番外1958 王子とネレイドの島
グロウフォニカの王都では水門の高所から女官が姿を見せて、バスケットに入った花弁を散らしたりして歓迎してくれた。
停泊すると王城からの迎えが来ていて、早速馬車に乗り込んで王城へ向かう。
「よくぞ来た。此度は有望な魔法技師夫妻の新婚旅行と聞いている。我が国にとっても所縁の深い英雄殿と、技術開発において協力している貴国の魔法技師が望んだ旅行とあらば歓迎し、祝福せねばなるまい」
王城の謁見の間に通されると、デメトリオ王がそんな風に言って歓迎してくれた。
「ありがとうございます。貴国の歓迎、嬉しく思います」
「まだまだ若輩に過ぎないこの身にも関わらず、これほど温かく迎えていただけるとは。痛み入ります」
「ご期待に応えられるよう、精進したいと思います」
タルコット達と共にデメトリオ王に挨拶をする。
「ふっふ。まあ、堅苦しいのはこの辺にしておこう。此度の訪問は新婚旅行と快速船の見学であるからな。国を挙げて盛大にとは言わぬが、ささやかながら王城でも祝いの席を用意した故、肩の力を抜いて楽しんで行ってもらえると嬉しい。バルフォア侯爵と、ドロレスも、案内ご苦労であった」
「何の。姪や又姪と交流する時間が持てて楽しい道中でした」
「境界公から快速船に関して面白い案も頂けました。私としても有意義な時間でございました」
「それは何よりだ」
バルフォア侯爵とドロレスの言葉に満足そうに応じるデメトリオ王である。そんなわけで場所を広間に移して歓待と祝福の宴だ。
「ん。西に来ると魚介類が美味しいから最高」
というのはシーラの弁である。料理はやはり、公爵領に続いて魚介類がメインだからな。饗される魚介類も、海域が違えば種類も少し変わってくる。
グロウフォニカも海洋国家であるだけに、魚介類の扱いも上手いな。
「深みの魚人族と交流ができたことで、以前よりはあまり手に入らなかった食材が得られるようになってな」
デメトリオ王が現状について聞かせてくれる。海の民との関係が深くなっているのは公爵領だけでなく西方諸国でも同じらしい。
深海魚の食材というと馴染みがないように感じるが、まあ鮟鱇や深海鮫といった食材を使った料理だ。鮟鱇もだが鮫もレバーが売りということで、脂がのっていて美味である。
後味もすっきりとしていて、レバー特有の旨味はしっかりとあるのにくどくないというか。
魔物魚も食材として使われており鎧のような鱗を持つアーマーフィッシュを、そのまま器にした蒸し料理等も出てきたりして、見た目にも面白いものが多い。器代わりになるアーマーフィッシュの身体と蒸し料理の相性も良いな。
祝いの席ということで華やかな飾り付けがされた料理が多いのはグロウフォニカでも同じだな。俺としては西方の魚介類食材も使って刺身等も楽しんでみたいところではあるかな。まあ、機会があったら試してみよう。
他にもグロウフォニカ産のチーズを焼いたものであるとか。国が違えばチーズの製法や使っている香辛料等も違う。その辺の食材や味の違いも旅の楽しみの一つだろう。
宴には造船研究所の関係者も参加していて、そうした面々と話をさせてもらった。タルコットやシンディーも魔法技師という事で注目を集めているようだ。
「私達は義肢製作と調整に携わる予定ではあるのですが、他の分野の技術も知っておけばどこかで応用が利く部分がありますからね。造船のお話も聞けると嬉しく思います」
「確かに。他分野の技術者とお話できるのは良い刺激になりますな」
と、そんな話をしつつ造船研究所の魔法技師と技術に関する談義をしているタルコットとシンディーである。魔石に刻むのにこんな技法がある、こんな技法を習った等という話をしていて、お互いに大いに参考になる話であるようだった。
グロウフォニカ王城に宿泊させてもらい、王城や王都を巡ったりして、観光や見学を行った。今回の見所は、やはり造船研究所への訪問だろうか。
新型快速船を建造するために試作した機構や魔道具を見せてもらえたりして、中々に興味深い。新型快速船の小型の模型を作って水に浮かべ、実際に実験できるようにしているようだ。
「ゴーレムによる制御で、少ない資材で簡単な動きの再現ができるようにしています。これらは境界公の手法を参考にさせてもらったものですね」
施設を案内してくれるドロレスが笑みを見せてくれる。
「船の小型模型も良い感じじゃな。飾っておきたいぐらいじゃが」
「まあ、ゴーレム模型は譲渡も難しいと思いますが、僕で良ければ作りましょうか?」
「おお! それは嬉しいのう!」
アウリアが俺の言葉に満面の笑顔になったりしているが。後で帆船やら快速船やらシリウス号やら……希望を聞いて渡しておくとしよう。
実際の機構や試作品の魔道具等も見せてもらい、タルコットとシンディーも魔法技師として楽しそうに意見交換をしたりして、充実しているようだ。二人としては見習いの肩書きが外れたばかりということもあってモチベーションが高いからな。新しいことを学べるというのが楽しそうに見える。魔法技師として知己も見識も広がって、良い事だな。
観光にしても、グロウフォニカの王都は色々見所も多い。海も近く気候も暖かい方なので街も明るく開放的な雰囲気があるのだ。
風光明媚な街並みと暖かく明るい陽射し、煌めく海と……新婚旅行の行き先としても良い選択だったのではないだろうか。
そんな調子でグロウフォニカ王都でも買い物等もして満喫させてもらったのであった。
さてさて。グロウフォニカ王都訪問の後は、ヘルフリート王子とカティアが将来住む予定の小島に向かうこととなる。そこからネレイド族や深みの魚人族の拠点へ移動する、というわけだ。
王都で過ごした後、再び快速船に乗って移動していく。
「ヘルフリート殿下とカティアさんの小島には、もう何か建設されていたりするのですか?」
「そうだね。一応、もう整備も進んでいて、船着き場や家も出来ているよ。ネレイド族のみんなも協力してくれて、海の民用の玄関口もあるね」
「月光島の構造を参考にさせてもらったところはあります」
ヘルフリート王子達の新居とも言える小島について尋ねると、ヘルフリート王子やカティアからはそんな返答があった。
「ネレイド族は勿論、深みの魚人族の皆さんも祝福してくれておりましてな。色々と整備に協力してくれているのです」
ソロンがふわふわと漂いながらも教えてくれる。
資材や魔物素材、魔石を持ってきてくれたそうな。それに加えてヴェルドガルの王族として使える資金があるため、島の整備も問題なく進められた、とのことである。
ヴェルドガル王家としてもヘルフリート王子の結婚はグロウフォニカ王国や海の民との友好に繋がるものであるからな。そのあたりは意義のあるものだろう。
ヘルフリート王子達が将来住むことになる島は、ネレイド族の住む海域からも程近い海に浮かぶ島だ。航路からも遠くは外れておらず、安全性と利便性も確保されている方だろう。
「そろそろ目的の海域に到着するとのことです」
船員が知らせに来てくれる。そんなわけでサロンから甲板に出てみると、遠くにその島が見えてくる。月光島よりは少し小さいが、ヘルフリート王子とカティア、使用人なりといった面々で住むには十分な広さがあるように思う。
海もエメラルドブルーに煌めいていて透明度が高く、綺麗なものだ。島に近付くと美しい珊瑚礁も広がっていて、そこはいい魚礁になっているようだ。色とりどりの魚が泳いでいて、魚介類の確保には困らなさそうに見える。
「良い環境だね」
「本当。綺麗なお魚さんですよ」
「珊瑚礁も綺麗ですねえ。ふふ」
アシュレイとエレナがにこにこしながら甲板から子供達に海を見せながら微笑む。子供達もキャッキャと声を上げて、煌めく海に手を伸ばして喜んでいた。うむ。
いつも応援していただきありがとうございます!
今月、12月25日に発売予定の境界迷宮と異界の魔術師コミックス版9巻の特典情報が公開されました!
詳細や特典情報については活動報告でも掲載しております! 今回も書き下ろしを収録していますので楽しんでいただけたら嬉しく思います。
また、書籍版18巻も12月25日に同時発売となっております。書籍版の特典情報も解禁され次第活動報告等で告知していきたいと思います。
今後ともウェブ版、書籍版共々頑張っていきますので、どうぞよろしくお願い致します!