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266 老魔術師と飛行船

 ベリオンドーラについてはまた後日――メルヴィン王も交えて話し合いの場を設けるということで一先ず王城での話は終わった。

 宴席までの間に月神殿へ足を運んでおくなど、こちらとしても準備をしておきたいところである。


「もうこれは取っても良かったのかな?」


 テフラがフードを摘まんで聞いてくる。町中に出かけるにあたり、退屈していたようなので声をかけてみたのだ。


「んー。まあ、大丈夫じゃないかな?」


 町中は今、兵士達が慌ただしく動いている状況だ。王太子の残党が紛れていたと仮定して、敢えて目立つ相手に手を出してくるほど馬鹿ではあるまい。


「それは良かった」


 テフラが素顔を晒すと、ジークムント老とヴァレンティナが一瞬停止する。


「テフラ山の精霊ね」

「我が孫ながら、顔が広いのう」


 この分だとタームウィルズに向かった後で、クラウディアの話を聞いた時にどうなるやらという気もするが。

 ジークムント老は中庭が見える場所に差し掛かったところで、墜落した飛行船に目をやる。


「儂はあれに少々興味がある。宴席まで船の内部を見ておくことにしよう」

「そうですか? では、月神殿に行った後で船のほうにも顔を出してみます」

「うむ。では、後でな」

「気を付けてね、テオドール君」

「はい。そちらも一応は警戒を。身辺警護に使い魔をつけておきますので」

「ありがとう」


 ヴァレンティナが微笑んで頷く。

 カドケウスをその場に残し、ジークムント老とヴァレンティナとは一旦別れ、俺達は馬車に乗って町中にある月神殿へと向かった。道案内役はステファニア姫が買って出てくれる。

 ザディアスがいたから観光どころではなかったからな。今を逃すとステファニア姫にしてみれば自由になる時間がいつ取れるか分からないという部分もあるだろう。


 そんなわけでステファニア姫とテフラは割と上機嫌であった。


「ヴィネスドーラの町をこうしてゆっくり見られるのは久しぶりだわ」

「我は宴席というのも楽しみだ」

「そうね」


 と、何やら意気投合している2人である。


「姉上の場合、今日の宴席は大変なのではない?」


 ローズマリーが言う。

 ザディアスがステファニア姫の縁談を妨げていたんだったか。確かにザディアスがいなくなればステファニア姫と縁談をという貴族は多そうだけれど……。


「ああ、それは大丈夫。エベルバート陛下はそういう意図で夜会を開くのではないからと、配慮してくださるそうよ」

「ふうん? 姉上のこともあるでしょうけれど、テオドールの出自にも配慮したのではないかしらね」


 ローズマリーは羽扇を閉じたり開いたりしながら思案しているようであった。


「賢者の学連の関係ででしょうか?」


 アシュレイが尋ねる。

 賢者の学連は王侯貴族とは程々に距離を置いているようではあるからな。今回のことでザディアスの情報がどこまで表に出るかは分からないが、エベルバート王や学連の長老達を治療した話は出すだろうし……そうなれば当然近付いてくる者もいるか。


「そうね。エベルバート王にしてみれば事情を詳しくは説明できないわ。それならば最初から距離を置くよう手を打っておくというところでしょうね。国内の貴族に状況をややこしくはされたくないでしょう」


 クラウディアは目を閉じて苦笑してから付け加える。


「けれど、そういった政治的意図も多少あるでしょうけれど、純粋に歓待の場にしたい部分もあるのではないかしら? エベルバート王がもてなそうとしているのに、主賓を気疲れさせたら本末転倒だものね」

「諸侯は多少不満に思うでしょうけれどね」


 そんなことを話していると、月神殿の前に辿り着いた。塀の内側に庭があり、石で組まれた道が神殿まで続いている。

 ヴィネスドーラの月神殿も中々規模が大きいが、タームウィルズほど特異な建物ではない。柱の立ち並ぶ普通の神殿と言ったところだ。


「すぐに済むわ」


 クラウディアは馬車から降りると神殿の敷地に立ち入る。足元にマジックサークルが輝くと、そこから敷地の外周に沿って光の帯が走っていく。逆方向から光の帯が戻ってきて、クラウディアの足元に展開されたマジックサークルに結合された。


 すぐに済むの言葉通りではあったらしい。敷地内から光を見たのか、怪訝そうな面持ちの巫女が顔を出したが佇むクラウディアが巫女に向かって穏やかな笑みを向ける。その時にはクラウディアの術は完了していた。

 巫女はやや戸惑った様子だったが、クラウディアに会釈をして戻っていった。




 その後ヴィネスドーラの町を馬車で回ってから王城に戻ってきた。中庭ではまだ飛行船をジークムント老が見ているようだ。


「お祖父さん」

「おお。戻ってきたか」


 斜めになったままの飛行船の中に顔を覗かせるとジークムント老とヴァレンティナが顔を上げる。


「何やら調べているようでしたので。お手伝いできることはありますか?」

「いやいや。儂らが残した資料を基に形にしたヴォルハイムの手並みを見ておったところよ」

「陛下はヴェルドガルに飛行船の技術を持ち込めないかとお考えのようなのです」


 ああ。やっぱり飛行船技術をヴェルドガルに持っていくつもりなのか。それで秘術に該当する部分が無いか船内を確認していたというわけか。

 記憶封印や宝物庫への資料隠蔽も、完全に準備万端とはいかなかったようで。優先度の低いものに関しては後回しになったところがあるのだろう。飛行船を魔人が奪取したとしたら……好ましい事態ではないが、結界とは無関係だからというところだろう。

 しかし……ザディアスは飛行船の完成を自分の手柄のように言っていたけれど。結局、長老達の研究をヴォルハイム達が引き継いだもののようだ。


「壊してしまった私が言うのもなんですが……直せますか?」


 グレイスがやや申し訳なさそうに言う。


「なんじゃ。これはグレイス殿が?」


 ジークムント老は完全に停止している白ゴーレムの上半身をぺしぺしと叩く。


「謁見の間から投げ込んだのです」

「また豪快なことじゃな……。船が沈んだのは3つある心臓部の1つを内側から撃ち抜かれて均衡が狂ったんじゃろうよ。船体が傾いて船員が泡を食って逃げ出した結果、維持ができずに落ちたというわけじゃ。ゴーレムを投げ込まれればそうもなるかの」


 そう言って楽しそうに笑う。


「ではその心臓部を交換すれば?」

「うむ。交換して外装を少し修復すれば、動かすことはできると思うぞ。ヴェルドガルには完成品を見本として持っていきたいところではあるが……ま、これを建造したのは儂らではないし、あまり気にすることはあるまいよ」

「一通り確認してみたけれど……船に秘術に類する技術は使われていないようね」

「そうさな。じゃが、問題はこちらじゃな」


 と、大砲の発射装置らしきものを杖で叩く。紋様の刻まれた水晶球のような物がずらっと並んでいる。これに触れて魔力を送れば起動するのだろう。


「魔力の弾を発射する魔道具のようなものと見ましたが」

「うむ。その見立てで合っておるよ。用途としては……これは魔人用というよりは地上の魔物か……でなければ人間に向けられるもんじゃろ。武器らしくない形状をしておるのも良くない。周知されるまでは不意打ちできるからのう」

「でしょうね。不意打ちでも魔人にこれは通用しないでしょうし」


 多少角度は変えられるようだけれど……魔人相手にこの覗き窓から当てられるのかと言えば……まあ、無理だろうと思う。


「というわけで飛行船を直すにしても、これは取り外しておくほうが良いのう。製法を広めて良い結果になるものとも思えんのでな」


 それは同意見だな。遠距離攻撃なら既存のものを積み込めば間に合うし……対魔人用の装備ならそれ単体で魔人を倒すことを考えるよりも別の方法を模索したほうがいい。

 例えば――広範囲に効果を及ぼして回避が困難であるとか。


 効果としては瘴気を減衰させたり制御を乱したりといったものが望ましいだろう。相手が積極的に飛行船を狙いたくなくなるような装備が理想的だ。飛竜隊などを随伴させて、魔人を怯ませたうえで集団戦で倒す……だとかいう形が確立できれば、相手も迂闊に攻め込んでこなくなる。


「ザディアスとヴォルハイムは瘴気を制御して利用することばかりを考えていたようですが、ある程度研究が進んでいるなら、そこから魔人対策の装備を作れるかも知れませんね。生半可なものでは高位魔人相手には厳しいと思いますが」

「確かに。連中の残した資料については目を通しておかねばならんか……」


 この船を見本としてヴェルドガルに持っていくことになるなら……とりあえず、船体の穴は木魔法で塞いでおこう。

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