番外1962 深海の食事会
というわけでヴィアムスが集会所に作った厨房に入って、深みの魚人族達に手伝ってもらって料理を作る。俺達の訪問に合わせて色々準備もしてくれていたようで出来上がりを楽しみに待っていて欲しい、とのことであるが。
「海底でヴィアムスから料理を作ってもらうなんて、ちょっと想像してなかったな」
「本当。すごい旅になったわ」
タルコットとシンディーは顔を見合わせてそんな風に笑っていた。
深みの魚人族の面々も、地上の料理の手伝いができるのは、ヴィアムスの影響だな。元々海の民は地上の料理が好きだったりするというのはグランティオスの面々も深みの魚人族も共通していたりするので。
味覚があり、スレイブユニットで陸からの情報収集もできるヴィアムスが料理に興味を持ったというのは、彼らにとっては渡りに船だったのかも知れない。
深みの魚人族が住む海溝周辺の生き物を少し見に行ったり、色々と観光を楽しませてもらった。こちらはこちらで、ネレイド族の集落回り程生き物が多いわけではないけれど、その分珍しい生き物が結構いるのだ。岸壁に住まうイソギンチャクやナマコやら、光るクラゲや深海魚といった生き物達であるが……幽玄で不思議といった印象で、これはこれで別の海の魅力といった感があるな。
そうやってのんびりと観光をしてから集落に戻る。集会所では空気を浄化しておく必要があるから事前に匂いからどんなものが作られているのかというのは分からないが、料理は順調に進んでいるようだ。
みんなと雑談したり深みの魚人族の子供達と楽器演奏や歌を歌ったりして待っていると、やがて料理が出来上がったようだ。
「出来上がった」
厨房から顔を出してそんな風に伝えてくるヴィアムスである。厨房に続く扉も開くと、焼きたてのパンの良い香りがする。
ふっくらとしたパンをカートに乗せて深みの魚人族が運んできて、他にもみんなで食べられるようにだろう。ヴィアムスが大鍋を運んでくる。
「漁師達が好んでいる料理ということだ。色んな魚介が使えると港で聞いて、少し研究した」
ヴィアムスが鍋の蓋を開けると、魚介の良い香りも重なる。
魚介類がふんだんに入ったトマトスープという感じだな。コンセプトとしても成り立ちとしてもブイヤベースが近い。
研究したということで深みの魚人族も良い出来栄えといった表情をしているので、中々楽しみだ。
「おー」
「美味しそうだね」
シーラが歓声を上げ、ヴィアムスも嬉しそうに額の宝石を明滅させる。
そんなわけでみんなと昼食だ。ヴィアムス手製の料理ということで、みんなも興味津々といった様子だ。
食事の方はと言えば……そうだな。パンもふっくらとした仕上がりで香ばしくて美味しいし、スープの方もトマトの酸味と塩の絶妙な加減にたっぷりとした魚介の旨味がよく出ていて実に美味しい。研究したというだけあって、良い出来だ。
「良いね。美味しいと思う」
「本当。味付けも魚介の良さを引き出していますね」
「温まります」
「それならば良かった。マスターから貰った味覚だしな。有効活用していきたい」
「時々ヴィアムス殿に頼んで地上の料理を食べさせてもらったり、私達も料理を習ったりもしているのですよ」
グレイスやエレナの言葉に、そう言って宝石を明滅させながらうんうんと頷いているヴィアムスと、笑顔のオルシーヴ達だ。
タルコットとシンディーが自分の手料理を食べて喜んでいるのを見て、ヴィアムスは自分が生まれた時に工房で世話になったから、歓待が出来て嬉しいと言っていた。
地上と海の文化交流と友好、深みの魚人族達の楽しみにも繋がっているし、ヴィアムス自身の趣味にも繋がっているからな。ヴィアムスと深みの魚人族達は色々と良い感じに進んでいるように思う。
食後は深みの魚人族やヴィアムスを交えて演奏や歌、カードに興じたり談笑したりして過ごしたのであった。
海底への挨拶も終えて、俺達はヘルフリート王子達の島へと戻る。タルコットとシンディーの新婚旅行はまだ続くというか、島に少し滞在して寛ぐ予定ではあるが、俺達は俺達で快速船を見せてもらったりグロウフォニカや西の海の面々と顔を合わせて来たからな。一先ずの用事は終わりだ。
以降はタルコットとシンディーの邪魔にならないようにしつつも、快速船を拠点に、一時的な転送魔法陣を使って、島の整備が出来るところはしてしまおうという話になっている。
見張りを置いたり、結界線を構築したりといった具合だな。まあ、この辺はそこまで時間がかからないと思うので手早く作業を進めてしまおう。
フォレスタニアに戻って、工房に向かってからアルバート達と顔を合わせる。タルコットとシンディー、ヘルフリート王子やカティアの様子を伝えると、アルバートとオフィーリア、ビオラ達工房の面々は嬉しそうに応じる。
「それは良かった。タルコット達もだけど、ヘルフリート兄上達も上手くいっているみたいだね」
「そうだね。島も見てきたけど、良いところだったよ。屋敷も内装までしっかり出来て、家具や魔道具も入っていたけど……移住まではまだ間があるから、それまでに防犯用の設備を整えておこうって話をしてきたんだ」
「なるほどね」
結界線やハイダーあたりならすぐに配置できる。警報の魔道具も工房に予備があるのですぐ配備できるだろう。
後は珊瑚礁に紛れ込ませる魔法生物だな。こちらは魔石とメダルゴーレムを使って構築してしまうのが良いだろう。
「珊瑚に紛れる幻覚のゴーレムか。面白そうだね」
「複数体配置して、交代制で定期的に屋敷に戻ってくるのが良いかなって考えてる。海の中じゃ、魔力補給に行くのも手間だし、自然回復系だと周囲の環境魔力を取り込んだりの影響も考えないといけないから」
「なるほど。兄上とカティアさんが居るからね。魔力補給には苦労しないだろうし、維持も製作も案外簡単になりそうだ」
アルバートには幻影の術式を魔石に刻んで欲しいと伝えると、快く頷いてくれた。
というわけでアルバートには術式を書いた紙を渡し、俺達は俺達で魔石粉等を持って転送魔法陣で島に戻り、結界線を構築したり、ハイダーの配置と水晶板のセッティング、魔道具連動のテストなどを行ったりした。
後は――準備が出来たら転送魔法陣ではなく、しっかりとした転移魔法陣も構築しておくことにしよう。こちらは、フォレスタニア城等に通じるようにして、基本的には有事用にしておけば良いと思う。
まあ、西の面々は関係もよく平穏な様子であったからな。タルコットとシンディー、ヘルフリート王子とカティア、ヴィアムスといった面々もそれぞれ周囲と良い関係を築けているようだし、まあ、今回の西方への旅は実りの多いものと言えよう。
そうして、物資を持って島に戻り、灯台にハイダーを置いて屋敷側の水晶板モニター、警報用魔道具と連動させたり、結界線を構築したりといった作業を進めた。
島は元々整備されていたということもあり、魔石粉で結界線を敷く作業もそれほど手間取るものではない。
みんなで手分けして魔石粉を敷設し、島に住む面々を守るための結界も程無くして完成したのであった。
さてさて。後は……タルコットとシンディーは夫婦水入らずということで、過ごしてもらえればというところだ。護衛に改造ティアーズもいるし、保険として転送魔法陣となる布も渡してあるので、一先ずは心配いらない。ゆっくりと新婚旅行を楽しんでもらって、快速船で帰ってきて貰えれば良いだろう。
タルコットとシンディーが戻ってきて、旅の疲れも癒してもらったら病院の始動に向けて進んでいかないとな。