番外1953 二人の絆と共に
タルコットが前に出たところで、付き添いをしていたアルバート、オフィーリアが参列席にやってくる。フォブレスター侯爵夫妻が預かっていたコルネリウスをアルバート達に委ね、そうして俺達の隣へと並んだ。
孫を可愛がれたので、フォブレスター侯爵夫妻も上機嫌といった印象だ。
タルコットは緊張をほぐすようにゆっくりと息を吸って、シンディーと共にペネロープと向かい合う。
「此度はお二人の祝福すべき日に立ち合えたことを、巫女頭として嬉しく思います。魔法技師として、支え合う夫婦として。これからの新たな日々が幸福で充実したものとなることを願っています」
ペネロープが穏やかな表情で口上を述べる。
「感謝致します。これほどの方々にご臨席頂き、周囲の方々に恵まれていると、噛み締めているところです」
「沢山の方々に支えられて迎える事ができた今日だと思っています。これからは二人で魔法技師として支え合い、力を尽くすことで、支えていただいた恩を返していきたいと思っています」
タルコットとシンディーがそう返事をするとペネロープは満足そうに頷く。
「それでは――月女神シュアス様と精霊の皆様の前で、愛の誓いを」
うん。実際クラウディア当人も見ているし、今回はティエーラや精霊王達が列席しているわけではないが、俺達がこうした雰囲気で盛り上がっていると、加護のお陰で精霊達も集まってくるしな。活性化に伴い、周囲の魔力も高まっている。
「私、タルコットはシンディー=バニスターを妻とし、生涯愛することを月の女神と精霊に誓います」
「私、シンディー=バニスターはタルコットを夫とし、生涯愛することを月の女神と精霊に誓います」
「では――互いに誓いの指輪を」
結婚式の流れは俺達の時と同じだな。タルコットに現在家名はないが、結婚後はバニスター家の婿という形になるそうだ。
まあ、家督だとかそういう話はなく、タルコットとシンディーにとってそれで何かが変わるということもないようではあるが。
そうして――タルコットとシンディーは互いの指に揃いの指輪を嵌める。
花をあしらったミスリル銀の台座に嵌っているのは鮮やかなエメラルドだ。エメラルドは幸福や夫婦愛を象徴する意味合いがあるとされているが……二人の関係に似合う印象もあるし、そうした意味付けを知って選んだというのなら、お互い新しい日々に望んでいるものが見えるような気もするな。
「それでは――誓いの口付けを」
ペネロープの言葉に、タルコットがシンディーのヴェールを上げて、二人は互いに見つめ合う。息を呑むようにシンディーを見つめるタルコットと、少し潤んだ瞳でタルコットを見上げるシンディー。そうしているのも少しの間だけのこと。やがてややぎこちなく、タルコットとシンディーは寄り添い、明るい陽射しの中で口付けを交わした。
「今この時を以って、女神と精霊に祝福された新たな家族がここに誕生しました。二人の幸福と前途を祈っております。どうか、皆様の惜しみない祝福を!」
ペネロープが声を響かせると共に、それを待っていたというように温かな拍手と歓声とが降り注ぐ。
そんな中でタルコットとシンディーは幸せを噛み締めるように微笑み合っていた。うん。良い事だ。
「おめでとう、二人とも」
「おめでとうございます」
「良い結婚式ですな」
二人に祝福の言葉がかけられて。寄り添いながらもはにかんだように笑うタルコットとシンディーである。
この後はフォレスタニア城の迎賓館を会場として祝いの宴を行うという流れだ。月神殿からだとそのまま階段を降りて直行できる。
「フォレスタニアを訪問した事がない方も共に迷宮入口前の石碑まで向かって下さい。境界公が石碑からお連れするとのことです」
神官達がこれからの予定についても伝えてくれる。列席者の名簿もあるので、下に降りる際にしっかり人数と内訳を確認して城へ向かうとしよう。
そうして。タルコットやシンディー、神殿の面々や結婚式の招待客を連れてフォレスタニアの迎賓館へと向かった。
催しものはタルコットやシンディーも含めて工房の面々が計画している。ゴーレム楽団の演目を組んだり、食材の準備をしたりといった具合だ。楽団はまあ、既存の楽曲や楽譜を渡して演目を組んでやればプログラムに沿って演奏してくれるわけだな。そこに演出用の魔道具を組み合わせてやれば催し物も組み上げられるというわけである。
色々な魔道具を活用してのものなので、魔法技師の招待した宴席に合うものと言えるだろう。
迎賓館に到着し、宿泊希望の面々の手荷物を客室に置いてもらったら宴会場へと案内する。
「今日は私達の結婚式にご臨席頂き感謝しております。境界公の御厚意により、このような場所で祝いの宴を開けることになりました」
「催しものや食事の準備も皆と進めて参りました。楽しんでいただけたら幸いです」
二人が口上を述べ、拍手が起こった後にゴーレム楽団が音楽を奏で出し、宴席が始まったのであった。
宴席は賑やかな雰囲気だ。宴会なので食事や飲み物、音楽を楽しみながらの談笑といった感じだ。用意している食事もサンドイッチや唐揚げ、カップケーキやカップアイスといったデザート等々、まあ運びやすくて気軽に食べやすいパーティー料理といったラインナップが多い。
ゴーレム楽団の奏でる楽しげな音楽とダンスの中で、タルコットとシンディーは招待客に丁寧に挨拶回りもしていった。
「二人の馴れ初め等も聞きたいところですな」
「シンディーと最初に顔を合わせたのは工房ですので出会いは特別なものではありませんが……アルバート様とオフィーリア様の護衛として、同じ立場でしたからね」
「それで、警備のことでタルコットと話をすることが増えていって、という感じですね。何といいますか、話をしてみると素朴で素直な人で……その……不器用だけど可愛らしい人だなと思いまして」
シンディーが少し気恥ずかしそうにそんな風に言うと、タルコットは顔を赤らめて頬を掻く。
「んん……。わ、私の方はそうですね。色んなところを良く見ていて、細かい事に気付く人だなと、感心していました。そんなシンディーと話をしていた時に、私の仕事が丁寧で頑張っていて尊敬できると……そんな風に言ってもらえたのは、嬉しかったですね」
タルコットがそんな風に言うと、シンディーも頬を赤らめて俯く。グレイス達もそんな二人を微笑ましそうに見ていて……。まあ、仲睦まじいことで結構な話だ。
ヘルフリート王子とカティアもそんなタルコットとシンディーの話を聞いて、メンダコのソロンと共にうんうんと頷いていた。ヘルフリート王子達としても先々に結婚が控えているからな。二人の馴れ初めやお互い尊敬し合う点といった話は良い刺激になっているかも知れない。
その他にもタルコットとシンディーが調整した義肢を協力者の二人が見せて、それで公認の魔法技師として合格した話をして盛り上がったりしていた。
「素晴らしい魔道具ですな。義肢もですが病院が開院となれば、沢山の者が恩恵を受けられそうです」
フォブレスター侯爵が頷く。国内の都市部や各国とも転移港で繋がっているから、フォブレスター侯爵領にも恩恵はあるだろう。
侯爵領もそうだが、ゴブリン等の敵対的な魔物種族との戦いというのはどこでもあるしな。
そんな調子で宴の時間はのんびりと過ぎていく。タルコット達も改めて挨拶回りをして人間関係が広がっているようで結構なことだ。