番外1960 夜光の海で
さて。それから俺達は屋敷に戻って寛いだり、各々庭園に行ったり島内を散歩したりといった時間を過ごさせてもらった。タルコットとシンディーも新婚旅行中だしな。二人でのんびりできる時間は作ってやりたいという事で、護衛に改造ティアーズだけは同伴しているけれど。そうして段々と日暮れも近づいてくる。
「夕食をとったら出発といきましょうか。向かう場所にも目星はついていますからね」
ネレイド族の族長オルガンが言った。
「目星ということは、やはり自然観察でしょうか?」
「そうですね。晴れていますし、見に行くのに問題はないかなと思います。すぐに見つけられるかなと思っていますよ」
アシュレイが尋ねると、モルガンが答える。ネレイド族も深みの魚人族も見に行くものが何なのかは知っているようで楽しそうにしているな。
快速船に乗って移動し、近場の海域まで進んだらネレイド族と深みの魚人族が海に飛び込んで目標のものを探すという手順で考えているそうだ。
何を見せてもらえるのか、楽しみにしながら待っておくとしよう。
というわけで少し早めに夕食をとってから出航することとなった。まだ明るい方が船も出航させやすいからだ。まあ、快速船は座礁防止用の魔道具や照明、暗視等の魔道具も積んでいるから、夜間でも問題なく出航、航行、寄港が可能という事であるが。
快速船に乗り込み、みんなと共に出発だ。モルガンが船長にどちらに行けばいいのかを示し、船は中々軽快な速度で進んでいった。夕焼けに煌めく西の海も綺麗なものだ。
そうしてしばらく進んだところで、モルガンが言う。
「そうですね。今見えているあの島の脇を抜けて、次の島が見えてくるまで進んでください。その島の近くに停泊したら、捜索に出発しますね」
船長も承知しましたと頷く。とりあえず相対座標を調べる魔道具はローズマリーが魔法の鞄に入れて持って来ているからな。遭難などの防止に捜索班にはそれを身に着けて行ってもらうか。
目的の場所には程無くして到着し、快速船がその場に停泊する。甲板で魔道具をネレイド族、深みの魚人族に配る。とりあえず二人一組で捜索するということなので、まあ、滅多なこともあるまい。
「では行ってきます。発見したら光る水球を打ち上げますね」
「それを確認したらこっちでも合図を出します。バロールを船の上空で旋回させながら光らせればいいでしょうか」
「その合図を確認したら戻ってくるということにしましょうか。条件的に、喫水の深い船だと動きにくいと思いますから、先導もしましょう。この魔道具もあれば集合するのも簡単そうですからね」
魔道具を受け取ったブロウスがそう言って笑って海に飛び込んでいく。
飛び込んだ面々は、大体同じ方向に扇状に広がって捜索するつもりのようだが……。
「ふうむ。島に囲まれていて遠浅になっている海域……でしょうか」
というのは船長の弁だ。
「進む場合は少し座礁に注意する必要がありそうですね」
「そうですな。無理をしないように慎重に船を進めましょう」
そのまま談笑しながらもしばらく待っていると太陽も水平線の向こうに沈んで段々暗くなっていき――やがて少し離れた所で光る水球が打ち上げられる。何となく、深海の光るクラゲを思わせるような光だ。
「合図が来たね」
というわけでこちらからもバロールに上空に行ってもらい、チカチカと光らせながら旋回させる。快速船もそちらに向かっていくと、目標の捜索を終えたのであろうネレイド族と深みの魚人族が次々とタラップを昇って甲板に戻ってきた。
「お待たせしました。私達も無事見つけられましたよ」
「それなりの範囲に広がっていますからな。海流の速度の関係でそろそろこの海域に来る頃合いだろうと思っておりました」
と、満足そうな様子だ。
そのまま船が慎重にその海域まで移動していけば――それが目に入ってくる。ネレイド族が何を見せたかったのか、すぐに分かった。
「あれは……」
「青い光……?」
青白い光が波のうねりに合わせるように光っていた。波そのものが動きに合わせて光っている様はちょっと他では見る事のできない、神秘的な光景だ。
「夜光虫……かな」
「おお。流石に博識でいらっしゃいますな」
「いえ。見るのは初めてですよ」
ブロウスの言葉に苦笑して答える。
夜光虫。要するにあれは発光するプランクトンの群れだ。発生するには海の栄養が豊富であることや、海流が穏やかでプランクトンが流されにくい事が条件となるが……このあたりは条件に合致しているというわけだ。
「確か……この近辺の夜光虫は、通常のものではなく魔物型とお聞きしました」
船長はこの海域の話を知っていたのか、うんうんと頷いているな。
「やはり、通常の夜光虫とは違うものなのですか?」
「日中の海水は霞みますが、赤潮にはならないと聞いておりますぞ。生臭くもないとか」
夜光虫は……そうだな。赤潮の原因になるのか。発生の規模にもよるが、夜間はこうやって青く光っていても日中は赤く見えたりするというのだから不思議なものだ。
生命活動由来で生臭さも出たりするのだろうが、魔力で活動を補っているとなると酸素の消費等は抑えられるのかも知れない。してみると、この近辺は魔力が豊富な海域ということになるのかな。
まあ……ネレイドも近辺に住んでいるし、魔力溜まりではなく、霊場のように清浄な類の魔力が強い海域なのだろうけれど。
「魔物型の夜光虫と言っても、危険はありませんぞ。環境魔力が薄くなるというのはありますが、その程度です」
「ああ。やはり環境魔力を活動の力にしているわけですか」
「そうですね。他にも危険が多い海域だと全員で移動したり……魔力で全体の行動をやり取りしたりしている節はあります」
「中に泳いで行ったり、軽く掬い上げたりする程度なら問題ないと思いますよ」
それはまた面白いな。水上歩行や水中呼吸、バブルシールドの術等を使って見に行ってみるとしよう。
船を少し離れた所に停泊させ、レビテーションと水上歩行の術式を使って近くまで行ってみる。
そっと触れてみると、その場所から波紋が広がるように光が強くなっているのが見て取れた。軽く魔力を送ってみると、更に発光が強くなる。
「これは……良いね。面白いし綺麗だな」
「本当だわ。魔力を送ると反応するわね」
ローズマリーが掌を翳すようにして海面に魔力を送ると、なぞった通りに海面が発光していく。マルレーンも楽しそうに足元から魔力を送り、海面を踊るようにくるくると回れば、歩いたところから波紋のように光が広がって、幻想的な光景が広がった。
夜光虫も……何やら魔力を貰って喜んでいるような波長の魔力になっているな。魔力を送られたところ限定ではなく、そこから広がっていって全体に波及していくという感じ。
魔物型とは聞いたが、確かに魔力で全体の行動を統制しているというか。群体のようなところがある。
ティールも魔力を送りながらトボガン――腹這いで海面を滑るように移動すると、白い光の帯が広がるようにその部分だけ強く発光していた。
夜の海は他が真っ暗な分、青白い光で足元から照らされていると本当に綺麗だ。
「あ。空を漂って海に戻るのですね」
屈んだグレイスは手で掬って子供達に見せてやっていたようだが、光の靄のように空中を飛ぶと海面に戻っていっていた。
「これも普通の夜光虫だと見られないね」
近くの島の砂浜を見ると、波に打ち上げられた夜光虫が光の靄になって仲間達のところへ戻っているようだ。それも相まってますます幻想的な光景である。
コルリスとアンバーも海面にしゃがみこんで爪の先を水につけ、魔力を送りながらふんふんと首を縦に動かしたりしているな。
タルコットとシンディー、ヘルフリート王子とカティアも、それぞれ寄り添いながら光る海面の散歩を楽しんでいるようであった。