番外1987 星の海の至宝
宇宙生命体、と言うべきなのだろうか。追跡者は形を変えながらもこちらの状況を窺っているようだった。
表面に浮かぶ目――。単眼だったそれが2つになり3つになり……瞳孔の形がどれも違うな。別の獣の眼が寄り集まったような混沌とした有様ではあるが。
「まず……この結界を展開している術者と、結界内部にいる者については、お互いに嘘を吐いたり害意を抱くと、それが相手に伝わるように作られています。その上で――あなたが追っていた隕石に乗っていた方々は、僕達と共存の道を選び、現在我々の国の庇護下にあります。同様にあなたが共存の道を選んでくれるのであれば、食性と食料の問題も含めて解決する方法と用意があることを伝えておきたいと思います」
相変わらず魔力が絶えず変化し、器官も作られては壊れて、新しい器官が湧き上がるように作られているが、攻撃的な動きは見せていない。
話を聞いているのか。それとも出方を窺っているのか――或いは、観察しているのか。いずれにせよ、こちらの言いたい事は伝えておこう。
「もし、共存を望まないというのであれば、この星と衛星から離れ、別の星系へ向かって頂きたいと考えています。戦いを避けられるのであれば、避けられるに越したことはありませんので」
そこまで伝えたところで、追跡者はそれまでとは違う反応を見せる。
それまでも体表が泡立って何らかの器官や奇妙な生き物の部品のようなものが生じては崩壊していくような有様を見せていたけれど、今度は違う。明確な意思を以って器官が形成されていった。
口、だ。裂けるように頭部が割れたかと思うと不揃いな牙の生えたそれが生じて、音を発した。低く唸るような音。言語ではないし、目の位置も口の位置もバラバラではあるが。それでも翻訳の術式を通してその意図するところは伝わってくる。
細める目に宿るのは――歓喜だ。しかしそれは、好意的なものとは呼べない。
――生まれ故郷を離れ、永く永く、星の海を渡ってきた。我は、喰らう。そうする、ことで、前に進む。
魔力を、肉を、血を、精髄を喰らい、進む。喰らい。喰らい。更なる高みへと。
知性。魔力。意志の煌めきこそ、この星の海の至宝。我が内に取り込まれていけば良い。
……これは――駄目だな。
要するに、出会った存在は皆捕食の対象という事だ。
歓喜の色を宿しているのは、俺達をも獲物と見定めたからだろう。
小さな精霊達も追跡者が歓喜の声を上げてから纏い始めている魔力に危険性を感じているようで、距離を取って険しい表情をしている。思念体であるコルゴティオ族を捕食していたことから予測していたことではあったが、もし感知できるのならば、精霊すら捕食対象かも知れない。
「交渉決裂か。相容れない、な」
俺達やルーンガルドどころか、他の星の、どこに在っても変わらないだろう。
知性体、生命体、精霊の区別なく、喰らって自身の血肉にしようとする。至宝とする対象を捕食するべき相手として見ていることと言い……食った相手の力を取り込むことができるか? 弱肉強食も研鑽も否定はしないが、だからこそ戦うしかない相手というのはいる。
虚無の海を渡ってきた存在と出会う事ができたのに、残念なこと……とは言うまい。コルゴティオ族とだって出会えたのだから。
奴は最初からそれ以外の道など知らないと言わんばかりに、攻撃的な魔力を膨れ上がらせた。それを見届けてみんなが外の結界を展開。性質が分からないのでマルレーンも祈りを捧げ、祝福による加護を皆に与える。
俺も――合わせるように展開していた変換結界と呪法を解除し、ウロボロスを構えて余剰魔力の火花を散らした。奴は喜悦に目を細めると、弾けるように周囲に無数の――半透明の球体をバラ撒く。
分体だ。それぞれが泡立って、別の何かの性質を引き出しながら変貌していく。取り込むのならば捕食するのはあくまで本体か。性質を理解した今なら、分体が捕食能力を持たないことも理解できる。親や子、仲間を必要とせずに自らだけを高めていくために。
どこで生まれ、どのように過ごしてコルゴティオ族と遭遇するに至ったのかは知る由もないが、出会った者はその全てを取り込んできたのだろうという事だけは想像がつく。
「戦闘開始だな」
俺の言葉を受けて、隠形を解いたコルゴティオ族の面々がシリウス号の甲板から氏族達やオーレリア女王と共に飛び出して、戦場に突っ込んでくる。
その光景に、奴は嬉しそうに目を細めた。次の瞬間、触腕が変形しながら凄まじい速度で俺目掛けて最短距離を突き抜けてくる。魔力をウロボロスに纏わせて払えば、奴の魔力と俺の魔力が干渉を起こして弾けた。
「侵食……!」
性質が不明だから月女神の祝福を頼んだのは正解だ。瘴気の侵食とは違う。魔力を収奪するような性質を持つそれならば、確かに有機生命体であれ思念体であれ、取り込んでしまうことができるだろう。
だが――これならば月女神の祝福で防げる。
奴もこんな反発するような魔力抵抗は初めてなのか、ウロボロスと触腕が交差して弾かれた瞬間、目を見開いていた。すぐに、その驚きも喜悦に歪んだが。
知らない物を喰らい、自らの力と出来るというのが嬉しいというわけか。
奴も俺も、真っ向から突っ込んでいく。四方八方から雨あられと降り注ぐように繰り出されるのは、変形した触腕による斬撃、殴打、刺突。
鋸のような鱗。棘の生えた羽毛のようなもの。見たこともない奇妙な生物の特徴を宿している触腕もあれば、ルーンガルドの生物を連想させるような触腕もあった。
共通しているのは、目的に沿った変形だという事だ。切断なら切断に。殴打なら殴打に。理に適った形状と機能を備えたそれらは、奴が過去に取り込んできた生物達を基にしたものなのだろう。
だが、それだけに合理性がある。それはそうだ。向こうだってこちらの手札を知っているわけではない。現に加護とて予想外だったのだし、重力下、大気圏下での戦闘とて恐らくはブランクがあるはずだ。だから、まずは搦め手よりも正攻法。合理をぶつけて対応を見る形。
速度と威力はすさまじいものがあるが、そうやって合理をぶつけてくるのなら俺としても受けやすくはある。
しかしまあ、手数が多くて面倒なことだ……ッ!
矢継ぎ早に降り注ぐ衝撃の密度は相当なもので、目まぐるしい攻防になる。
マジックシールドによる防御。ネメアとカペラの補助も合わせ、追跡者とウロボロスを以って打ち合う。反発し合う魔力干渉の火花が弾け、弾け、弾けて散って衝撃が走る。
打ち合う中に魔力弾や光魔法の光弾や火魔法の熱線を交えて叩き込めば、薄暗い色をした、半透明の障壁を展開させるか、受け止めずに身体ごと回避しながらも触腕による反撃を繰り出してくる。
こちらの手札が分からないからか、核目掛けた攻撃は避ける傾向がある。心臓や脳のような急所と見るべきか。それとも誘いか。もっと戦いの中から得られるであろう情報が必要だ。
一方で、周囲でもみんなの戦闘が始まっている。コルゴティオ族が飛び回り、分体達と射撃戦を繰り広げる。
飛行とその制御に関しては問題無さそうだ。元々隕石と元素魔法で星間飛行できる種族。重力下、大気圏内で飛ぶのに適した形をしているなら、元素魔法で補助してやれば多少の不慣れは補う事ができるだろう。
戦場には――仲間もいるしな。コルゴティオ族の側面に回り込んで攻撃をしかけようとした分体に、雷光の軌道で突っ込んできたテスディロスがすれ違いざまの一撃を見舞う。
巨大な顎と触腕を備えた分体はそれで一度は吹っ飛ばされるが――痛みを感じていないかのように体勢を立て直し、奇怪な咆哮を上げながらテスディロスに向かって突撃していった。
結界を張る面々を守り、コルゴティオ族と互いに援護をしあいながらの動き。本体は――完全に俺を目標として見定めている。後方に憂いはない。このまま戦いに集中させてもらうとしよう。