番外1984 星と共に生きる名を
『では――我らの術を見てもらおう』
『まずは……鉄からか』
思念体達が元素魔法を発動させて実例を見せてくれる。
『例えば鉄を身の内に抱えた場合、防壁を形成することができる』
身体の全周に薄い銀色の輝きを展開する思念体達である。
展開されるフィールドは中々の防御力を持っているようだ。他にも鉄が潤沢なら元素自体に干渉して形状を変え、鞭のように形状変化させての攻撃を繰り出したりもできる。
その気になれば矢や弾丸のように撃ち出したりもできるが、宇宙では資源が貴重で、飛び道具なら他の元素魔法で放つことができるから、そう言った使い方はほとんどしないらしい。
まあ、防御フィールドは接敵された場合に必要だろうしな。わざわざ飛び道具にしてしまうというのは余程の事でない限りしないか。
いずれにせよ元素魔法の行使や維持には魔力が必要だから彼らにとって魔力が生命線というのは変わらないだろうけれど。
彼らの乗ってきた隕石については未知の鉱物だが、飛翔が主な用途であるようだ。
元々彼らが生まれ育った環境にあったもので、特に相性が良い。人数を合わせて魔力を消費すれば結構な速度での飛翔もできるそうだが……まあ魔力が存在の維持と直結しているから、思念体達としても潤沢な魔力供給がなければずっと最高速で飛ばし続けるというわけにもいかないのだろう。
「魔石を魔力の供給源にすれば、自己の維持と瞬間的な出力の放出の両立がしやすくなりそうね」
クラウディアが言う。
「そうだね。魔石も転送してもらうから、それを保持してもらうのが良さそうだ」
元素にも色々あるが、ある程度の量を保持してもらうという意味では常温で個体のものか、空気中に多く存在するものが望ましい。
大気の主な組成からも元素魔法を発動できるようで、酸素ならば冷気を放つ魔法が行使可能なようだが……。まあ、あまり追跡者に対しての効果はなさそうだ。
炭素と窒素は彼らにとっては意味のない術として発現していて概ねハズレ扱いであったらしいが……解析してみるとどちらも治癒魔法に属する効果があると分かった。
生物に対して作用する、というのなら……確かに、肉体を持たない彼らにとっては無意味な術だっただろうが……しかしこれは彼らにとって将来的にはかなり有用な情報だ。地球環境下においては全員が治癒術を行使できるというのならば、引く手数多でどこに行っても歓迎されるだろう。
まあ、それも追跡者の問題をどうにかしてからだが。
そのまま色々見せてもらったが、攻撃面においては、銀が中々良さそうだ。これは光の魔力を持った光弾を放つことができて、浄化の力が宿っている。
追跡者にも一定の効果が見られたということなので、分体相手への攻撃というならばスタンダードな攻撃手段として利用できるだろう。
銀貨がそのまま使えるので、数を用意しやすいというのも良い。
では、同じく貨幣として数の調達しやすい銅と金は、と言えば……まず、銅は電撃の強化だった。彼ら本来の能力をそのまま伸ばしてくれるものなので効果がかなり大きく、これも攻撃手段としては選択肢に入ってくるだろう。
金は反射防壁の展開。鉄と同様に防御寄りだが、全周ではなく部分部分への展開なので使い分けか。反射角度を変えることで相殺もできるし複数枚展開することで射撃系の攻撃を打ち返すこともできる、と。攻防を兼ねた中々の性能と言える。
それから、ミスリル銀。これは純粋な魔力による強力なレーザーのような魔法を放つことができるそうだ。
転送魔法陣で送られてきたミスリル銀を目にした思念体達のテンションの上がり方が中々すごかった。明滅しながら火花を散らして盛り上がっているのが分かる。
宇宙空間ではかなり貴重な素材だったようだ。ただし、威力に比例して魔力消費量も大きい。彼らにとっては大技というか切り札になるだろう。
『純度……質が良ければ威力が出しやすくなり、量があれば魔力が節約できる』
『但し保持しすぎても動きが鈍くなるから、この貨幣、というのは丁度良いな』
『貨幣……価値あるものを集める事で他の物品と交換できるようになるというわけか。なるほど』
『一定の枚数で交換できるというのは合理的だな』
と、思念体達は納得したように頷いていた。ちょっとばかり貨幣に対する価値あるもの、という基準が俺達とは違う気もするが、貨幣制度については納得と理解をしてもらえたようだ。
転送されてきた他の素材も集めて試してみる予定ではあるが、まあ、一先ず練度や精度、確保できる資源の量から言うと、隕石、鉄、銅、銀、金、ミスリル銀で十分に戦えそうだな。魔石と組み合わせて保持しやすい形状にしつつ、みんなに配分するというのが良さそうだ。
「それから、隠形符についても説明しておきましょう。これは効果の対象や一定範囲を探知できなくするというものです。追跡者の宿る隕石が、呪法を受けて軌道変更や離脱ができなくなった時点で発動し、行方をくらましてもらってから交渉に移りたいと思います」
こちらにそういった魔法技術があることを示しつつ、交渉のテーブルにつかせるために彼らを匿っている事も伝える、というわけだ。
交渉以前に捕食のみを考えている野生動物のような存在ならそれ以前ではあるのだけれど、会話ができるようならば情報を得ることもできるだろう。
有機生命体やルーンガルドの環境への食性や危険性が不明というのは懸念事項ではあるが……捕食に際して魔力抵抗を突破しなければならないというのなら魔法的な防御手段は有効だ。結界によって隔離する事で汚染や環境魔力の収奪も防げるし、呪法もあるから約束破りもさせない、と。
『件の小隕石の方は軌道に変化はありません。成分も先行した隕石と同じ成分のようですな』
『落下地点も鳥人族の島で間違いないようですね。先行した隕石と同じく、主島に落ちると予測されます』
月の天文官達が現在の状況を教えてくれる。落ちる座標もほぼ同じだ。
そうだな……。視認できるような距離まで詰められてはいないから、魔力か何かを探知して正確に追跡しているのだろう。
となれば、現状ここで待っていればいい。
「結界の規模は先行した隕石を受け止めるのに比べれば小さくても済むから、魔力消費も問題なさそうだ」
「マジックポーションも用意してきたものね」
イルムヒルトが俺の言葉に笑顔で応じる。
「うん。一応受け止めた時点でマジックポーションも服用しようと思う。魔力回復もして、万全な状態で交渉に臨みたいからね」
最初の隕石を受け止めた魔力消費から鑑みるに、そのまま問答無用で戦闘になった場合でも、それはそれで対応するという形でも問題ないだろう。
そのまま、みんなで話し合いをして作戦会議を続けていく。それらも大体の部分が纏まって一段落した段階で、少し思念体達が言った。
『しかし、皆種族名というのがあるのだな』
『我々は自分達と捕食者しか知らなかったが故に、そういうものを持っていない』
「確かに……。個別の名称がないとこれからは少し困りますね」
そう答えると、思念体達が身体を明滅させる。
『そうだな。だが我らは音声による言語を持っていない』
『この星で意味の通る言葉で、テオドールから我らに名をつけてもらえないだろうか?』
『うむ。ルーンガルドで生きる者としてもその方が有難い』
『テオドールは言葉を交わし、我らとこの星の者達の仲立ちをしてくれたわけだしな』
と、思念体達が言ってくる。ん。俺で良いのなら名前を考えるが……。
皆からの異論もないようで、視線を向けると頷いてくる。
「そうですね……。では……コルゴティオ族というのはどうでしょうか」
名前の由来はコギト・エルゴ・スムからだな。コギトは自己意識、コーギターティオで思考、考えを意味する言葉だったかな。そのもじりと語感でという感じではあるが。
込めた意味合いと共に説明すると、思念体達は嬉しそうに派手に明滅していた。
『思考や意識か。良い名だな』
『うむ。嬉しい』
『気に入った』
『我もだ』
ん。気に入ってもらえて良かった。そんな反応にティエーラも微笑み、シーラやマルレーンもうんうんと頷いたりしているな。