番外1986 亀裂の奥に潜む者
ゆっくりと意識が浮上していく。温かな感覚と柔らかな香りに包まれるようにして目を覚ました。
「ん……」
薄く目を開けると、そっと抱き着いてあどけない表情で寝息を立てているエレナの姿が目に入った。
いつものようにみんなと循環錬気をしながら眠りについたわけだが……目覚めは快調だ。魔力のコンディションも上々で、これなら万全の備えで追跡者との交渉を迎えられるな。
大仕事が控えているということもあって、昨晩は眠りにつく前にみんなからマッサージを受けているからな。身体の調子も良いというか。
膝枕をしてもらった上で耳掃除やら爪の手入れやら……色々みんなから甘やかされてしまったが、そうしたお陰というかなんというか。
イルムヒルトの人化の術を解いての膝枕だったので膝枕というか蛇枕だったが……程よい弾力と温度、滑らかな質感とで寝心地は良かった。
シーラが爪を磨いてくれて、その仕上がりに満足気に頷いていたり、マッサージの時にちょっと筋肉質な揉み心地が面白いと言うステファニアの感想が出てマルレーンがにこにこしながら頷いたりと、みんなも楽しそうにしていたな。
グレイスとクラウディアは、共に楽しそうに耳掃除をしてくれたり、ローズマリーも薬草で自作した美容品ということで俺の顔に保湿液を塗ってその効果の程に満足そうにしていた。美容品なのでみんなもその効果のほどを試して盛り上がったりしていたが。
まあ、そんな調子でのんびりと一夜を過ごさせてもらったわけだ。
そうして一晩明けてみんなも起き出し、朝の支度をしてから食事に向かう。月の民の面々が朝食の準備をしてくれており、大食堂に会しての朝食となった。コルゴティオ族も魔石を朝食として饗されており、こうした形式の会食に参加しているというのが楽しいのか、高揚しているのが魔力の波長と明滅で伝わってくるな。
コルリスとアンバーが並んで鉱石を食べているのを見て『こういう食性もあるのだな』とか『我々も魔石を食べる食性として理解されることになるのだろうか』と和やかに話をしていたりする。……まあベリルモールのような食性はルーンガルドでも中々いなかったりするが。
食事が一段落した事で、今日の段取りや作戦、現状をみんなで確認していく。オーレリア女王も今日は前線に立つとのことで、月の武官達も気合を入れているな。
月の民も魔法に熟練していて空中戦装備も取り入れて重力下での訓練もしているからな。飛行戦や射撃戦に対応できて、心強いというのは間違いない。
お祖父さん達は、シリウス号や浮遊城で飛べない鳥人族達やデメトリオ王の護衛という形をとる。甲板や城壁からの大魔法砲撃もできるし、シリウス号の音響砲もティアーズ達が砲手を務めてくれるので活用可能である。この辺も頼りにしていきたいところだな。
『現状ですが、隕石の軌道や落下予測地点は変わっておりません』
天文官が伝えてくれる。
「呪法はもう発動していますからね。内部にいるであろう追跡者からの干渉があった場合には僕にも伝わりますし」
観測でも呪法による感知でも状況に変化はないから、とりあえず隕石を結界で受け止めるところまではこっちの予測範囲で推移していくことになるだろう。
追跡者の出方は不明。コルゴティオ族を只管追い回しているが、知性や食性が不明故に俺達に対してはどうかとなるとまた話が違ってくるからだ。話し合いで折り合いが付くのならそれでいいのだが、な。
少なくとも、コルゴティオ族にとっては一方的な捕食者で話し合いが成立しない相手だったというのは間違いないようだが。
この後は皆持ち場に移動し、時間まで連絡を取り合いながらの待機だ。もっと隕石が接近したら最終的なポジションについて作戦行動開始、となるわけだな。
天文官の予測は正確で軌道に変化はない。最初の隕石よりも大分小規模だし、呪法で誘導されているという事を考えると、展開する結界自体は小規模でもいい。
但し、未知数の種族が潜んでいることを加味すると、結界を展開する距離については考慮する必要があるだろう。交渉が決裂することを想定した場合、受け止めた距離が交戦開始の距離になるからだ。
だから飛来した時に、俺自身からは少し離れた高度に結界を展開するつもりだ。まあ、こちらを感知した途端にあちらも行動に移る可能性はあるから、いくつか攻守の状況を想定しているが……さて。
小隕石は危険かも知れない存在が宿っているということで、大隕石を迎える時よりもみんなからの緊張感が伝わってくる。
しかし……特にコルゴティオ族からは十分な戦意も感じるな。悪い意味での緊張はしていないようで、こちらとしても安心できる。
コルゴティオ族は隕石の軌道上にシリウス号を置いて、甲板からいつでも出撃できるように控えつつ、船内に潜んでもらっている。このまま小隕石が近付くまで誘って隠形の符を発動させるという段取りは変わっていない。
『観測できる範囲内において、状況は変わっていません』
『そろそろ、皆さんからも見えるようになるはずです』
天文官が現状を分析しながら伝えてくれる。飛来する空に……静止火球が瞬いて見えるようになった。大気圏に突入したからだな。呪法の反応も想定した距離。隕石から離脱しようとする存在もない。
静止火球の正面に相対し、その時に備える。
距離が段々縮まってきて――。
「隠形符を」
合図を出せばコルゴティオ族が隠形符を発動させて反応を消失させる。
その、瞬間。
静止火球の方向から大きな魔力反応が広がった。感知していたコルゴティオ族の魔力反応が消えたことに反応を示したか。
……こちらも、今まで遭遇した事のないタイプの魔力だな。どんな生き物、存在と魔力からは類推できない。或いは知っている感じの魔力が混ざり合ったような。奇妙な魔力だ。
静止火球の飛来と共に巨大な魔力反応が近付いてきて――。
「ここだな」
ウロボロスを眼前に構え、ジェーラ女王の宝珠を起動させて結界を発動させる。展開した変換結界に隕石が激突し、眩い輝きが周辺を覆った。変換された魔力がゴーレムとなって肥大化していく。その輝きの中で――半透明の触腕のようなものが隕石の後部から四方に伸びているのが見えた。
隕石はきっちり止まる。やがて――光が収まっていけば、その触腕もしっかりと観察できるようになっていく。
半透明だが黒ずんでいて、星の輝きのような細かな煌めきがその中に見える。宇宙空間を思わせる姿をしているが……。
「隕石の内部にいる方。こちらの伝えようとする意図は通じていますか?」
言葉を口に出しながらも応用型の翻訳術式を用い、光信号に変換して意思疎通を図る。コルゴティオ族とコンタクトを取った時と同じ方法だな。
一瞬の間を置いて。それが隕石後部の亀裂から姿を現す。なるほど。大きさは違うが、コルゴティオ族の最初の目撃情報の通りの外観をしている。
魔力のラインが走った核を持つ、アメーバのような姿。しかし、その姿もどんどんと変化していく。最初に体表面が泡立つようにして、六角形をドーム状に並べたような器官が生じた。弾けるように潰れて、内側から盛り上がり、生物的な目のようなものが生じる。目蓋らしき器官もできあがり、瞬くように俺を真っ向から見据えてきた。
最初に生じたのは――複眼か? こちらの姿や情報伝達手段を感知して、合わせるように器官を作り上げてきた?
こちらが感知している魔力や生命反応も目まぐるしく変化しているが……それも器官を作り上げてきたという推測を裏打ちするものだ。
ライフディテクションに反応はあるから、器を持つ生命体というのは間違いない。
ただ、その生命反応は……何と言うか、独特だ。色々な生き物の反応が混ざり合って、水に浮いた油のような混沌とした有様を示している。複眼ができた時は昆虫に似た反応が強くなったし、目を作り上げてきた時は魚類や両生類に近い反応の色合いに変化していた。ただ、ルーンガルドの生き物のどれとも微妙に色合いは異なる。
収斂進化、という奴か。別系統の生き物でも合理性を追究すると似た器官ができるというものだ。遺伝子は他の生き物でも持っているパーツは同じで使い方や発現の仕方が違うだけ、なんて話だしな。
保有する遺伝子を自身の意思と魔力によって組み換え、器を変化させることができる……。そういう能力を持つ生命体、という事かも知れない。
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