番外1957 陸と海との新たな関係
鯨を見ているとそれに喜んだティールが海に飛び込んでいた。そんな光景を楽しみつつ、快速船は無事に公爵領の直轄地に到着した。ここは相変わらず、都市内部に水路が巡らされていて見事なものだ。
「ああ。綺麗な都市だな……」
タルコットも船が停泊する時に見惚れるように感想を漏らしていた。そんな反応にシンディーも微笑ましそうににこにことしている。
「ふふ。テオが嬉しそうなところを見るのは私も好きですから、ああして嬉しそうにしているシンディーさんの気持ちは分かる気がしますね」
「ああ。テオドール様が喜んでいるところを見る感じですね」
「分かるわ」
グレイスの言葉にアシュレイやステファニアがそんな風に応じて、みんなもうんうんと頷いていた。
ああ、えっと。
少しの気恥ずかしさから頬を掻くとみんなも表情を緩ませていた。まあ、うん。
「俺もみんなが喜んでいるところを見るのは好きだよ」
「ふふ」
そう応じるとみんなも嬉しそうに頷いて。
そんな調子でゆっくりとした速度で公爵領に停泊し、それから少し水路を遊覧船に乗って領内の観光をしつつも船内で食事をとるなどして過ごさせてもらった。
遊覧船で饗された昼食は、野菜をくりぬいて中身と共にひき肉と混ぜて詰め直し、そのまま焼き上げたものだとか魚介類のグリルやワイン蒸し、チーズを焼いたもの等々……。
見た目も華やかで凝ったものが多くて、祝いや歓迎といったコンセプトが良く出ていると思う。
公爵領の領民達もタルコットやシンディー、俺達やグロウフォニカの面々を歓迎してくれているな。遊覧船に向かって手を振って来たり、祝いや歓迎の言葉を口にしてくれたりと温かく迎えてくれた。
そんな調子で遊覧船で食事をとりながら直轄地内部を巡り、所々で船から上がって観光や買い物などをしたりした。
「公爵領も海の民が増えましたね」
「そうですな。月光島は安全なのでマーメイドやセイレーン達がよく訪れておりますが、公爵領では魚人族やそれ以外の海の民が比較的多いでしょうか。水深の深いところにいる魔物や素材等は、陸上では貴重でも彼らにとってはそうでもないようで。逆に陸上では変哲のないものが喜ばれたりしますからな。良い取引相手が増えたと思っておりますよ」
街角を歩いている魚人族を見て感想を述べると、ドリスコル公爵が解説をしてくれる。
「海の民の冒険者も増えていると報告は受けていたが、思ったよりも多いのう」
「フォレスタニアにも海の民の拠点がありますからね。腕に自信のある者は魔光水脈に出かけていると聞いていますよ」
「うむ。以前にもましてあの辺の魔物素材が出回っていて結構なことよな」
グランティオスとの国交も本格化して、まあ、色々と変化が出ているわけだ。
公爵領でも冒険者ギルドにトライデントを持った魚人族の戦士が出入りしていて。冒険者達と談笑していたりするな。
海の民もそれなりにバリエーションがあり、グランティオスで一番人口が多いのは魚の特徴を持った者達だが、亀や蛸、烏賊といった特徴を持つタイプの獣人も、魚人族の一氏族という括りではある。
ウォルドムの眷属であった面々も現在ではグランティオスの民として組み込まれているが、そうした面々の中には新しい生き方として冒険者を選択することもあるようだ。
領民達の反応を見る限りは――魚人族にも好意的で、上手くやっているのだろうというのが窺える。グランティオスとタームウィルズ、フォレスタニアや公爵領に関しては良い関係を築けているからな。このまま進んで行ってくれれば喜ばしいことである。
そんな調子で公爵領での昼食や観光、買い物等も楽しませてもらい、それから再びグロウフォニカに向けて快速船で出発することとなった。
「良い船でした。今後の貴国との更なる発展を望んでおりますぞ」
「こちらこそ。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
ドリスコル公爵とバルフォア侯爵が言葉を交わす。ドリスコル公爵は快速船の中を楽しそうに案内してもらっていたしな。その人柄はバルフォア侯爵としても好ましいもののようで、二人のやり取りを見るに関係は悪くなさそうである。
そうして、公爵家の面々に見送られての出航だ。笑顔のオスカーやヴァネッサ、領の子供達から大きく手を振られ俺達も甲板から手を振りながら快速船が動き出す。
小さな範囲で回頭して出航するその様子は、やはり帆船とも櫂船とも違う挙動で、見物に集まっていた船乗りや漁師達も感心したり驚いたりといった反応を示していた。
ドリスコル公爵は顎に手をやってそうした反応をしっかりと観察していたりするな。パネル式の水流操作推進はヴェルドガル王国と共同開発した新技術ということで、将来的には国内――特にドリスコル公爵領でも導入していく流れになるだろう。
その際に領民達の感情や反応というのも大事になってくるからな。第一印象は悪くなさそうで結構なことである。
さて。そうしてグロウフォニカに向けて快速船が進んでいく。
公爵領からグロウフォニカにかけての海も綺麗なものだ。大小様々な島も点在しているので陸地からの栄養もあり、航路近くは豊かな生態系や漁場を形成している。
航路に設定されている海域は魔物の出現も比較的少なくて安全というのもある。
「最近は海の民が航路付近で活動をしておりますからな。敵対的な魔物の類も、素材が売れるということもあって、海の民が積極的に狩っておりますから、より安全性が増しているようですぞ」
「良い事だね、それは」
船のサロンで寛ぎつつ、ソロンの解説に頷く。カティアとソロンとしては、グロウフォニカに滞在しつつもその辺の情報収集をしているらしい。将来ヘルフリート王子と結婚する身としては、陸の民と海の民の関係は気になるところだろうしな。
「安全性が増せば交易も盛んになるものね。結びつきが強くなればグロウフォニカや海の民との繋がりも強固なものになっていくわ」
ローズマリーとしてもグロウフォニカや海の民との友好は歓迎ということなのだろう。羽扇の向こうで静かに頷いていた。グロウフォニカはローズマリーにとっての親戚筋でもあるし。
当のバルフォア侯爵は夫人と共に、又姪であるエーデルワイスや子供達をあやしたりして表情を緩めているな。カティアもそこに混ざってヴィオレーネを抱かせてもらって表情を緩め、子供達もキャッキャと楽しそうな声を上げていて結構なことである。
そんな調子でグロウフォニカの面々やヘルフリート王子達と雑談や交流をしながらも、船は軽快な速度で進んでいった。
やがてグロウフォニカ国内に入る。グロウフォニカ国旗を掲げる船も、甲板から水兵がこちらに向けて敬礼をしてくれたりと、歓迎してくれているのが分かる。甲板からティールやコルリス、アンバーといった動物組がフリッパーや前足を振って応じると、水兵達も驚いた後に笑顔になっていたりしたが。
島々や海の様子を眺めながら進んでいくと――やがて水平線の向こうにグロウフォニカの本土が見えてくる。
まずはデメトリオ王に挨拶をして、歓迎を受け、それからネレイド族や深みの魚人族のところへ足を運ぶという流れになるな。
カティアによると、深みの魚人族と合同で歓迎と共にお祝いを考えているとのことで。その辺も合わせて楽しみにしている。ネレイド族としては春の海も透明度が下がるものの、それはそれで見所があるという話だしな。陸上と違って海の場合はそこまで馴染みがないので、どういうものになるのかみんなも楽しみにしていたりするのだ。