番外1949 西の海への旅行計画
病院の開院やタルコットとシンディーの結婚式に向けて、準備は着々と進んでいった。
工房の面々は着々と魔道具作りと家具作りに精を出し、俺達は俺達で通常の執務に加えて病院関係者や月神殿関係者と打ち合わせをしたりといった具合だ。
迷宮村や氏族の面々にも病院で働いてみたいという者もおり……その中には呪歌、呪曲を使える者や治癒魔法に適性のある者もいた。
病院関係者に関してもそうだが、そうした希望者にも、治療法や応急処置の勉強、衛生観念や呪い、魔法薬についての知識、魔道具の使い方といった学習や研修も行っている。
呪歌、呪曲はともかく、未経験の者が直接的な処置に当たる場合、人命もかかっているからすぐに病院のスタッフとして働けるわけではないが……そこは仮想空間でシミュレートを重ねればいい。治癒術師や医師達、薬師達も協力して指導してくれるから、先々においても有望な人材を確保できたと思う。
そんなわけで、スタッフの準備も進んでいるな。
迷宮村の住民も、氏族達も……希望者は他者の治療を仕事としたいというモチベーションが高い者が多く、俺としても期待している。
「紹介できる仕事も増えてきて、いい感じだな」
フォレスタニア城にて、みんなの仮想空間での研修を終えて、意識が戻ってきたところでそんな風に言うと、グレイスもにっこり笑って頷く。
「ふふ。適性もそれぞれですから、皆さんに合った仕事が見つかると良いですね」
そうだな。城内では使用人、料理人、武官に文官。街中では神殿や冒険者関係。工房の職人見習い、魔法技師見習い。劇場や温泉といった各種施設の職員。迷宮商会での商人見習いといったことも、こちらの伝手で紹介できるだろう。
こうして見ると結構色々あるな。勿論、この辺は俺の伝手等で紹介しやすい場所、訓練を積みやすい職に限定した話だ。それ以外の選択肢だって望むのならば紹介したり職業訓練をしてもらったりといった事だってできるはずだ。まあ、選択肢を狭める必要はないので適性と当人の希望を鑑みて、色々なことに興味を向け、積極的にチャレンジしてもらいたいところである。
さてさて。そうして冬も過ぎていき……段々と春が近づいてくる。タルコットとシンディーの結婚式は春に決まった。二人は魔道具を作りながら、あちこち世話になっている人や、これから接点の増えるであろう病院関係者に招待を出す等して、中々忙しそうな日々を過ごしていた。
「二人とも、休憩から上がったらきりの良いところでもう今日は大丈夫だよ。することも色々あるだろうし、進捗はまあまあ余裕もあるからね」
「ありがとうございます。では、これが終わったら少し街中の買い物や新居の方に行ってこようと思います」
「昨日運んだ家具に合う品を探しにいきたいと話していたのです」
工房にて――アルバートからそう言われたタルコットとシンディーが、笑って応じる。
忙しそうとはいっても、二人とも楽しそうにしているから充実した忙しさという奴でもあるな。
特に新居に家具が揃ってくるのが楽しいのだろう。仕事終わりに二人で新しく出来上がった家具を搬入したり、調度品を買い揃えに行ったりしているようだ。それを受けてか上機嫌そうに仕事をしているのが窺える。モチベーションが高いから仕事も捗っている、と。
二人がそうやって張り切って仕事をしているということもあり、汎用型の義肢や病院用の魔道具もどんどんと仕上がってきている。
完成度の面でもかなりのもので、ヴェルドガル王国公認魔法技師の面目躍如といったところだろうか。
一方で私生活側――結婚式の方の進捗状況はどうかと言えば、こちらも順調だ。
結婚式を行うのはタームウィルズの月神殿。病院で解呪や炊き出しに携わるということもあり、ペネロープが司祭役として式を進めてくれるとのことだ。
その後はフォレスタニア城にて宴席の場を提供している。招待客も多いが宿泊場所等々に問題はないだろう。
そうして結婚式が終わったら新婚旅行となるわけだ。仕事と結婚式の準備とで忙しくしているのは、結婚式後に少し新婚旅行で不在となるから、そこで穴を開けないようにという意味合いもあるのだろう。
「そうそう。新婚旅行の件だけど、デメトリオ陛下とバルフォア侯爵、それにヘルフリート殿下や海の民も歓迎するって」
二人が休憩に入ったところで、俺からも連絡を伝えておく。
新婚旅行をどうするのかとアルバートに尋ねられた二人は、春先で暖かくなっているだろうということで、西――ドリスコル公爵領やグロウフォニカといった海洋国家に赴いてみたいと希望していた。
公爵領もグロウフォニカも海の民にも伝手が多いからな。こちらとしても旅行先で細やかに対応してもらえるというのなら安心できる。
「ヘルフリートが案内してくれるそうよ。まあ、あれも事情を知っていてくれる相手が多いと嬉しいでしょうからね」
ローズマリーが羽扇で表情を隠しつつ、そんな風に言った。
「そう思っていただけるというのは光栄なことです」
タルコットが畏まって応じる。シンディーもうんうんと頷いていた。
ヘルフリート王子の場合は、ネレイド族のカティアと結婚する事により、寿命が延びて見た目も若い状態が長く続くことになる。これは精霊に近いネレイド族の特性によるものだな。伴侶との寿命共有が起こるわけだ。
不老不死とまでいうわけではないが、それを知った不心得者がネレイド族を騙そうとして近付くのを防ぐために、一族にとっての秘密というわけだ。
当然伏せなければならない情報ではあるが、かといって王族であるヘルフリート王子が結婚後に消息不明というのは困る。
そんなわけで、見た目の年齢を実年齢と一致させるために幻術型の魔道具を用い、対外的には老いているように見せかけようという方向で話を進めているわけだ。
ローズマリーはあまり態度には出そうとしないが、そうなってからの人間関係、交友関係を広げる事の難しさを心配している部分もあるのだろう。
タルコットとシンディーについては事情を知っている工房の面々で信用もできるということもあり、そうした相手としてローズマリーも期待している部分がある、と。
ヘルフリート王子とカティア、タルコットとシンディーの相性についても問題がないと感じているから交友を推奨しているのだろうし、子育てや夫婦に関する事だって、相談や話ができる相手が多いというのはお互い心強いというのもある。
相談できる相手、似たような立場がいてくれて心強いというのは……俺も結婚してから、子供達の出産や育児等で実感した。実感というのなら、俺よりもきっとローズマリーやみんなはもっとだろうしな。
タルコット側もまあ……あまり交友関係が広くない。親元にいた時は伯爵家の暴力装置としての役割を求められていたし、当時のカーディフ伯爵家の家臣達もタルコットの兄は後継者として重視していたけれど、タルコットの扱いはそうではなかった。
だから友人関係も少ないし、元カーディフ伯爵家の人間とも今は完全に切れている。
今更利用しようとする者が出てこないよう、アルバートもシャットアウトするように動いていたし、それに当人もメルヴィン公もジョサイア王も賛同している。
そんなわけで、ヘルフリート王子達と、タルコット達の交流というのは俺達としても喜ばしい事というわけである。
まあ、新婚旅行も楽しんできてもらいたい。船だけでなく、海の民に案内されてネレイド族の里等にも足を運んだりだとか、中々興味深い体験ができるのではないだろうか。




