番外1972 対策実験
衝撃を魔力に変換する――というのは元々シルヴァトリアのゴーレムやシリウス号の装甲板に採用した技術ではあるが。
「これを結界に応用しようと思います」
「その場で展開する結界に魔力変換装甲の技術を組み込む、というわけじゃな……ふうむ」
「この場合、結界の規模が大きければ大きい程、逆に魔力を蓄積できる容量が増える、という事になりますね」
術式を組み上げ、小規模な魔力変換結界を構築するためのマジックサークルを展開する。拡張性を持たせ、対象の規模に応じて結界の規模を広げたり、変換した魔力を他の術式に接続して消費させることができる、というわけだ。
「おお、これは……」
「精緻な術式ですな」
長老達がマジックサークルを見て頷く。
術式を見てもらった上で、中庭に出て実際の術を行使していく。
ジェーラ女王の宝珠を用いてマジックスレイブを複数展開。結界壁を展開していく。これならばまあ、隕石の規模に応じて結界を大規模なものにできるな。
「変換された魔力は結界自体の強化、拡張、維持に用いる事ができますが……隕石の衝突で瞬間的に発生するものですからね。許容量を超えて結界が崩壊する前に、消費量を生成量に対して上回らせる必要があります」
俺が制御している状態なら燃費が悪い術式を複数展開すればいいだけなんだがな。覚醒魔力を使っての時間操作なら瞬間的な消費が可能なので非常に相性がいい。ただ、これは後世に残せるものではないからな。
そうなると……転移や転送魔法あたりが候補になるだろうか。緊急性に応じて機密性の高い術式を使わないという選択ならば、超巨大ゴーレムを複数構築する形でも青天井で変換した魔力を消費することが可能だろう。
その場合、ゴーレムを構築するスペース、影響等を考慮する必要があるな。そうした内容を説明する。
「実際の挙動も試してみる必要がありそうね」
母さんが言う。
「そうだね。どこか広々とした迷宮の区域で実験してみよう」
人のいない区域での実験が望ましい……となると高難易度区画か、人気のない区画での実験が望ましいだろう。
「人がいなくて広々としているというと……大腐廃湖かしらね」
クラウディアが言う。
「そうだね。炎熱城塞あたりも悪くないけど、あっちは大腐廃湖ほど開けていないし」
実験の場としても、湿地帯である大腐廃湖の方が本番のシチュエーションに近い。まあ……あまり積極的に足を運びたい区画ではないというのはあるが、こういう時は便利と言えば便利だな。
実験前に迷宮核にアクセスして情報の確認もしたが、現状探索している冒険者はいないということで早速大腐廃湖に移動して実験を行っていくこととなった。
十分な破壊力を伴う魔法でないと隕石衝突を受け止める実験にならないしな。七家の長老達にも手伝ってもらうわけだ。
使ってもらう術式は――まあそのまま第9階級、火、土の複合術式、メテオハンマーだな。大魔法に違いはないが、長老達がいるのだから複数人で用いる儀式型の大魔法であれば発動にも問題はない。
長老達には大腐廃湖の上空に位置取ってもらい、俺は下方でメテオハンマーを受ける役回りだ。
大腐廃湖の上空を飛んでいると迷宮魔物に襲われるのだが、そこはそれ。迷宮管理側の権限を付与しているために俺達も長老達も襲われずに実験できる。
「では――始めましょう」
結界を構築して制御しているところに長老達にメテオハンマーを撃ち込んでもらう、と。
まあ、メテオハンマーの真正面に立つ形になるが、仮に結界が崩壊するような事があっても転移魔法などで退避できる。
ちなみに、実際だと発動する位置やタイミングは分かりやすい。飛来する隕石が現場に向かってきているという状況であるため、主観的には隕石が流星のように見えるわけではなく、空中に火球が静止しているように見えるからだ。
だからまあ、しっかり待ち構えた上で受け止める事が可能になるだろう。
俺がマジックサークルを展開すれば、長老達もまたタイミングを合わせるようにマジックサークルを展開する。複数人の展開したマジックサークルが組み合わさって、メテオハンマーの術式となる。これが、大魔法を発動する際の儀式魔法だな。
ウロボロスを真正面に構え、ジェーラ女王の宝珠の起動と共にマジックスレイブを四方八方に展開する。そして――結界を発動させた。
魔力変換術式や拡張性を持たせた応用型の結界だ。銀色――六角形の結界壁が並ぶように連なり、視界を埋め尽くすほどの範囲に広がっていく。
「では、行くぞ」
「何時でも」
お祖父さんの言葉に頷くと、その手に持った杖が掲げられる。メテオハンマーの術式が発動。赤々とした熱を宿す巨大な大岩が、膨れ上がるようにその頭上に形成されていく。そうして、杖が振り下ろされると巨岩が凄まじい初速で撃ち出された。
破滅的な質量、熱量の暴力の塊からは想像できない程の速度で撃ち出すその術式は、単純故に凶悪無比な破壊力を誇る。
その巨岩の衝突と共に結界に極彩の波紋が広がる。当然あるべき衝突の瞬間の衝撃だけが抜け落ちたような感触。結界の向こうでメテオハンマーが激突して大岩が崩壊し、その破壊力を存分に撒き散らす。
が。結界は崩れない。代わりに四方八方で大腐廃湖の湖面が盛り上がり、巨大なゴーレムが生成されて膨れ上がっていく。
大腐廃湖の中に潜んでいたスラッジマンやロトンダイルといった迷宮魔物がゴーレムの外に排除されたり周囲の汚泥が奪われて慌てふためいていたりはするが――ダメージはないな。
ゴーレムを生成する場合も、転移魔法等と同様、巻き込み防止の安全策を術式に組み込むことで魔力の消費量を増やすことができる。
更にゴーレム自体の温度や形状変化をさせたりと、メテオハンマー激突時の衝撃や余波で生成された魔力を消費して散らしてやることで、術式を受け切る。
崩壊するメテオハンマーの熱量や自重を概ね受け切ったところで、結界壁を動かして巨岩をゆっくりと大腐廃湖に降ろした。
「おお……見事に受け切りましたな」
「うむ。メテオハンマーでこの結果であるならば、物理的な破壊を齎す魔法はほぼほぼ無効化できると見て良さそうじゃな」
「隕石はもっと大きなものが飛来することも想定されますが、結界の規模と魔力を消費する術式を拡張してやることで対応はできるかと思います。制御に関わる難易度の問題は、範囲ごとに担当する魔法生物か、小規模の魔道具を複数使用して連動させてやることで解決するかなと」
『確かに、それならばもっと大規模なものも対処できそうですね。月にとっても朗報でしょうか』
水晶板の向こうで様子を見ていたオーレリア女王が俺の説明を聞いて頷く。
隕石については月面の方が頻度も高くて大変だろうしな。中継を見ていたアルバートもそんな話に頷き、そうした魔道具開発については工房と月とで協力して行っていく、ということになった。
隕石をいち早く観測できるのも月だろうしな。そこに対応用の装置が配備されるのなら地上としても助かる。魔力変換の機能も、隕石の規模次第で魔力送信塔のような役割も持たせれば月面のリソースを増やすことにも繋がるだろうし。
というわけで実験も成功だ。後は、隕石の規模を見てどの程度の威力なのかをシミュレーションし、消費するための術式を入れ替えればいい。
現地の鳥人族への面会等も進めておかないといけない。デメトリオ王からの話を聞いている限りでは協力してくれそうだとは思うが、だからと言って軽んじていいなんてことはないからな。
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