番外1941 審査官の顔ぶれは
――タルコットとシンディーの魔道具提出の日がやってくる。会場は中央区にある魔法技師協会の所有する建物だな。
そこに何人かの魔法技師、商人ギルド、職人ギルド、冒険者ギルドに加えて役人といった組織に属する顔触れが、役員として集まっての審査会となるわけだ。
冒険者ギルドや職人ギルドと言えばアウリアやゴドロフ親方のように、立場のある面々との繋がりがあるから大丈夫、とはならない。その辺りの顔触れはこういう場合にしっかり実力で評価するからだ。まあ、その二人が今日の審査会の担当というわけではないけれど。
「調整に注意した点としましては――」
「ここに先程述べた技術を用い、調整を施しました」
タルコットとシンディーは朝早くから本番前のリハーサルに余念がない。
リハーサルの表情は真剣そのもので、語る言葉にも淀みがなく、今回の審査会におけるモチベーションの高さが窺えるようだ。俺達の見ていないところでも練習を重ねているのだろう。
そうしていると協力してくれる二人がやってくる。
「おはようございます」
「おはよう。少し寒いけど良い日だね」
アルバート達と共に二人を迎えて、準備を整える。まだ少し早い時間帯だが、二人としても楽しみにしていたらしい。
「義肢の使用感が想像していた以上だったからと言いますか……恥ずかしながら昨日の夜は中々寝付けませんでしたよ」
「確かに。これからのことを考えてもですが、審査会で魔道具を使うところを披露するのも楽しみです」
二人はにやっと笑っている。義肢を使って魔道具の使用感を見せることに、かなり乗り気になっているようだ。高度なことができればできるほど、義肢の優秀性も示せるということだし、腕の見せ所と思っているのだろう。
「お茶が入りましたよ。出発前に喉を潤していってください」
「焼き菓子も用意してきているわ」
エレナやイルムヒルトがカートにポットとカップ、焼き菓子の乗った皿を乗せて運んでくる。水筒にも温かいハーブティーも入っているな。これはまあ持って行ってもらって構わない。
タルコット達は道中寒いからそういう意味でも有難いと、協力者の二人と共にお茶を飲み、焼き菓子を口にして一息入れていた。
やがて出発前のティータイムも終わり、一同は気合を入れて立ち上がる。
「それじゃ、これが僕からの推薦状だね。二人ならいつも通りで大丈夫」
「いってらっしゃい」
「はい。行ってきます……!」
「自分にできることをやってきますね……!」
そう言って、タルコットとシンディーは必要な荷物を纏めると協力者の二人と連れ立って馬車に乗り込み出発していった。工房のゴーレム馬車だな。
荷物としては、魔道具調整関係の品々に、どんな魔道具か体験してもらうための試験用義手や義眼あたりだ。
それから審査会では特に助言などはできないが、一応様子だけは見せてもらう事ができる。アルバートは自分の立場が立場なので現場にいて二人が正当な評価はもらえないようなことになっては困るからと遠慮したが、逆にタルコットの過去の事で不利な裁定をする者がいないかにも気を回し、ハイダーは連れて行って状況を見せてもらうことにしたわけだ。
「それじゃあ、僕達は――仕事も控えめにしてみんなで様子を見せてもらおうか」
「そうですわね。わたくしも気になります」
アルバートの言葉にオフィーリアが同意する。俺達としても審査会の様子は気になるしな。
というわけで準備したお茶と焼き菓子を楽しみつつ、みんなでのんびりしながらタルコット達の様子を見せてもらうことにした。
道中はタルコット達も談笑しながら肩の力を抜くところは抜いていて、メンタル面での問題はなさそうだ。
やがてタルコット達を乗せた馬車が中央区の魔法技師協会の建物に到着する。結構大きな建物で、馬車も何台か停めてあるな。
『お、大きい建物ね』
と、少しシンディーが気後れしたように言うが。
『大丈夫だ。俺もいる』
タルコットはシンディーを安心させるように軽く笑って言った。シンディーも少し微笑んで頷くと、協力者達の二人と共に建物へと入っていく。
『お待ちしていました。審査を受ける方々でしょうか?』
『はい。ブライトウェルト工房から来ました。審査を受けるのは私達二人で、こちらは魔道具を装着して実演してくれる協力者のお二人です』
『よろしくお願いします』
建物に入ると受付役が迎えてくれる。挨拶をすると受付は穏やかに応じる。
『お話は伺っております。今回は他にも2件の申請がありまして、その方々の審査も行われておりますので、もうしばらく控室にてお待ち下さい。推薦状に関しては順番が回ってきた時にお願いします』
というわけだ。魔法技師協会の審査は申請があった際、少し間を置いて日時を決めて行う。希望者は決して数は多くないが、こうして直近に他の正式な魔法技師希望者がいるのなら審査会は同じ日に纏めてという形になるわけだ。
そんなわけでタルコット達は控室に移動し、順番が来るのを待つ。気持ちを落ち着かせるために深呼吸したり、水筒に入っているハーブティーを口にしたりしていた。
「あのお茶は心を落ち着けて集中力を高める効果があるものだから、役に立ってくれるといいわね」
ローズマリーが言う。水筒に入っているハーブティーはローズマリーが何種類かのハーブをブレンドしてくれたもので、主にリラックス効果と集中力の向上に効果があるものだな。
『良い香りだわ』
シンディーはハーブティーの香りに表情を緩めているな。そんなシンディーの様子にタルコットも安心したように穏やかな表情を浮かべている。審査会を控えつつ、二人のコンディションは良さそうだ。
やがて控室のタルコット達に声がかけられる。一同頷き合って審査会の会場へと向かう。
ヴェルドガル王国の魔法技師の先達。各ギルドの代表、役人が審査官だな。
『まずは自己紹介と推薦状の提出からですね』
初老の魔法技師が言う。モノクルを付けた品の良さそうな人物だ。
「ああ。今回の魔法技師の審査官担当はスチュアート師なんだね」
「知り合い?」
「うん。僕の師匠の兄弟子でね。魔法技師の修行中に、常日頃丁寧な仕事をするように心がければ実力と信頼は後からついてくるから頑張りなさい、同門として期待しているって薫陶と激励をね」
アルバートが笑顔を見せる。なるほどね。
その方針はアルバートの今の姿勢にも通じるものがあるな。スチュアート師にすると、タルコットとシンディーはアルバートが指導した魔法技師であるから、同門の審査をするということになるわけだ。そうした話からするときちんと正当な評価を下してくれそうな人物という印象である。
冒険者ギルドの担当も、ギルド職員として見知っている人物だ。まあ、この辺は知り合いでもおかしくはないとは思っていたが。
タルコットとシンディーは推薦状を提出し、それから協力者の二人も紹介する。審査官達もそれぞれ肩書きと名を名乗り、推薦状を読み上げてからいよいよ審査会が始まった。
「では、まずは魔道具の提出と説明を」
「はい」
というわけでタルコットとシンディーは協力者の二人を見て頷き、二人もまた前に出て、自身の義手を見せる。
「今回審査会に提出するのは、義手の魔道具になります。まず、私が彼の魔道具を手がけました」
「そして、私が彼の魔道具を担当しました。同じ義手という区分ではありますが、それぞれの職業に応じて、より適したものとなるよう調整を施しました」
「同じ工房に所属というのもありますが、比較して違いを分かりやすいものとするために、共に審査会に望んだ次第です」
という、タルコットとシンディーの説明を交えながら、魔道具の役割や性能の具体的な実演に移っていくのであった。