番外1976 空を飛ぶ日
今回は魔道具等も使わず、俺が結界で受け止める形なので、土地自体には仕込みを行わない。念のための策として、シリウス号や浮遊城を足場に二重の結界を展開することもできるよう準備をしてきている。
そんなわけで、一先ずの事前準備は完了だ。後は交流を深め、鳥人族の不安を和らげたり信頼を得ておくことが必要だろう。
「避難先が分からないと皆さんも不安かと思いますので、是非飛行船や浮遊城内部を見学していって下さい」
そう申し出ると、鳥人族達も嬉しそうに冠羽や尾羽を反応させてステップを踏む。
シリウス号と浮遊城を島の近くへと進ませてまずは外観から見てもらう。
浮遊城に関しては――イシュトルムが改造していた時のような、黒くて禍々しい姿ではない。ベリオンドーラ王城は今の状態のように……白くて壮麗な姿をしていたわけだ。
月の民由来であるためセオレムと似ている部分があるし、シルヴァトリアの文化にも影響を与えているのが分かるな。
鳥人族はと言えば、近付いてきたシリウス号と浮遊城に大盛り上がりだ。冠羽や尾羽を動かしながらステップを踏んで、鳥がさえずるように歌を歌い出した者が現れると、周囲がそれに合わせるようにハーモニーを響かせたりと……まあ大変興奮しているのが見て取れる。
合わせて歌う鳥人族の声が美しい音色になっているが……これは即興なのか、それともそういう文化故にこういう時に定番の歌があるのかは分からない。ただ、聴いていて心地の良い歌声であるのは間違いないな。
そんなわけで、まずはみんなでシリウス号に乗り込む。タラップ等で乗り込みやすいシリウス号を紹介してから、改めて浮遊城に移る、というわけだ。
甲板に登ると、そこからの眺めに鳥人族達はまた盛り上がっている様子であった。
「私達にも空を飛んだ時の景色が見られるとは」
「おお……。遠くまでよく見えます」
鳥人族の面々としては空からの眺めというのに憧れのようなものもあるようで。
ティールもそんな反応にうんうんと頷いて声を上げていたから、共感を覚える部分があるのだろう。後でシリウス号に乗ってもらったまま、周辺の空域の周遊等も良いかも知れないな。
しばらく甲板からの眺めで喜んでもらった後、船内の設備を紹介していく。
艦橋を見てもらった後、船室、風呂に食堂といった、避難中に関わりのありそうな設備を中心に見ていってもらう。
「船室の居心地も良さそうですな」
鳥人族達が頷き合う。身体が比較的小柄なのもあって、一般の船室は結構広々としたものに感じられるようだ。まあ……討魔騎士団ともに作戦行動をすることを想定していたからな。人員輸送を優先しているので、本来の居住性はそこまで高くはないのだけれど。
艦橋の様子も、物珍しいものだったようで、外部モニターに移る全方位の光景に首をくりくりと動かしてあちこち見回していた。
「続いてはベリオンドーラ城の案内ですね」
オーレリア女王が楽しそうに微笑む。こちらは俺達も案内してもらう側だな。シリウス号を浮遊城の正門前に動かし、そこからタラップで浮遊城へと降り立つ。
「では、案内して参りますね」
エスティータが微笑み、みんなを城の奥へと案内してくれる。
正門が開かれ――そこから内部へと進むと、広々としたホールになっていた。丁度品の類も置かれているが、月の船の航行も想定して固定されていたりするな。美しい水晶の彫像等が置かれていたりして見事なものだ。
廻廊には肖像画等も飾られているがこの辺は月の王族のかつての肖像画から再現したベリオンドーラ王族の実際の姿、という事だ。ベリオンドーラの歴史的な部分の保全もしたいということで城部分の修繕も進めていたしな。こうした肖像画はそうしたコンセプトにも合っていると言えるだろう。
「おお……。ご先祖様のお姿ですな」
と、七家の長老も感動したような声を漏らしている。
「知っている人もいるわね」
そう言って目を細めるクラウディアだ。月の民は長命だ。クラウディアが降りてからベリオンドーラ王族が地上に向かうまでも結構な間があったようだが、知っている顔触れもいるのだろう。クラウディアにとっては肉親だしな。
「どんな人達だった?」
「ふふ。私が地上に降りる時に色々と心配してくれてね。自分が代わろうとか、申し出てくれたわ。まあ、適材適所という意味からも、私が行くと押し切ったのだけれどね」
人柄や適性という意味でもそうだが、年少の自分が役に立てるならばとクラウディアがそのまま月の船で降りたわけだ。
そんなクラウディアの手をマルレーンが取るも「大丈夫よ」と応じる。
「あの人達の子供達も今シルヴァトリアに繋がっているのだものね」
そんな言葉に、オーレリア女王達やシルヴァトリアの面々も思い思いに感じ入っている様子であった。
浮遊城内には野外が見える中庭もある。月の船周辺の空気は大気圏外に出ても維持される仕様のようだ。この辺は流石の月の民の技術という感じだな。
謁見の間や兵舎等々、普通は部外者もあまり立ち入れないエリアもあるが、そうした部分も見せてもらえた。保全の意味合いで残されている浮遊城の部分はそれほど重要ではなく、城の下部――岩塊内部に隠されている月の船こそが心臓部、というわけだ。
流石に部外者も多いということで、今回は月の船ではなく浮遊城部分を色々案内してもらったが、外も壮麗で内部も美しい城という感じだ。
「解呪された氏族を象徴するようなところもありますな」
ウィンベルグがそんな風に言うと、月の民の面々も表情を柔らかいものにして頷いていた。
そうだな……。イシュトルムに改造された時に浮遊城と相対している身としては、ベリオンドーラ王城は禍々しい姿をしているという印象が強かったが……修繕されて本来の姿を見る事が出来るようになって良かったと思う。
招待された鳥人族達も、初めて見るものばかりでかなり楽しんでくれているようだった。エスティータが城のこの施設はこんな役割がある。こんな風に使われてたと解説や案内を挟むとステップを踏んだりコーラスを響かせたりして、満喫していたようだ。
そうして浮遊城の内部見学ツアーを終えたところで再びシリウス号に乗り込み、周辺の飛行と周遊を行う。
こちらも鳥人族には好評というか、かなり大盛り上がりだった。あまり速度は出さなかったが、しばらくの間飛行そのものに感じ入っているようでみんな風景に見入っていて……。それからやがて感動が追い付いてきたのか、艦橋や甲板で両方の翼を広げて合唱したりしていた。こんなに楽しんでもらえるならまたシリウス号で訪問するのも良いかも知れない。
さてさて。そうしてシリウス号や浮遊城を案内したり、空を周遊したりしてから島へと戻ってくる。
「今度は私達からお礼と申しますか、歓迎と感謝をお伝えしなければなりませんな」
ポルケーが言うと、鳥人族達がうんうんと頷いてステップを踏む。
そんな反応にシャルロッテもにこにことしていて、期待感を高めているようだ。
島では歓迎の為の準備も元々進めていたようで、ログハウスに戻ってくるとポルケー達はすぐに宴の用意を始めた。
大きな鍋をみんなで運んできて火を起こしたり、丸っこい身体の鳥人族達が右に左にちょこちょこと走り回って宴会の準備を進めたりしていて、見た目にも賑やかで楽しいものだった。
やがてそうした準備も終わる。
キノコと芋、香草に塩で味付けしたスープというのは鳥人族にとってはよく食べられているものだそうで。それに加えて果実やそれを使ったジャムもある。
魚介類は基本的には食べる風習がないそうだが、外の人達が食べるというのは知っているので、この日に合わせて罠を仕掛けたり潮干狩りをして集めておいたとのことだ。
塩焼きした魚等も作ってくれているようで、シーラがうんうんと頷いていたりする。親善のための文化交流にもなるし、鳥人族達の歓迎の宴は楽しみだな。