番外1981 虚空の海を渡って
「僕達の食事方法を見せるので、あなた方の普段の食事方法も実際に見せてもらっても良いでしょうか? 食事の量や方法等から、考えたいこともありますので」
『分かった』
というわけで環境魔力を操作し、球体を作り、それを実際に食べているところを見せる。思念体の周囲に散る火花がそちらに向かって伸びて触れると、魔力の塊がゆっくり吸収されていき、本体の光量が少し増す。
同時に魔力の動きはを魔力の増大の仕方も見て解析もしているが……そうだな、これは……。
「これは、楽園の生き物を連想させられるかな……」
「楽園?」
思念体……彼らの特徴について俺の呟いた感想に、イルムヒルトが首を傾げる。
正確にはエディアカラの楽園のことだな。地球の地層から見つかった最古の動物――エディアカラ生物群の特徴について言われた言葉であるが。
「最初に現れた動物は捕食のための牙や爪もなく、身を守るための殻や毒を持っていなくて、食ったり食われたりの関係がなかったんじゃないかって推測した学者がいたんだ」
「その状態を楽園と呼んだ、というわけじゃな」
俺が説明するとお祖父さんが納得したように、言った。
海に漂う有機物を濾しとって食べたりしていたわけだな。エディアカラの動物同士ではともかく、微生物に対しては捕食、被捕食の関係はあったのかも知れないが。
翻って思念体である彼らの元々の暮らしやその成り立ち、魔力吸収の方法を見ると、環境魔力の吸収が穏やか且つ緩やかで、食事で魔力を取り込んで力を増大させる……というよりは活動を維持するという印象だ。
高品質の魔力を宿しているが、恐らく、魔力を内側にプールできる量もそれほど多くない。元素や魔力利用等を考えると、種としてのポテンシャルは高いが……それは人と同じく強みの部分は知識とその応用の後付けであり、本体自体は強力ではないという印象だ。
同種しかおらず、捕食、被捕食の関係は天敵が現れるまで存在していなかったからこういう特性になっているというのは多分にあるだろう。
まあ、人と同じというのなら知識量と活用方法でいくらでも伸びる。高度な思考能力というのはそれだけで強力ではあるな。
『楽園か。確かに、故郷で暮らしていた頃はそうだったと言えるかも知れない』
『天敵が現れてから、我々も身を守るための手段を模索するようになった』
なるほど。元素や魔力の利用という部分での開発も進んだということだろう。
俺も、自分達の食事ということで食材の一例として果実を見せて食事を行ったりしていくと、思念体達は興味深そうに瞬いていた。
『有機物を取り込む仕組みか』
『実体を持たない、我らにはないものだな』
「環境魔力を吸収するという性質を持つ存在はいますが、基本は補助的なものですね。この星の生物は大多数が有機物を取り込んで活動すると考えてもらって結構かと。その上で……この後の話をしたいのですが」
つまり、彼らがどうするか。
『できる範囲で元素と魔力を集めたら……星を脱出しようかと思う』
『我らと同じ、思考する存在を巻き込むのは、な……』
と、彼らはそんな風に言うが。みんなに視線を向けるが、オーレリア女王もデメトリオ王もポルケー達も頷いてくれる。
そうか。では、俺としても解答は決まっている。
「それで追跡者がこの星での捕食活動を始めない、とは言えません」
「確かに。追跡者には有機的な生命体も取り込んでしまえる可能性がありますね」
グレイスが真剣な表情で同意する。そう。外部から来た追跡者の性質がまだわからない以上、彼らが脱出したとしても追っていくとは限らず、リスクはそのままだ。
「ですから、どうでしょうか。あなた方に安全な避難先を提供するというのは。追跡者は僕達が対処します」
追跡者とも接触して対話や交渉が可能なら交渉する。交渉や対話を受け付けない存在ならば、敵対的存在として対峙することになるが。
『しかし……それでは……』
「僕自身、託されたものがありますから。この星に頼ってきた以上は、僕としてもするべきことがあります。それに……虚空の海を渡って永い旅をして出会ったというのも、奇跡的なことだと思いますしね」
少し笑って応じる。誰かを代表して、だとか、そんなことは言うつもりはないけれど。
外から来るものも内側から生まれるものもティエーラは受け入れてきた。だから。同じように宇宙を旅して、この星の命が生まれたことを喜んでくれたティエーラがそう望んでくれているから、俺達だってこうしてルーンガルドにいる。
そんな彼女の半身と戦い、そして信じてもらった立場としては、そこを裏切りたくはないのだ。
『追われていることを、承知で我々受け入れると?』
「共にいられるための道を、選んでくれるのであれば」
食う、食われるの関係については生き物の背負った業でもあるから、彼らと追跡者について、あれこれと言う事はできない。
しかし、共存を望んでくれるというのならその道を模索したいと思う。ヴァルロスとの約束や、ベリスティオから託されたものにも、顔向けできるように。
『良いのか? それは……ありがたいが』
『もう逃げなくても、良いと?』
思念体達は戸惑いながらも明滅しながら火花を忙しなく散らしている様子だった。
「――互いにその道を選ぶのであれば、私としても歓迎しますよ」
そんな嬉しそうな声と共に温かな魔力が広がった。大きな精霊の力が満ちて、ティエーラがその場に顕現してくる。
「外から来た者がいることもそうですが、皆の想いも伝わってきました」
ティエーラはそう言って、俺達に微笑む。
『これは……』
『……温かい。こんな魔力は初めてだ』
ティエーラの登場に、思念体達も強い光を発していた。
「この星――ルーンガルドそのものを司る、始原の精霊ですね」
そう伝えると、思念体達はかなり驚いたようで、これまでにない勢いで派手に明滅していた。
『星そのもの……何という……』
『わ、我々は、ここにいて良いのか?』
『永い旅の果てに、安住の星を見つけられる、とは……』
そんな風に火花を周囲に弾けさせている思念体達である。
「では、決まりですね。身を隠せる場所を提供する事と追跡者へのこちらでの対応を約束します。問題が解決したら……ルーンガルドで共存しつつ快適に暮らせるように相談したり、整備を進めたりしていきましょうか」
避難する場所というのなら、迷宮内でも良いし魔界という手もある。
追えないと見た追跡者が諦めて立ち去ってくれるのなら、それでいい。食性自体に善悪は問えないからだ。
仮に追跡者自身もルーンガルドに住みたいと言うのなら、追跡者の種族的特性も含めて共存の道を探ることになる、のだろう。
共存は……封印術もあるから不可能な話ではないだろう。感情的な問題は残るがそれは俺達にとっても課題と言える。同胞の敵討ちを望んでいるのであるならば、それは他者には頼めない事でもあるしな。
ただ……追跡者が対話も共存も望まず、食性や特性が相容れない場合。その時は……戦うか……或いは追い払うか封じ込めるか。そういう対処をしていくしかないのだろう。
いずれにせよ対応するためには情報が必要だ。追跡者の性質を思念体達に聞いて、知っておく必要がある。小隕石の飛来まで時間はないにしても、ルーンガルドに近付く隕石とそこに宿るものに対して呪法展開しているのだから他の場所に移動させず、誘導することはできる。隔離することも含め、手立てを考えていこう。