番外1947 二人の新居は
街中の緊急搬送用通報システムに関しては、改めて新しい技術を使う予定はない。ペアリングした魔道具と仮想五感リンクにより、現地の映像を見ながらオペレーターと音声のやり取りを行うと共に改造ティアーズ達が現地に向かうという仕組みだ。ついでに、使用時と使用後に魔道具周辺を浄化することで病の拡大防止措置を施しておくぐらいか。
受け答えするのはオペレーターであるが、実際に現地の患者の搬送に動くのは改造ティアーズと、飛行型のゴーレムである。こちらはオペレーターが現地に救急措置の指示や意識を繋ぎとめるための声掛けをしている間、通報があった時点で出動となるな。相対位置把握の魔道具技術を使えば、こちらも通報位置を感知して急行することができるという寸法である。
ジョサイア王が指定してきた設置個所は兵舎の近く等、警備しやすくアクセスも良い場所だ。
怪我等の通報では暴力沙汰、刃傷沙汰というのも想定される話だ。そうなると兵士達が動いて仲裁したり取り押さえたり被害者を守ったりできるというのもあるし、衛生兵に相当する技術者、手当のノウハウがある人物も兵舎に詰めているので、搬送前に緊急措置も可能になる。
場所が場所なので悪戯も防げるし、搬送システムを設置する場所の用地確保に関してそんなに苦労しないといったメリットもある。元々王都の公共施設だから、そこに新しい設備をくっつけるだけで済むので話がこじれたりもない。
他にも王城、ペレスフォード学舎や神殿といった、人が多く集まる施設に設置するのが良いだろうということで話が通っているな。
そんなわけで、病棟が完成した後は街中のあちこちを回って搬送システムを作っていった。設置と共に通報を受けた場合の改造ティアーズとゴーレムの動きもチェックしていく。
「それじゃあ、通報を入れるよ」
設置した魔道具の起動テストである。魔道具の形状としてはまあ、公衆電話にも似ているだろうか。金属の台に水晶球がはめ込まれているような見た目で、子供でも使いやすいぐらいの高さだ。使い方は簡単。ある程度まで近づき、起動させようという意思を込めるだけで良い。這いずってやっとたどり着いた、というような状態でも使えるし、普通に手を翳すだけでも勿論起動する。
通常使用よりもう少し広範囲において、近付こうとして通常の睡眠以外で意識を失ったという場合も、契約魔法による感知で反応してくれる。
魔道具を起動させると、病院で待機しているバロールがオペレーター役として返答してくれる。
『はい。びょういんおくじょうの、ばろーる、です』
風魔法で合成音声を作って受け答えしてくれているバロールである。ちょっと舌足らずというか、たどたどしく可愛らしい感じの声になっているが。
「ん。こちらテオドール。北区兵舎前から起動試験中」
『りょうかい、しました。ただいま、てぃあーずたちが、きゅうこうして、います』
うむ。というわけで魔道具を起動してからの時間を計測しているが――空路ということもあって到着はあっという間だった。
搬送も実際に自分で乗って体験させてもらったが、ティアーズ達がレビテーションで患者を浮かせ、マニピュレーターでストレッチャーに乗せて、ベルトで固定。そのまま空を飛んで病院まで、という形になる。
「北区なので距離的には一番遠いですが、到着までかなり早いですね」
「これなら安心です」
グレイスとエレナがそう言って微笑み合う。
ストレッチャー自体が飛行型ゴーレムで、空中移動ができるし折り畳み式の足に車輪がついていており、地上の自走も可能だ。これにより現場から病院屋上。屋上からエレベーターを使って処置室まで迅速に動くことができる。
レビテーションを掛けてから患者を動かしているので安静にしたまま負担をかけずに移動ができるというのも実証済みだな。
ティアーズとストレッチャー型のゴーレムについては屋上のポッドにて複数体が魔力充填をしながら待機。
病院までもたないと判断した場合は現場にて軽い治癒魔法や浄化の行使も可能だ。まあ……こちらは効果と消費魔力から考えて常時毎回というわけにもいかないし、病状に応じては対応できない範囲もある。原因の特定はしっかりしないと再発もする場合もあるしな。
ともあれ、タームウィルズ全域はカバーできたので通報と搬送のシステムに関してはこれで出来上がりだ。
フォレスタニア側からの搬送システム等も作りつつ、協力してくれる治癒術師、医師、薬師達と連携して動いていくことになるだろう。
そうして、外壁の建築を傍目に眺めながら、内装や各種魔道具の追加等々、病院周りの整備も進んでいった。
月神殿や孤児院の面々と協力して病院の炊き出し用の設備も実際に運用したりもしている。これも病院の周知を兼ねてのものだな。
病院にも街道からの見物人が連日訪れていて、現状良い観光名所になっているようだ。タームウィルズへの行商も増えており、病院見学の見物人相手に寒い中露店を開いたり売り歩きをしたりして、商魂たくましいことである。
さて。俺達や工房の仕事としては病院に協力してくれる面々と打ち合わせをしたり工房で魔道具を仕上げたりといったものだ。
そんな中でタルコットとシンディーも中々忙しくしているが、フォレスタニアで新居を探したいということで、まだ空いている家、或いは土地を探しに出かけることとなった。
「フォレスタニアは街の中心部から外れると眺めが良い場所が多いね」
「外側は湖に面したりしているからかな。フォレスタニアは湖に面して開けている場所でも寒くないというのは良いな」
シンディーにタルコットが答えつつ、街中を馬車で移動しながらあちこち見て回る。フォレスタニアは構築する際に住宅地も設定して家々も建築している。景観として調和する家々を、という感じで……まあ、迷宮内にあるからある程度信用のおける人間に対して賃貸なり売却なりという方向で動いているわけだな。
想定している家賃の相場としては、東区と同じくらいの設定。空いた土地への新築なら家賃に少し上乗せして長期に分割して、という感じだ。
払う分から少しの割合を家の買い取りの為の金額に充てて長期に支払うということも可能だし、後になって事情が変わって家から出る形になったとしても二人には負担がかからないようにしたい。
東区と同じぐらいならば、魔法技師夫婦の給料ならそれほど負担も大きくないかな、と見ているから、それこそ東区の物件とどちらが良いか、住環境や通勤時間で考えてくれればいい。
フォレスタニア自体の物件の相場は東区より割高なのだが……そこは工房の魔法技師という点も加味して勉強するということで。土地や物件で儲ける方針というわけでもないしな。ちなみにメルヴィン公は土地代に新居の分も含めて一括払いだ。この辺、流石は王家というか。
そうやって色々見て回り、二人で話し合ったりアルバートの意見を聞いたりしていたようであるが――やがて結論も出たらしい。
「二人で話し合って決めましたが……フォレスタニアに住みたいと思います」
「やっぱり住宅地は静かなので落ち着いて住めるかなと」
と、二人が笑顔を向け合い、頷き合いながらもそんな風に言ってくる。
「分かった。どこが良いとかは、決めた?」
「そうですね。目星は付けました」
「流石に新しく建てるとなると気後れしてしまいますので、既存の住宅が良いのですが」
とのことだ。二人が目星をつけた場所に案内してもらうと、湖を望める神殿の程近く。小さな庭のある、比較的こじんまりとした家だった。
といっても将来的に子供達が増えても問題ないぐらいの大きさではあるが。
「二人で住むなら、この家がいいかなと」
「丁度良い大きさですし、間取りや家の中からの眺めも気に入りました」
「ん。それじゃあ、後で契約書を持ってくるよ。条件はさっき伝えた通りだけど、書面でも間違いがないかしっかり確認してね」
ということで二人の新居も決まりだ。家具等はこれから入れることになるが、こちらはビオラ達が作る気満々だったりするな。




