番外1980 思う故に在り
翻訳術式で言葉は通じる。ただ、彼らと話をするのは中々に難しい作業だった。
というのも、彼らはコミュニケーションの手段はあれど、音声言語そのものを含めたいくつかの概念を持っていなかったからだ。
ただ、こちらが音声として言葉に出した上で光信号に変換する翻訳魔法であるならば、言霊の力を光信号にも宿らせて彼らにも意味が通じるようになる、という感じだな。
その上で、マルレーンからランタンを借りて言葉と共に映像で説明を交えつつ説明をしたり、この概念はそちらの表現でどのようにするのか、というのを聞いたりして、彼らの意思伝達の手段を解読する必要があったわけだ。
だがまあ一度「表現方法」や「規則性」を教えてもらえば、そこから術式によって仮想のライブラリを構築してやることで、翻訳する事は可能だ。
それに彼らも何というか。情報処理が非常に早くて理性的な性質なのだと思う。
大気の振動で音を出して相手に意思を伝える、という概念を理解すると、周囲に纏っている火花を操作して大気を震わせ、放電で発する音を利用して言語を伝えようとしてくれた。
『これで意思が伝達できるだろうか?』
「あ。これなら翻訳の術式が上手く働くのですね。はい。通じています」
と、アシュレイが微笑んで答えると、周囲に火花を散らしながら『それは良かった』と応じる。
「光の波長や周波といったものを仲間同士の情報伝達手段にしているみたいだね。それを彼らは放電に置き換えることもできるから……音声代わりにすれば言霊の術式も機能する、と」
それはそれとしてライブラリーの作製は継続して行おう。言霊に拠らない翻訳ができれば応用の幅が広がる。何より、会話する際に放電していない方が俺達としても安全だしな。
その上で、まずこれからの話をするにあたり、互いに相手を騙そうとしないという約束をした。これは呪法に組み込み、俺達も彼らも抵触すれば互いにそれが呪法のトリガーを満たして相手に嘘をついていることが伝わる、という具合だ。
『まず……我々は敵対するつもりはない』
「そうですね。危害を加えないというのであれば、僕達も敵対するつもりはありません。島民を守るために隕石を止めた、というのも先ほどお伝えした通りです」
という部分からの確認を経て、彼らの事情を話してもらう。
『我らがここに来たのは、偶発的というのが近い』
『そう。逃げてくる途中、恒星の重力に捕まってしまった』
『星系から抜け出せなくなった』
『この惑星を選んだのは、元素の種類と魔力の豊富な環境ならば、状況が打開できる可能性があると思ったが故』
『しかし我らと対話可能な存在がいるとは』
『初めて出会う』
『驚きだ』
『驚きだ』
複数の個体が入れ替わるように明滅と放電を繰り返しながら意思を伝えてくれる。対話可能な存在、というあたりから、彼らは少し興奮したように明滅を繰り返していたが。
恒星――つまりは太陽だな。
その重力に捕まり、星系から抜け出す目途が立たなくなったから何とかするためにルーンガルドへの降下を決めたという事なのだろうが。
気になるのは逃げてくる途中、という部分だ。
「逃げるというのは、何からですか?」
そう尋ねると……興奮していた彼らが静かになる。言葉は発しないが沈黙したというか、嫌なことを思い出してしまったというような印象。
逃げている、か。想像が正しいならば……それは……。
『……我らが天敵』
『怖い』
『危険』
『我らを滅ぼし、取り込むことで強くなる何か』
『ある時現れ、我らを……捕食し始めた』
弱々しく明滅しながら萎縮したような火花を散らす光球達である。
『我らは、生まれた地を捨て、逃げることにした』
『永き旅の始まり。しかし……』
『奴も我らを追ってきた』
そう……そうだろうな。
「後から遅れて来る小さな隕石がそうなのですね?」
そう尋ねると先頭の光球がゆっくりと光量を暗くして――『その通りだ』と弱々しく火花を散らす。その彼らにとっての天敵が、俺達にとっての敵であるとは限らないが……。嘘を吐いていないのは間違いない。俺達にとっては友好的な存在であるという可能性は、些か楽観が過ぎるだろう。
重要な話は聞けたが、他にも色々聞くべきことはある。例えば、彼らが本当に共存できる種なのかどうか。
一時的な対話と交渉は、できる。だが、例えば魔人のように捕食者、被捕食者という関係では、相容れない部分が出てくるだろう。だから……彼らの事についてはもっとよく知っておく必要がありそうだ。
「あなた方に種族――自分達を他の存在と区別する名称はありますか?」
『ない。他の種と、天敵以外を知らなかった』
『我々は我々。奴は奴だった』
まあ……そういう事になるか。宇宙空間にしても生命種のいる星の方が珍しいからな。
「僕達は……この通り、様々な種のいる星に住んでいます。有機物を接取、分解してそこから活動の為の力を得るわけですね。環境魔力を取り込むことで活動の為の力を補助する種もいますが」
そう言って、みんなの姿を見せる。ラヴィーネにリンドブルム、コルリスやアンバー、ティールといった面々もふんふんと頷いて、自分達が実例だというようにアピールしていた。
『……驚きだ』
『これほどの多様な……種族、がいる惑星とは』
「もう少し話をしましょうか。これからどうするにせよ、情報は必要です。逃げる方法の提案や協力、避難先の提供も、場合によっては可能かと」
『確かに。我々も、星に降りて対応する方法を考えるしかないと考えていたのは変わらない』
『そうだ。問題はない。対話を続けよう』
『同意する』
猶予はほぼ1日。彼らにとっては切羽詰まった状況だろうけれど。
色々聞いてみたい。俺がまず食性の話をしたのは、それが互いに一番心配するだろうという内容だからだ。まず利害関係としてそこで不都合が生じなければ、共生することは可能なのだから。彼らもそのことに思い立ったのだろう。明滅すると、火花を散らして彼ら自身の事を話してくれる。
『我々は空間で認識した光景、現象。それに元素や物質、魔力から情報を読み取り、情報量を増やすことを好む。しかし自己を維持し、活動するために必要なものは空間に満ちる魔力だ』
『魔力を取り込むことで我々は自己を維持する』
『思考することが我々にとっての活動』
『情報量が増えてもそれで我々自身が力を増すというわけではないが、我々の増殖を行うための下地にはなる』
『認識した対象から取り入れた情報を用いて、その対象の特性に応じた利用を行うことは可能だ』
「なるほど……。だから、元素の多い星、魔力の多い星、というわけね」
クラウディアが目を閉じ納得したように静かに頷く。それは確かに、納得できる話だ。使えそうな素材が山ほど転がっている星となれば、追われている彼らにとっては魅力的に映るだろう。減った個体数を増やすことにも繋がると思われる。
ただ、増殖するためには相当な時間と情報量が必要、ということだが。
だから、逃亡中に彼らが増えることはなく、故郷にいた仲間は滅んでしまったがために、今ここにいる者達が彼らの全員ということだった。
しかし……思念体……或いは情報生命体、と言えばいいのだろうか? 人格や記憶、認識能力といった認識と思考を行う事のできる魔力存在、か。
とりあえず環境魔力さえあれば自己の維持に問題はないというのは……在り方としては精霊に近いが、何かの自然現象に依存しているわけではないようだからやはり違う。思考することで彼らは自分の存在を維持しているというわけだ。