番外1965 開院と共に
一般公開で病院見学をしている面々は、かなりの長蛇の列になっている。病院の役割をしっかりと説明されて、感心したり顔を見合わせてきょとんとしたり、はたまた真剣な表情で質問していたりした。
反応は様々だが、全体的には好意的な反応だと言って良いだろう。
『すごい設備だな』
『病室も中々快適そうだぞ』
『窓からの眺めも良かったしな……あれどうやってるんだ?』
『光魔法で外の景色を見られるように、しています。幻術を使って綺麗な光景を院内に映したり、退屈しないような仕掛けも、あります』
ゴーレム楽団が想定された問答集から回答を述べる。楽譜を覚えさせるのと同じシステムを使って、質疑応答が可能というわけだ。ゴーレム楽団は舞台上のトラブルに対応できるように作られているしな。割と細やかに対応が可能というわけだ。
対応外の質問の場合は改造ティアーズから解答を貰ったりもできるが。
ちなみに改造ティアーズ達の場合は与えられた情報から自己判断で魔力文字を書いて知らせることができる、と。同じ質疑応答でも少し方式が違う。
質問が多いのはやはり義肢に関する話だな。こちらは知りたい情報をしっかり知ることができるように、想定している問答集も多めだ。どんな機能を持っているか。メンテナンスの仕方は。値段は。予約の仕方は……等々だ。
義肢が欲しい本人、家族、代理人。色々な面々が来ているが、一様に期待してくれているのは同じだ。どうであれ本人との契約魔法によるペアリングが必要なので、家族だけ、代理人だけで手に入れることはできない、というのはあるが。
そんな調子で大きな騒ぎが起こるようなこともなく一般見学の者達は順路を進んで、病棟を出たら振り向いて少しの間眺めつつ帰っていったり、これからの事に期待していることを共に来た者と話しながら帰ったり……順調に一般公開は進んでいった。
「義肢の周知もかなり進んでいるようだし、順調な滑り出しと言えような」
エベルバート王がその様子を見ながら相好を崩すと、各国の王達も頷いていた。
国内外各地からやってきた面々と一般公開の様子を眺めつつ、談笑を交えながら真剣な話もする。一般公開で出た質問に対する解答は水晶板で見ていた面々にとっても参考になる部分があったようで、国元や各領地に持ち帰り必要とする者達に細かい部分も知らせると、そう言ってくれた。
そして……一般公開も終わり、いよいよ開院の日がやってきた。
困窮者の炊き出しも同時に行われる。
当日何かあっても対応できるように、俺達も工房の面々と共に病院で待機しつつ、炊き出しの料理の手伝い等もしていった。
準備も整い、予定されていた頃合いになって、フォレストバード達が「ただいまより開院となります!」と宣言する。
正門が開放され、来院者が続々と入ってくる。義肢を求めに来た者、炊き出しにやってきた困窮者、体調不良で診察を受けたい者。それぞれ別の列となって正門を潜ると、まず浄化の術式が働く。
『では、番号札を持って待合室でお待ち下さい』
いくつかの箇所にハイダーを配置して状態を見ているが、職員達も上手くやっているようだ。仮想空間でシミュレートしていたこともあって、対応は割と慣れている感じがするな。 発熱外来側に回る者もいて、こちらはこちらで魔法生物が対応に当たる。いくつかの質問を投げかけ、それに応じて診察前の事前質問を行うわけだ。
魔法生物が対応しているので、職員を起点に病が広がりにくくはなっているな。病院職員も風魔法のフィールドを纏う魔道具や浄化の刻印刺繍を施したマスクを持っているのでその辺は万全ではある。
浄化の刻印術式だからな。呼吸の際に清浄になるし、使用することでの汚れも浄化されるから結構長く使えそうだ。
風邪気味だという者から血析鏡でデータをとりつつ、クリアブラッドによる対症療法を施していく。血中の浄化をすれば、まあ風邪にも一定の効果があったりするな。
他にも胃の痛みを訴える者に対して血析鏡や魔力ソナーの魔道具を用いてデータ取りし、数値や症状の聞き取りから診断をした後、クリアブラッドと治癒魔法、薬草の複合治療を施す。
これはまあ、胃潰瘍と診断されたためだな。クリアブラッドも治癒魔法も、薬草も、それぞれの分野で効果が見られるというのが分かっている。
ピロリ菌やストレスが原因になったりするので、それぞれの分野の経験則からそれらの方法で効果が見られるというのはまあ、分かる。クリアブラッドで胃の浄化。治癒術式と薬草で荒れた胃の修復。薬草は沈静効果もあるものということで、ストレスの軽減も目指しているのだろう。
そのまま病院で少し休んでもらい、血析鏡や魔力ソナーでもう一度検査してもらってデータの変遷を見つつ、一先ずの治療完了といった感じだ。
まあ、なんというか。ダメージを受けた部位を治癒術式で直接修復できるということもあり、不調の原因にもよるのだろうけれど、景久の記憶にある病院よりも回復が早い面もあるようだ。治療が終わると元気になって嬉しそうに帰っていく患者達の姿が印象的だった。
データも早速集まっていて、治療の裏で治癒術師や医師、薬師達も大分モチベーションとテンションが高まっているように思う。
「他分野の方々と複合的な治療を施して、その効果を数値で見る事が出来る等というのは……今までにありませんでしたからな」
「これは凄い事です……!」
と、やや興奮気味の病院スタッフ達である。
「ん。士気が高いのは良い事」
スタッフ達の様子にそう言って頷くシーラである。
得られた情報はスタッフ間で共有される情報となり、それによってますます治療法の確立や研究も進むというわけだ。まあ、皆のテンションが高いのも分かる気がする。
薬草の有効成分の特定と抽出による効果増強といった研究も早速進められているな。この工程にはローズマリーや錬金術師であるベアトリスの協力もあって、様々な分離、抽出技術の確立、魔道具化等の計画も進んでいる。
「薬草をもっと有効活用できるようになるというのは素晴らしいわね」
「私も錬金術の研究が進みそうで助かるわぁ……」
というのが当人達の声だ。
義肢はどうかと言えば――早速入手したいという面々が訪れてきており、受付や登録を済ませた後、病院スタッフにより魔道具によるペアリングと、装着の為の調整をして、使用感を確かめていた。
特注品についても購入を考えているという者はいるのだが、そちらはそれなりに値段がするからな。一時的な試用ができる義肢というのも用意しているので、それで使用感を確かめてから特注版を頼んでいった。こちらはやはり、貴族や大商人の関係者等々、経済的に余裕のある面々が多いが、層が層なので絶対数は然程多くない。
廉価版に関しては値段を抑えめにしているということもあり、相当数売れているな。在庫はそれなりにあるが、今後の増産は必須だろう。
「とはいえ、必要としている人達の総数がいきなり増減するわけじゃないからね。最初の需要が満たされたら、少しは落ち着いてくると思う」
「今が頑張り時というわけですね」
タルコットが俺の言葉に頷き、シンディーと共に気合を入れているようだった。
「そうだけど、二人も無理はしないようにね」
待っている人がいるのは確かだが、作る方が身体を壊していたら元も子もないからな。
ともあれ、病院が盛況というのは手放しに良い事とは言い切れないが、反応を見る限り皆好意的だ。健康を守る上で頼りになる施設になって行ってくれれば俺としても嬉しいな。
明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いいたします!