えるために性質と形状を変化させた結果だろう。
「元から見れば十分な痛手といったところかの」
「あれで仕留め切れないとは驚きだが――有効ではあるようだな!」
今度は大魔法による範囲攻撃に巻き込まれないようにと分散してシリウス号目掛けて襲い掛かる。それを阻むのは――リサだ。
「ふふ。こうやって皆を守りながら戦える日が来るなんてね」
リサは背後にいるジークムント達を見て仮面の下で微笑む。杖から伸ばした光の刃を携えれば、向かってくる分体達が尻尾から石槍のようなものを生成して発射してくる。
斬撃で石槍を斬って落とし、際どい時間差で突っ込んでくる分体の爪を、柄でほぼ同時に受け止める。分体は力で押し込みながらも、その隙に、もう一体がリサの横合いから牙を剝き出しにして迫った。
リサは翼を羽ばたかせる。その動作が、そのまま反撃と迎撃に直結していた。白く輝く炎が周囲に撒き散らされる。
分体達は高熱に強い変形をしているからか、それとも咄嗟のことで避けきれなかったか。炎に飲み込まれる。
だが、その炎は普通のものではない。聖炎――冥精の力を宿す炎だ。
それもまた、追跡者にとっては未知のものだった。熱を通さず、燃えにくい身体構造にしていたはずがあっさりと燃え上がり、痛みを感じないはずの分体達が苦悶の声を上げる。
通常の炎とは最初から性質が違うのだ。身体的な構造や物理的性質を無視するそれは浄化の力を宿した聖なるものではある。
しかし冥精が攻撃的な意思を以って行使する術というのは、それだけでも生命体に対して危険な性質を孕む。冥精が生者に対して力を行使するというのは即ち、死への誘いに他ならないからだ。
神格や冥府、冥精を形作る人々の想い、祈りの力。月の民の力。いずれも単独で行動している追跡者にとっては縁のないもの。故にこれらへの対抗策を、追跡者は「まだ」手札として所有してはいない。
だからこそ、この場で止めるべきだとリサは感じた。生命は死や危機から逃れる度に事態を打開するために変化していくものだからだ。元々生者であった冥精故に感じられる確信とでも言えば良いのか。性質変化する知性体であれば尚の事だろう。
聖炎に身を焼かれて消滅に向かいながらも尚向かってくる分体を、光の刃と光弾で捌きながらもリサは戦闘中の追跡者本体を視界の端で捉え、あらゆる生き物をより集めたようなその在り方に慄然としたものを感じるのであった。
結界内部で光芒が瞬き、爆発が起こる。斬撃と刺突と打撃とが重なりあって火花が散り、魔弾が、光弾が、爆炎が閃いて衝撃が幾度も広がった。
戦いの中心は追跡者本体とテオドールである一方で、その外縁部――結界を維持している術者の元にも分体達が迫っている。結界を張っているのがその頂点付近に位置する者達だと、理解しているわけだ。
その迎撃を行うのはグレイスやシーラ、イルムヒルトに、セラフィナ。デュラハンやシェイドのような召喚獣、コルリス、ティール、リンドブルムやアンバー、ベリウス、イグニスにマクスウェルといった面々だ。
シーラが右に左に跳躍しながら姿を現し、再び消して真珠剣の渦に闘気を宿した斬撃を見舞う。分体にとって致命傷にはならないが、物理的な衝撃は相当なものだ。触れた瞬間に大きく弾き飛ばされて、結界の術者に近寄ることができない。
加えて言うならば、シーラの姿は視覚的に消えているだけではない。
魔力反応、温度、音、呪法といった様々な手段で探知できないように魔道具が組まれている。時折姿を現すのは自分に引き付けるために他ならない。
そんな魔道具を持つ者が、獣人の身体能力と反射神経を持ち、十分な鍛錬を積んでいるのだ。分体と言えど完全に姿を消せる相手だと理解して尚、その動きを捉えることができずに、結界を張っている術者――ステファニアに近付こうとする試みも、妨害役のシーラを捕えようとする試みも、全て跳ね返されていた。
それでも分体に恐怖や通常の痛覚といった概念はない。耐久能力と数を前面に押し出す形で、強引に押し込もうと突っ込んでくる。シーラが捉えきれないなら動けないステファニアに狙いを集中させればいい。
だが、その狙いは予期されたことだ。その動きをイルムヒルトの鏑矢が乱す。次の瞬間にシーラが姿を現し、真珠剣から大きな渦を放った。分体達が渦に飲まれ、一つ所に纏めて吹き飛ばされる。
そのタイミングで――。
「ここ!」
シーラがクラウディアから預かっていたカードを発動させる。事前に封入した術式を扱うことのできる魔道具だ。
光の線が空間に走り、爆ぜるような音を立てて分体の周囲に輝く立方体が形成される。
簡易ではあるが、封印結界だ。敵のリソースを削りながら時間稼ぎをするのであれば、押し留める事に拘るのではなく一時的に封印してしまうのが手っ取り早い。
分体の耐久力が図抜けていることも、結界の術者を狙う事も、事前に分かっていたことであるから。
閉じ込められた分体達は――そこから抜け出すことができずに結界壁に衝突を繰り返す。簡易とはいえ、月の民の術だ。生半可なことで破れるものではない。
「封印の札はまだまだあるわ。どんどん来なさい!」
そうしてイルムヒルトが魔力矢を複数形成しながら、飛来してくる分体達を見据え、気炎を上げるのであった。