番外1955 タルコット達の評価は
回頭して造船所から出た快速船は、少し沖合に出て事故や座礁の危険がなくなってくると、段々と速度を上げ始めた。
まだ最高速には乗っていないが――。
「確かに、船体が安定していますね」
「船の大きさがそこそこあるというのもありますが……もっと海が荒れた際でも船体の安定感があるというのは確かめておりますよ」
「船体の下部に、新型の横揺れ防止の装置を取り付けているのです。丁度魚の腹びれのような位置と形状と言いますか」
船長とドロレスが言うとバルフォア侯爵もうんうんと頷く。
「造船研究所でも境界公の手法に刺激を受け、ゴーレムを用いての実験という方法に予算がついて技術力が上がっていると聞いております。加えて海の民も好意的に知恵や力を貸してくださいますからな」
「深みの魚人族の皆も動いているみたい」
と、カティアが教えてくれる。
なるほど……。そこにグロウフォニカの技術力が加わってのこれか。感心するみんなに嬉しそうにしているグロウフォニカの面々である。
船も段々と本領を発揮してきたのだろう。快速船の名に恥じない速度で景色が流れていく。見慣れない形状の船と速度であるからか、周囲の船の甲板から、船員達も驚いたような表情で眺めているのが印象的であった。
「甲板は落水防止に簡易の結界壁が張られておりますし、今は海も平穏ですから、しばらくは外に出ても大丈夫ですよ。ですが念のため、甲板に出る際は船員にお声掛け下さい」
船長が伝えてくれる。うん。しっかりしてくれているのでこちらとしても安心だ。
甲板に出る前に操船回りの方式や設備等も見せてもらったが、やはりシリウス号やヘリアンサス号からの影響が色々と見られるのは確かだ。
伝声管による船員達との情報伝達もできるようにしているし。立体的な動きを必要としていないから水晶板モニターのようなものはないが接岸や座礁を避けるための感知用魔道具というのも搭載しているそうで。後は魔力消費の問題だが、運用コストはやはりそれなりに高いらしい。
パネル方式で推進できるのは省エネだが、厨房や氷室、照明、トイレ、船室の風呂等々、細かいところで魔道具が活用されているから魔石の消費もされるというわけだ。
まあ、その辺は試験運用という部分もあるのだろう。運用コストを高めにしつつ、どれぐらいの利益が望めるのかだとか、色々調べる事もあるだろう。客船なら客船、貨物船なら貨物船として特化させればそれだけ最適化もできるというのもあるだろうが。
ともあれ、折角なので甲板に出て船首の方からスピード感を楽しんだり、周囲の景色を楽しませてもらったりした。
春先なので甲板に降り注ぐ陽射しも明るく、温かなものだ。
タームウィルズ周辺に遊びに来ている海の民が海面から飛び出して手や尾びれを振れば、ティールが「少し行ってくる」というような意味合いを込めて鳴き声を上げて海に飛び込む。楽しそうに水面に飛び出しながら船と一緒に泳ぐ、ティールとマーメイド、セイレーン、魚人達である。
「おお。あれは楽しそうじゃな! 儂もちょっと行ってくるとしよう」
アウリアも水の精霊を連れて甲板から跳ぶと、海面を滑走するようにして船やティール達と並走する。
「ん。楽しそう」
「シーラも行ってくる?」
「それじゃあ軽く運動してくる」
シーラも子供達に手を振ると、軽やかな動きで飛んでいく。空中戦装備を用いて空中を加速しながら、ティールやアウリア、海の民と共に船の周囲を飛び回る。みんなも楽しそうにそれを眺めつつ、快速船は進んでいくのであった。
そうして暫く甲板でみんなの追いかけっこを見たりして、子供達も甲板から手を伸ばして喜んでいた。
さてさて。船にはサロンやダンスホール、レストランが併設されていて、昼食はそちらでとる形になる。
船で提供される食事については新鮮な海の幸が主だな。グロウフォニカは海の幸の扱いも慣れたもので、魚介類を使った料理は美味だった。白身魚の蒸し焼き。貝のワイン蒸し。タコとチーズのマリネ等々……。見た目にも趣向を凝らしていて味も絶品だ。
「船内の設備や食事が充実しているのは、新型船としてグロウフォニカの技術力を宣伝したりする意味合いもあるのでしょうね。歓待することと、性能面――実用部分の両面を伸ばせるだけ伸ばしているように思うわ」
昼食をとりつつもローズマリーが頷きながら言った。
「うん。試験と宣伝の目的はあるだろうね。そういう目的からすると色々納得な船だね」
新技術が色々と盛り込まれているから研究開発や製造のコストはかなりかかっているだろうし、維持、運用コストも高めな船ではあるがメリットの方が勝ると考えているのだろう。
実際ドロレスも運用データが取れているからか、書類を見ながら楽しそうに船員や造船研究所の職員達と話をしながら食事をしている様子である。
勿論、本来の目的であるタルコットとシンディーも楽しんでくれているようだ。貝のワイン蒸しを口にして「これは美味いな……」と素朴な感想を漏らすタルコットに、シンディーもうんうんと頷いていた。
そんな調子で快速船の航行は順調に進んでいった。
イルムヒルトやシーラ、グロウフォニカの楽団が交流して演奏会をしているのを楽しみつつ午後も回る。
海域としてはもう公爵領に入っている。ドリスコル公爵領の海は陽光を反射して煌めき、綺麗なものだ。
確かに冬よりも透明度は下がっているのだとは思うが、公爵領は元々暖かくて豊かな生態系が広がる海だ。甲板からも色とりどりの魚を楽しむことができた。
公爵達は月光島にやってきているそうで。そちらで合流して、海の民とも顔を合わせてから改めて動いていくということになるな。
やがて――海の向こうに月光島が見えてくる。伝声管で目的地に到着する旨がアナウンスされて、船が速度を落としていき――静かに接岸した。
港には公爵家の船も既に到着しており、俺達が近付いていくとドリスコル公爵やロヴィーサ達が甲板に姿を見せる。
「これはドリスコル公爵。ロヴィーサさんも」
「お待ちしておりました。タルコット殿とシンディー殿も、公爵領への来訪、歓迎いたしますぞ」
「晴れて良い天気になりましたね。お祝いと歓迎には絶好の日和です」
甲板越しに顔を合わせ、そんな挨拶を交わす。公爵夫人。オスカーとヴァネッサ、公爵の弟のレスリーに、魔法生物のライブラに、執事のクラークを始めとした顔見知りの使用人達。公爵家一家も勢ぞろいである。
「ありがとうございます。歓迎していただけて、嬉しく思います」
少し緊張した様子でタルコットがお礼を言うが、ドリスコル公爵はにかっと楽しそうに笑った。
「何の。いち早く新型船を見たくて、船の上で待っておりましたからな。私としても役得だと思っておりますよ。勿論、将来を嘱望される魔法技師のご夫婦ともこうして知己を得られて大変満足しておりますぞ」
とまあ、公爵からのタルコット達の評価は高い感じだ。ヴェルドガル公認の魔法技師だしな。実際そんなに数はいないので腕前は確かだというのは間違いない。まあ……戦いに備えて苦労をかけてしまったからな。場数も相当踏んでもらったというか。
挨拶をしつつ船から降りると、グランティオスの面々も姿を見せた。マーメイドやセイレーン達が多く、タルコット達のお祝いと歓迎ということで歌と演奏を披露しに来てくれたわけだ。ティール、カティアやソロンもいるので、そちらにも嬉しそうに挨拶をしていた。やはり海の民ということで親近感があるのだろう。
というわけで、今日は月光島で一泊。明日は公爵家の直轄地にも立ち寄って軽く観光しつつグロウフォニカへ向かう、という予定だ。