番外1971 友誼の狼煙
『隕石――虚無の海から降る星の欠片か』
「何分遠くから飛来するものなので、まだ落下する場所の予測に誤差はありますが、海に落ちれば津波、島に落ちれば島民への被害が考えられます」
早速ジョサイア王やデメトリオ王にも連絡を取る。報告を受けた二人の王はすぐに水晶板で直接応対に出てきてくれた。
隕石の性質や危惧される状況といった説明を静かに聞いていたが、やがて一通りの話を聞き終えるとデメトリオ王が静かに頷く。
『承知した。まずは……対応するために必要なものがあるならば我が国も協力を惜しまないと伝えておこう』
『余もだ。迅速に動けるように通達や支援の態勢を整えておく』
デメトリオ王の言葉を受けて、ジョサイア王も頷いてくれた。
「ありがとうございます」
二人に一礼する。
「飛べない鳥人族が住む島々と聞いておりますが、どんな方達なのですかな?」
『基本的には戦う力を持たず、大きな魔力もない。元々航路から外れた場所にあり、少し孤立していたから外との交流がなかった。だからこそそうした武力を持たない性質の民なのだとも言えるが……。現在ではグロウフォニカ王家とは友誼を結び、王家の名で保護を約束している』
お祖父さんが尋ねると、デメトリオ王は顎に手をやって答える。
『何代か前の話になる。グロウフォニカの王女を乗せた船が、嵐に巻き込まれて沈没してしまった事があってな』
王女は海に投げ出され、漂っていた樽に捕まって漂流したそうだ。水魔法に才のある王女だったから嵐の海で一命を取り留める事ができたという話だな。
その王女が漂着したのが飛べない鳥人族が住まう島々だった、ということらしい。
『彼らは流れ着いた王女を保護してくれた。漂着した当時は言葉も通じず、見た目も違う種族も異なる者であったのにな。王女もまたそんな鳥人族にいたく感謝をし、島で暮らしながら互いの言葉を教え合ったりしたという話だ』
保護された王女も一角の人物であったらしい。鳥人族に助けられながらも自らも水魔法で彼らの生活を助け、言葉を教え合い、通じるようになったところで島を脱出するか外と連絡を取る手段を模索したそうだ。
『歌と踊りが好きな者達でな。まあ、姫も最初は歌で彼らとの友誼を深めていったという話だ』
そこから言葉を教え合って歌の内容も知っていくと。それで互いの言葉が通じるようになるまで1年半かかっているという話だな。そのお陰で王女も彼らの文化を理解していったということだが。
まあ、平和な種族らしい。羽毛が美しく、揉め事すら歌と踊りで決着をつけるとか、歌と踊りの上手い者が族長として選ばれるとか。
ただ、食事は島内に自生している果実や根菜、キノコを主食としているそうで、バリエーションが少ないから王女としてはそこには難儀したそうだ。水魔法が使えることから魚を捕ることで補っていたらしいが、彼らは漁をしたり魚を食べる文化がなかったわけだな。
衣服や寝具に関しては彼らの抜け落ちた羽毛があったのでその辺は不自由しなかったらしいが。
そうして王女は生き延び、外に出る手段や助けを呼ぶ手段を模索した。脱出するための舟を作ったり、狼煙を上げるための方法を試行錯誤したり。
ただ、平和に暮らしていて他者を疑うことを知らない彼らが外に知られることを王女は危惧していたそうだ。
だからそのことを彼らにも伝え、狼煙よりも舟で外に脱出する事に拘っていたらしい。
脱出するための方針も一応あったそうだ。彼らの伝承に、東の海に違う姿をした種族が住んでいるという言い伝えがあったということなので。
だが……そんな王女の目算は、他ならない鳥人族が崩すことになる。
沖合に船を見かけた鳥人族は、密かに研究を継続して完成させていた狼煙を上げることで、外に助けを求めたのだ。
鳥人族のその行動により、船は島にやってきた。そして王女はグロウフォニカに帰ってくることとなる。
王女は生涯をかけて彼らを守ることを誓い、そんな鳥人族の行いに感じ入った当時の王が、グロウフォニカ王家の名にかけて彼らを守ると宣言した、というわけだ。
「良いお話……ですね」
グレイスが目を閉じて感じ入るように言う。みんなもうんうんと頷いていた。
『現在では騎士団に専用の部署が作られ、その一団が定期的に島近隣を船で巡回し、担当武官が常駐警備している』
『それはまた。かなり徹底されているな』
ジョサイア王が笑顔を見せるとデメトリオ王も笑みを見せる。
『それに加えて、何か異常や困ったことがあったら彼らも狼煙を上げて知らせるということも決まっている』
「友誼の狼煙というわけですね」
エレナが表情を緩めると、マルレーンもにこにこしながら頷いた。
友誼の狼煙か。確かにそうだな。王女が伝え、鳥人族が完成させて王女を助けるために使い……今は鳥人族をグロウフォニカ側が助ける時のために活用されているというわけだ。
『まあ、そういう経緯もあってな。彼らの住む島々に危険があるとなれば、グロウフォニカの王としては事態の解決に際し、全面的に協力するということを伝えておこう』
デメトリオ王がこちらを見て言った。
なるほど。そういう事なら、俺達としても動きやすいな。
「では、早速間に合うように対策を練りたいと思います」
『助かる。我が国としても、まず彼らに連絡を取って話が円滑に進むようにしておく』
デメトリオ王の言葉に頷き、そうして一旦グロウフォニカとの水晶板での通信も終わる。
『実際の経緯を聞いてしまうと……余としても鳥人族達を守りたいと思えるな。各所に通達しておく故、必要なことがあったら連絡を』
「ありがとうございます」
ジョサイア王ともそんなやり取りを交わす。
そんなわけで各所に連絡をとりつつ、みんなと共に隕石対策を練っていく。
落下予測範囲に結界を張って対応するというところまでは問題ない。後は、隕石の大小に関わらず対応できるようにすることと、途中で割れて降り注ぐことへの対策か。隕石の大きさによっては割れていた方が対処も楽だとか、そう言ったこともあるのだろうけれど。
「まず、対象を飛散させるさせない、或いはより多く燃え尽きさせるっていうのは、呪法によって制御できるかな」
「呪法による保護と破壊、ですか。確かに対象の規模に拠らず、岩塊を対象として定義すれば可能だと思います」
エレナが顎に手をやり、思案しながら答える。
無生物である以上は呪法による破壊も反動が小さくできるしな。
逆に飛散しないよう保護する場合は、隕石が受ける大気圏突入の影響を呪法で選択的に逃すという形になる。しかし、燃えて小さくなる分には都合がいい。
より多く燃え尽きさせる、というのは呪法によって熱量を上げる事で可能になるか。この場合は規模によっては回収できるものがなくなってしまうし、結界で受け止める実験にもならないから今回は手段として用いない方向が良いだろう。
後は、落下の際の衝撃。これをどうするか。
予測範囲に結界を展開して受け止めるというところまではいいが、結界そのものの耐久力を超えてしまっては意味がない。だから――結界そのものを通常の物にはせず、受け止める衝撃を何らかの形で流すといった形が良い。
そして……隕石落下自体は将来的にもついて回る天災だ。後世でも対応できるように手順、術式を整備しておく必要があるだろう。
そう言った考えを説明していくと、みんなも真剣な表情で頷いていた。ともあれ、今回の対応は俺達の手で行い、術式と手順をしっかり確立しないとな。