番外1952 魔法技師の志と共に
――そしてタルコットとシンディーの結婚式当日がやってくる。
結婚式場となるのは月神殿。二人の結婚式に際しては工房の面々も全面的にサポートしているが、シンディーの家のバニスター家の人達も招待客の案内の手伝い等々、色々と協力を申し出てくれている。
「お初にお目にかかります。娘が大変お世話になっております」
神殿の待合室で挨拶を交わしたのはクルト=バニスター。シンディーの父親だ。落ち着いた物腰の人物であるが、騎士爵を持つ人物で、その立ち居振る舞いから見るにかなり鍛えている雰囲気があるな。
「こちらこそ。シンディーさんには工房の仕事でもいつも助けられています。此度はおめでとうございます」
「はは。そう言っていただけると嬉しい物です。私としても当人の希望に沿う形に落ち着いて良かったと思っておりますよ。自ら選んだ職にしても、タルコット殿との結婚にしても」
クルトは俺の言葉にそう言って目を細めた。
バニスター家はフォブレスター侯爵家の派閥に属する騎士の家系だ。
シンディーが魔法の才を持っていることから、ペレスフォード学舎で学びつつオフィーリアの護衛もしていたが、オフィーリアの婚約者であるアルバートとの繋がりでタルコットとも知己を持ったのが二人の馴れ初めだな。
その後工房の仕事の手伝いもしつつ、その流れでタルコットと共に魔法技師として落ち着くことになったわけだ。
「私が一介の武官なものですからな。シンディーにもあまり幅広い選択肢を用意してはやれなかったのですが……。娘はアルバート様の生き方、考え方に感銘を受けた部分があるそうです」
「アルの生き方というと――自身に出来る方法で王国や人々に貢献を、というものですか」
クルトが静かに頷く。
アルバートは武官に向いた気性や才能はあまりないと自分を見ていたし、一般的な魔法の才にも優れていないと自己分析をしていたようだ。かと言って内政面や実務に注力することで政治的な影響力が出てしまうことを避けた。
王城内の政治、派閥争いや権力争いとは関係のないところで利用価値のある人材だと示すことでマルレーンを守るという考えがまずあったからだが……何より、自身もただ流されて生きるのではなく、誰かの役に立ちたいという想いも持っていたのだ。
そこで魔力の精密な制御を得意としていることから、魔法技師の道を志した、というわけである。
シンディーも……最初に考えていた道からは少し違っているけれど、才能はともかくあまり荒事に向いた性格ではなかったように思う。シンディーも周囲を見て、色々考えて選んだ結果なのだろう。
「応援して下さるオフィーリア様の人柄もそうですが、タルコット殿がやり直そうと努力を重ねている姿も、娘に大きな影響を及ぼしたようですな。そんなオフィーリア様の期待に応え、タルコット殿を支えたいのだと、私に伝えてきましたよ」
そう言って目を細めるクルトの表情は穏やかなものだった。
そんな話をしていると、控室にアルバートと共に白いタキシードを纏ったタルコットが入ってくる。香油で髪型も整え、新郎としての準備は万端といった様子だ。
「おお。タルコット殿。これはまた立派な出で立ちになられた」
「これはクルト様。ありがとうございます。そう言って頂けると自信も湧くというものです」
笑顔を向けるクルトに、タルコットも朗らかに笑って応じる。
「新婦の方も準備はできていると連絡が来てるよ。後は始まるのを待つだけかな」
アルバートが通信機を見せて笑って言う。流れを確認するためのリハーサルも終えているしな。
「皆様、そろそろお時間です」
控え室に神官と巫女達もやってきて、俺達をそれぞれ案内してくれる。
クルトは新婦側の親族としてシンディーと共に向かう形。アルバートはタルコットの身元を引き受けている立場としてタルコットに付き添う、と。まあ、カーディフ家が来られないから親族の果たす役周りを受け持つ形でもある。
俺やグレイス達は参列者側だ。
「それじゃあ、また後でね」
「うん。良い式になりそうだ」
アルバート達に手を振って控え室を出て、式場に向かう。
式場は華やかなものだ。春を意識した花々で飾りつけが施してあり、ほんのりと良い香りが鼻孔をくすぐる。
「そっちはどうだった?」
「シンディーさんの準備もばっちりですよ。少し緊張していらっしゃるようでしたが、お綺麗でした」
みんなもシンディーのところから戻ってきた。尋ねてみるとグレイスが楽しそうに答えてくれる。うん。新婦側の進捗も問題ないようだ。
みんなは晴れの日という事でドレスで着飾っていて、俺としても眼福である。子供達も誕生日に貰ったケープを羽織り、その下に小さな礼服を纏っていてこちらも可愛らしい。
「うん。みんなの衣装も似合っていて綺麗だな」
「うふふ。ありがとう、テオドール君」
「ん。礼服のテオドールも良い感じ」
「本当。最近は背丈も伸びてきたからますます礼服も凛々しい感じね」
イルムヒルトやシーラの言葉に、ステファニアもうんうんと頷きつつ答えてくれる。
というわけでクルトからのシンディーの話等をみんなにも聞かせたりして、そのまま列席者として待っていると、神殿に向かってきた列席者や転移港から神殿の送迎で馬車に乗ってきた面々が顔を見せる。
列席する面々としては、フォブレスター侯爵夫妻、バニスター家の親類縁者、工房関係者やゴドロフ親方、ロゼッタやミリアムといった普段世話になっている面々。魔道具関係でお世話になるであろう人達。孤児院の職員と子供達。フォレスタニア城で魔道具を作ってもらった氏族や武官、文官の面々。病院や義肢の協力者。冒険者ギルドの関係者にユスティア、ドミニク。それにヘルフリート王子とカティアもやってきているな。
結構な顔ぶれだと思う。タルコットは悪評のあった自分の結婚式の招待に応じてくれるか不安に思っているところがあったが、アルバートが身元を預かってからの評価はしっかりとしたもので、見ている人は見ている、ということだろう。
神殿の祭司の間は結構広々としているが、やってくる面々が増える度に参列用の席も埋まっていって、賑やかなことになっていった。
「いや、おめでたいことですな」
「そうですね。工房で二人がひたむきに努力している姿を見ているので、喜ばしいことです」
列席する面々とそんな調子で挨拶を交わす。招待される面々としても結婚式の始まりを待っていると、神殿の奥からペネロープと神官、巫女達が姿を見せる。祭司役としての衣装を纏ったペネロープに、マルレーンもにこにこである。
月神殿の神官と巫女が一礼すると、賑やかだった会場の声も静まっていく。
ペネロープが穏やかな微笑みを見せ、そうして口を開く。
「本日は魔法技師タルコット様、同じく魔法技師シンディー=バニスター様の結婚式となります。前途あるお二方の新たな門出を祝うために、これほどの沢山の方々が祝福にお見えになったのは誠に喜ばしいことです。それでは――式を始めましょう」
そう言うと、列席者達からの拍手が起こる。神官や巫女達が鐘や鈴の音、美しい歌声を響かせ、温かな雰囲気の中でタルコットとシンディーの結婚式が始まった。
「それでは――まず新婦の入場です!」
神官と巫女達の演奏が終わると、神官がそう宣言して式場に続く扉が開く。
バニスター夫妻が付き添いながら、ヴェールで顔を隠した花嫁姿のシンディーが姿を現す。
銀色の細かな刺繍。裾の部分に金銀の小さな飾りも施された、細工も見事なウェディングドレスだ。工房の職人達と仕立て屋のデイジーの渾身の一作に、列席者からも思わずといった様子で声が漏れる。
シンディーはバニスター夫妻と共に静かな足取りで前に進む。シンディーが式場を進むごとに光の波紋が広がり、空から煌めく光の粒が花弁のように降ってくる。勿論、工房としては魔道具による演出を施しているわけだ。ペネロープの前まで進んだところで巫女達に案内されてバニスター夫妻も列席者の席へ。
「続いて、新郎の入場です!」
続いて、扉の向こうにタルコットが。付き添うのはアルバートとオフィーリアだ。タルコットは――視界に入ったシンディーの姿に、一瞬息を呑んだらしかった。しかし、固まったのも一瞬のこと。すぐに気を取り直すように表情を引き締めると、アルバート、オフィーリアと共に前へと進んでくるのであった。