番外1946 病棟完成と共に
「西側は問題ないわね。次に行きましょう」
「外壁北側も大丈夫ですよー」
ローズマリーが魔石粉とミスリル銀線の敷設を確認して言う。そこにエレナも少し離れた場所からミスがないことを確認し、手を振って教えてくれた。
「ん。ありがとう」
確認ができたところで、こちらも頷いてゴーレム達で確認のとれたエリアを埋めていく。
そうやって手分けしての作業も進み、掘り返した外壁部分が再びブロック化したゴーレム達が埋まって土台部分が完成した。結界線などの術式の発動は、上に建築される外壁が完成してからだ。
病院側の土台は――建物の基礎部分と合わせて作っていく。大きな施設だし衛生面が重要なので厨房、水道、トイレや風呂の数もそれに応じて必要だ。下水道と繋ぐ配管等も結構多めに必要になる。事前に作った立体図に合わせ、導水管や排水管も敷設していった。
タームウィルズ内部から向かう事のできる正面玄関、外壁外側から入ることのできる発熱外来。母屋となる病棟と内部の各種設備、施設と、建物の基礎となる部分の構築。
それから、炊き出し用の設備は病棟とは別の棟に作る。混雑や動線が患者と交差するのを避けるためだ。
事前の計画に沿って立体図と同じものを構築し、基礎が出来上がったところで用意されていた資材を光球の術式に溶かし、柱、壁、梁、天井を構築していく。資材が溶けて形成される構造物が、生えるように伸びて建物になっていくのは、見た目としては面白いものなので、見物人も歓声を上げたり拍手をしたりしていた。
光球の術式を使う時点でミスリル銀線や魔石粉等も溶かして建造物を構築している。病院の建物自体に、内部の温度、湿度を一定に保ち、空気や表面を浄化する手段を組み込んでいるのだ。これについては魔石に魔力が込められている限り維持されるというシステムであるが……ここも迷宮の管理が及ぶエリアだからな。迷宮側からのサポートで半永続的に維持する事が可能になるだろう。
受付、待合室、症状ごとに合わせた診察室、各種検査室……諸々を想定した部屋を構築し、一階部分が完成したらセラフィナと安全性を確認し、続いて二階、三階、四階……と構築を進めていく。
階層移動の負担を減らすための浮石エレベーターも複数入る。寝台ごと動かして患者を安静にしたまま院内を動かせるというのは重要だからな。屋上は空から搬送が可能なヘリポートならぬティアーズポートが置かれる。緊急性が高いか。感染症かそうでないかでルートを分けてそれぞれの区画に直接患者を送れるようにするわけだ。
普通の建物からするとかなり大型の建物だ。収容人数も多く、入院中ある程度快適に過ごせるように中庭やレクリエーションルーム、リハビリテーションを兼ねたプールや運動場、院内図書館や食堂等もある。
スタッフ用の事務所、休憩スペースや仮眠室。警備関係用のスペース等々……職員側もそれなりに快適なのではないだろうか。
まあ……日本の病院を踏襲した構造にしているわけだが。規模から言うなら大病院と言っても良いだろうな。
「ん。形になってきた。格好が良い」
シーラが空を飛んで、病院をあちこちから眺めてそんな感想を漏らす。
「とりあえず浮石や下水道との接続に関しては、今日の魔法建築が終わったら迷宮核の方でやっておこうかな」
「内装や設備に植物も入ってくれば、もっと良い感じになっていくわね」
「中庭の植物はフローリアさんやハーベスタ達にお願いすればいい感じに仕上げてくれそうですね」
イルムヒルトとアシュレイが楽しそうに語らう。
「そうだね。形になってくると俺としても楽しい」
元々いた見物人だけでなく街道と南門を出入りする旅人や商人も注目してくれているようだ。まあ、しばらくの間外から眺めることができるので、この調子で周知していってもらえたらと思う。
「頑丈な建物で、これなら安心だね!」
「んー。それなら良かった」
俺の肩に載ってにっこり笑うセラフィナと共に一通りの安全確認をし、一先ずの外観は出来上がりだ。内装、魔道具、備品等はこれから揃えていくことになるが、ここはジョサイア王が手配してくれていたり、工房で用意をしたりといった具合になる。
みんなと共に内部を歩き、病院内を実際に見て回る。
「窓からの眺めも良いですね」
「外周側は壁で覆われるから、幻術や光魔法でこの眺めを維持できるようにしておくのも良いかもね」
西側は海まで視界が通るから、壁しか見えなくなってしまうのは勿体ない気もする。中庭側に面した病室等では景観の心配をする必要はないが。
入院中のちょっとした楽しみや気分転換というのは疎かにはできないと思うし、何か考えておこう。幻術であるならば視覚的に楽しませるということはできるので、景観だけに限らないしな。
診察室、処置室、検査室、治療室……それから食堂や厨房、風呂場や病室等の使い勝手を一つ一つ確かめていく。
「広めだからどこも使いやすいし動きやすそうですね」
「ん。治療室は、魔道具とかが手に取りやすいぐらいの広さを想定?」
「治療室はそうだね。ここに診察台や魔道具が置かれて――医師達の動きの邪魔にならないかとか、その辺も考えての間取りになってるから、内装と魔道具を入れた上で実際に使ってからじゃないと、しっかりとした評価はできないかな」
患者が院内や敷地内を移動する時に動線はどうか。構造的に予想され得る危険はないか等々、細かく見ていったが、元々立体図を作った上で仮想空間においてのシミュレーションもしている。一先ず現時点での問題はなさそうだ。
実際に運用すれば課題も見つかるかも知れないが、まあ魔法建築だしな。対応できる幅は多いので今はこれで良いだろう。
というわけで警備の面々にも挨拶をしつつ、引き上げることとなった。
「今日のところは、一旦これで引き上げます。屋外だと寒いですから、警備の際は警備室や一階正面入り口の広間を休憩用に使ってもらって構わないですよ。ただ、今日の夜までは使用を待っていてください」
迷宮核側で下水と接続したり魔力供給をしたりするので、まだ立ち入らないでもらっておこう。この作業は夜までに終わらせるとして。
病院内部は刻印術式やミスリル銀線による魔法陣で、温度と湿度を保つ効果が出ているので外よりは大分過ごしやすいはずだ。外壁も作ることになるしこれからの警備に際しても幾分か楽になるだろう。
「それは――助かります。夜まで待つのも、承知しました。皆に伝えておきましょう」
そんなわけで魔法建築を切り上げ、俺達は一旦撤収することになった。この後は少し迷宮核に向かって、こちらでできる部分は早めに仕上げてしまおう。暗くなってからでは警備の面々も寒いだろうし。
そうして、迷宮核で弄る部分を仕上げたことで、病院に関しては内装や備品、人員が揃うのを待つ形となった。
内装と備品に関してはジョサイア王が手配してくれている。魔道具もブライトウェルト工房だけでなく、ヴェルドガルお抱えの魔法技師達も動いてくれているな。
人員については神殿や国内各地から協力してくれる面々が集まることになる、と。まあ、道筋もついている。
他にやっておくべきこととしては搬送用の通報システムの構築と設置だな。
これはタームウィルズでも区画ごとに分けて配置する事になるが、こちらは小規模なものなのでそれほど手間も時間もかからないはずだ。病院が機能する前に、順番に進めていくとしよう。