番外1940 提出を控え
「次があるなら、遠隔からあいつを倒す手段や、その能力から身を守る手段は色々考えていた。こっちは解決したけれどあちらで俺達が干渉する時は、まだ健在なはずだからね」
その言葉にみんなと共にカルディアもこくこくと頷いている。イシュトルムが迷宮に攻めてきた際、カルディアもあいつの姿を見ているんだったな。脅威は分かっているようだ。
「まず、あいつが動き出す前に、どこに潜伏して分体を操っていたのかが不明だから、自分達から奇襲を仕掛けることができない。これは中々厄介で、分体を倒す者が現れたとしても、その相手に対して予備知識を持ってもう一度仕掛けてきたり、仮に勝敗がどうでもいいと考えているなら、他の場所で死睡の王が出現する可能性がある」
だから、本当は分体と戦うこと自体が不利益でしかないのだ。人命に犠牲が出るわ、余計な情報も奪われてしまうわで良い事がない。
だが、封印術や呪法のように、本体まで届かせることのできる術があるならば話は変わってくる。
しかも、あちらの世界には前衛として分体と戦える母さんがいて、支援役がメタを張れるからな。攻撃と防御の両面を完璧に仕上げてその日に臨めるようにしたい。
まず、攻めの面では能力の根幹の封印と、魂の破壊と消滅による一撃必殺。
守りの面ではあいつの能力を理解した上での防御と、攻撃を受けてしまった場合の治療という形になる。
そこで問題になるのが……分体と接触する時の俺が、まだ小さいことだな。
効率化された術式をウロボロスに封入し、ウロボロスに宿した魔力と母さんの術への上乗せやサポートを行う形で倒せるようにするわけだ。
俺がやったような封印術への追記ならば……そうだな。問題なく可能か。更に、死睡の王の被害者に対して後から治療ができるように、母さんが扱いやすい形の術式を組んで、ウロボロスと並行世界の俺を通して伝達する、というのが良いだろう。
「――というわけで、一緒に術を開発したり、みんなで対策案を話し合ったりしたいかな」
「それは……良いわね。楽しそうだわ」
それらを説明すると、母さんがそう言ってみんなも頷く。襲撃してくる状況は並行世界でもこちらでも同じだ。だから、後からこうだったという情報を追えば対応もより良いものになるだろう。俺だけでなく、みんなの視点からも意見を出してもらえれば、その対応も寄り細やかなものになるはずだ。
まあ……その後のリカバリーに関しては死睡の王対策を完璧にしてからの話ではあるが。
と……月光神殿の奥に到着する。まずは神殿内部に異常がないかを確認。
石化したベリスティオの器も清浄な魔力を放っていて……満ちている清浄な魔力はかなりのものだ。これはカルディアが何か干渉したというわけではなく、解呪されたことでベリスティオの器も性質が変化したということなのだろう。
一通り見て回ったが特に問題はなさそうだ。
神殿の魔力を吸収させているウロボロス用の素材の状態を確かめていく。これについては月光神殿内部に祭壇を作りそこに安置することで仕上がる速度とクオリティを高めているわけだ。
「どうかしら?」
「良いね。順調に仕上がってきてると思う」
「凄い力を感じるわね。素材単品だけでも相当なものを作れそうな品々になっているわ……」
クラウディアの質問に答えるとローズマリーも魔力を感じ取るように軽く手を翳して言った。みんなも……興味津々といった様子で覗き込んできているな。
不死鳥の羽などの、元々貴重な素材が更に強化中だからな。まあ、ここまでの素材を使うのだ。もう少し時間はかかるが、二代目のウロボロスはきっちり仕上げていくとしよう。
そうして俺達は月光神殿を見て回ってからその場を後にしたのであった。
並行世界用のウロボロスや干渉ゲートの為のリソース、実際に干渉した後の手順やイシュトルム対策。倒した後に予想される被害とリカバリー。
そうした話を練りながらも日々は過ぎていった。
タルコットとシンディーの、提出用義肢構築も進み、協力してくれる元冒険者と元職人の二人と顔を合わせることとなった。
義肢は一般用を想定しているのでサイズの調整ができるようになっているが、まあ実際に装着してもらうにあたり、事前に顔を合わせたり採寸しておいたりといったことはやっておいた方が良い。
そんなわけで、紹介してくれるアウリアやゴドロフ親方と共に協力者の二人が工房にやってきたのであった。
「おはようございます」
「うむ。良い日じゃな!」
「おはよう。紹介するのはこの二人だな」
アウリアが笑顔で挨拶しゴドロフ親方も後ろに控えていた二人を前に出してくれる。
「今日はよろしくお願いします」
そう言って一礼する二人である。冒険者の方は若い男性。職人の方はドワーフだな。
「二人とも、仕事中の怪我が元でのう」
「まあ、仕事と言っても大分状況が違うようだが」
と、アウリアとゴドロフ親方。冒険者の方は護衛の仕事中に魔物に襲われて手傷を負い、依頼者を逃がすために処置が遅れたから。職人の方は炉が破損して、その際咄嗟に同僚を庇ったために、ということらしい。
その話を聞くと仕事への責任感や人の良さが垣間見えるな。紹介してくるのも分かる気がする。
「義肢を担当させていただきます。タルコットと申します」
「シンディーです。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
タルコットとシンディーが二人と挨拶を交わし、そうして早速採寸を始める。
体格によって重心の位置も調整しないといけないしな。装着して全く違和感がないのが理想ではあるが。
接触部には緩衝材も挟んで使用者の負担にならないようにしたり、軽量化の刻印を部分ごとに刻んだり、結構細やかに調整しているのだ。まあ、迷宮核や仮想空間を活用してこういう場合はこうしたら違和感が少なくなるというようなデータ収集もしている。ある程度はノウハウが集積できているので、調整自体はそこまで手間取らないはずだ。
「――っと。今度はどうでしょうか?」
採寸を終えて、タルコットとシンディーは二人の装着した義肢の微調整に入っていた。ノウハウの蓄積があるといっても個々人の感覚や好みもあるからな。
「良い……と思います。久しぶりなのでまだ慣れていない部分はありますが」
「凄いものですね……本当に動くし、触れている感覚まである。これで汎用型とは……」
義肢を装着した二人は感動しているようだ。
微調整も終わったということで、使用感を確かめていく。
二人とも愛用してきた道具をそれぞれ持ち込んでいるようだな。冒険者の方は戦斧。職人の方は様々な工具類だ。
工房ではそれぞれ活用するための用意がある。戦闘用魔道具を試験するための的や鎧を着せた木人だとか、鍛冶仕事のための作業台だとか。
「では――」
冒険者は戦斧を構えると闘気を込めて木人と向かい合う。木人には比較的薄手ではあるが金属鎧を着せてあるな。
一瞬の間をおいて、踏み込みと共に戦斧が振るわれる。肩口から脇腹へ。あっさりと抜けて木人が鎧ごと断ち切られた。
「凄いな……これは。以前の感覚で振るったが、案外上手くいくもんだ……」
と、両断した方が驚きの表情だ。
「いや、闘気を用いた技の冴えがかなりのものですね」
「戦いは無理でもできることは多い方が良いと身体は鍛えていましたので。まあ、衰えていなくて良かった」
そう苦笑する冒険者である。
職人の方はといえば鍛冶を始め、金属加工は一通り行えるそうで。今回は微細な力加減ができるか試すということで、大きく凹んだ鉄の盾をハンマーで叩いて形を整えていった。
「良いなこれは。手ごたえがあるから、微妙な加減ができる。生身とは全く違いがないとは言わんが、道具を新調したようなもんだ。これ自体に慣れていきゃあ十分仕事ができるだろう」
ドワーフの職人は叩きながらにかっとした笑みを浮かべていた。
違いについて細かく聞いてみると、素材が生身とは違うから叩いた時の衝撃の伝わり方に違いがある、とのことだ。他にも細かな装飾の加工を行って動きの精密性を確かめて頷いていたりと、好感触な印象だな。
協会への提出は明日。二人も一緒に向かって武芸や細工の仕事等を実演し、使用した感想を聞かせるということだ。タルコットとシンディーも正式に認められると良いな。