番外1979 外から来るもの
分析を進めながら隕石飛来を待ち一日一日が過ぎていく。
月の民と共に解析を進めているが、やはり隕石の成分は不明。落下予測地点も精度は上がっているが前と状況は変わらず、というところか。
転送魔法陣のテストも兼ねて、子供達や幼い雛とその母親達といった顔触れをフォレスタニア城に預ける。
全員で避難してもらっても問題ないのだが、鳥人族としては自分達の住む島を守ってもらうのにそれを見届けないのは問題がある、と考えているようだ。そうした恩や義理を忘れないためにもきちんと隕石を止める場面に立ち合いたいという事なのだろう。
分かっていたことだが、かなり義理堅い性質でもある。
雛達にも見せたいと考える部分と、子供達の安全も重要と考える部分があるため、水晶板で中継することとなった。
デメトリオ王も浮遊城に残ってその時を現場で待つということだ。鳥人族達の覚悟にグロウフォニカの王族として応える、ということなのだろう。
保存食の一部をフォレスタニア城へと運び、滞在中に安心して過ごしてもらえるように城の案内もしたが、まあ、鳥人族達は城でも大分盛り上がっていた。
「かつてグロウフォニカ王城にも招待していただいたことがありますが、外の建物は凝っていて楽しいですなあ」
そう言ってステップを踏んでいるポルケー達であった。まあ、本格的な案内やらは隕石対応が終わったらという形ではあるが。
鳥人族の雛達を守る、と気合を入れているのはマギアペンギン達だ。鳥人族とも仲良くなっているようで大人達同士で握手しあったり雛同士で寄り添いあったりという光景にシャルロッテもにこにことしていた。
そんな調子で隕石飛来を迎えるための諸々の準備も終わり――その日がやってくる。隕石が呪法の発動の条件に抵触したという感覚もあり、隕石の飛来が近付いているのを肌で感じていた。
隕石飛来は昼頃。逆光にはならないので受け止めるのに不都合はない。
『依然、軌道と落下予測地点に変化はありません』
シリウス号の艦橋に置かれた水晶板に月面の天文官から連絡が入る。カドケウスが頷くことで承知したと返答する。
飛散しないのならという前提での話ではあるが、落下予測地点に関しては距離が近付いたということもあって、かなり正確に割り出されている。俺の待ち受けるべき座標も絞り込むことができるので、真正面に相対して受け止めることができるわけだ。
飛来する方向、角度、時刻も分かっているからな。
少し離れた位置にシリウス号と浮遊城。保険として外側の結界を張れるよう、みんなにも離れた位置に陣取ってもらい、その時を待つ。
『そろそろ現地でも見えるはずです』
「ん。見えた」
天文官の言葉にシーラが頷いて答えるのと、監視役のティアーズ達が合図として腕を振るのがほぼ同時。
昼の空でも明るく輝く瞬きがある。飛来する隕石だ。光量は一定ではなく、一瞬強くなったり弱くなったりと不安定なことが窺える。
地球では静止火球と名付けられている現象だ。見る見る光を強めて、隕石がこちらに向かってくる。
呪法は――間違いなく機能している。その反応で隕石の飛来する位置も感知することができた。
「来るか」
「テオ、お気を付けて」
「ご武運を!」
俺の言葉にグレイス達が声を上げる。笑って頷いてウロボロスを構えた。
ジェーラ女王の宝珠が輝き、四方八方にマジックスレイブが飛ぶ。
「来たか」
強い光を放つ静止火球がみるみるその大きさを増していく。
呪法の反応――隕石が凄まじい速度で迫る。音が追いついていない。隕石が呪法の影響下にあるのは間違いないが、落下途中で砕けてはいない。一塊のまま、燃え尽きながらここまで飛んできても尚、十分な破壊力を秘めた大きさだ。
光の輝きと大きさを増してこちらに迫る静止火球を見据えたままで、そのまま巨大なマジックサークルを展開した。
巨大な結界が視界全体を埋め尽くしても尚広がっていく。この大きさそのものが結界の許容しうる魔力容量でもあり、溜め込んだ魔力の消費速度を速めるための仕込みでもある。
マジックスレイブからも大小様々なマジックサークルが展開し、その瞬間に備えた。
そして――。受け止めようとするその瞬間に。
火球の中から火花と光球が四方八方に散る。散ろうと、した。
何が――いや。今は良い。隕石を止めることが先決だ。呪法に遮られて隕石から光球は離れられない。無数の光球が引っ張られるような形で、そのまま結界と隕石とが触れる。
激突の衝撃が魔力に変換される。ぶつかった瞬間の音も衝撃も抜け落ちて、代わりに結界が周囲を真っ白に染める程の魔力の輝きと共に大量の魔力が生成された。凄まじい魔力の満ち引きが起こるが、俺自身への負荷はない。構築した変換結界と消費の為のシステムが機能しているという証拠だ。
変換された魔力がマジックスレイブ達の発動させた術式によって消費されていく。何体ものヒュージアクアゴーレムが海面に盛り上がり、その体躯を更に膨張させていった。
衝突による衝撃や高熱。そうしたものを受け止め切って、ゴーレム達の膨張が緩やかなものになっていくと共に、眩い輝きを放っていた結界の輝きも治まっていく。
周囲の見通しも良くなってきた。隕石は結界に受け止められる形でそこに鎮座している。まだ高熱を宿しているようで赤々とした輝きを放っているが――。
隕石は、止めた。だが問題はまだ残っている。眼前には無数の青白い光球が浮かんでいた。握り拳程の大きさで、その周囲に火花が走っている。
結界に激突する前に、隕石の内側から飛び出してきたように見えた。
個々に魔力を秘めているが……感じたことのない不思議な波長。精霊でも、既知の魔物でもない。かといって、自然現象でもあるまい。ルーンガルドの外からやってきた存在、か。
呪法はまだ健在。隕石から離れる事が出来ずにいるようだ。等しく呪法の対象になっているというのは、隕石に宿っていた、と見るべきなのか。
呪法は検疫も兼ねているので隕石そのものではなく、そこに含まれているものも対象だ。だから、あの光球にも呪法の効果は及んでいるということなのだろう。
「あれは一体……」
「わかりません。私も初めて見ます」
「私もだわ」
デメトリオ王の言葉にオーレリア女王やクラウディアが答える。みんなも驚愕の表情で眼前の光景に目を奪われていた。それでもみんなは即座に予備の結界を構築してくれているあたり、流石だ。
結界は維持したまま。ライフディテクションでの反応はない。魔法で感知できるタイプの生命体ではないようだが……。ウロボロスを構えて何があっても対応できるようにしながらそれらを観察する。
こちらの動きに合わせて光球達が反応を見せた。ピクリと動いたというか、俺の動きに合わせて身構えた、ように見える。
普通の生命体ではないようだが、こっちの動きを認識しているし、意識も有している、のか。だから結界の展開に合わせて逃れようとしたのだろうけれど。
「む……」
一際大きな魔力反応のある光球の周囲に散っている火花が、活性化しているように見える。同時に、掛かっている呪法に反応があった。干渉しようとしているような、探っているような感覚。……なるほど。そういう特性を持つ存在か。
「翻訳の術式は――通じるかな?」
反応はない……。言葉を持たないのか、こちらの出方を窺っているのか。
一先ずは攻撃してくる様子もないようだが。
……。呪法の対象になっていて、向こうも呪法を探っているというのなら、パスは繋がっている状態だ。
本体まで侵食されないように防壁を構築しながら、呪法を介して言霊の翻訳術式を応用したものを上乗せし、音声を電波や光信号等、思いつくシグナルに変換して送ってみる。
『危害を加えるつもりはない。落下地点に住んでいる住民を守るために、隕石の落下を止める必要があった』
と、光信号に応用型翻訳術式を乗せたものに光球達が反応した。向こうも明滅しているが……。やはり応用型の術式で読み取れる、か?