番外1937 浮遊盾の使い方は
浮遊盾の訓練と食材や素材回収を兼ねて、サティレスとルドヴィアを迷宮に連れて行き、迷宮魔物との戦いを行った。
「それじゃあ――始めようか」
そう言うとサティレスとルドヴィアが頷く。
サティレスは管理者側ではあるが一時的に迷宮魔物の攻撃対象となる設定だ。迷宮の役割的にも訓練と管理者の負の感情解消というものがあるので、そうした事ができるわけだな。逆に管理者側の人員が一時的に任意の者を攻撃対象から除外する、ということもできる。いずれも迷宮の機能が平常であればという前提ではあるが。
訓練場所に選んだのは樹氷の森だ。ゴーレムメダルを回収することができるし、鹿肉やマンモス肉を回収もできるので素材と食材のバランスが良い。加えて言うなら中々難易度が高いので二人の実力でもきちんと訓練になるというのもある。
遮蔽物が多い場所、ある程度開けた場所がそれぞれあって、ルドヴィアの強みを活かせる場合と強みが出せない場合の双方を想定した訓練もできるというわけだ。
「では――行きます」
まずはサティレスが迷宮魔物達と相対するためにセーフティーゾーンから出る。少し後ろから俺達もついていく形だ。
雪の積もった森を進んでいけば――木立の向こうからスノーゴーレム……雪だるまの群れが現れる。
サティレスは速度を落とすことなく無造作に歩みを進めた。それに対して――スノーゴーレム達が口から氷の礫が混ざった冷気を吹き付ける。集団で吐きかけるそれは、氷のブレスどころか、殺傷力を伴う吹雪だ。
しかし意に介さない。サティレスは一瞬たりとて歩みを止めることはない。吹雪に飲み込まれるように見えた、その瞬間に。浮遊盾が前面に移動してそれを止めていた。
吹雪を受け止めながらも浮遊盾は揺るがない。氷の礫を弾き散らし、微妙な傾斜が冷気の大半を後方に拡散して流してしまう。その後ろにいるサティレスに痛痒を与えることはなく、歩みと共に吹雪の只中を突き進んでくる。
遠距離戦では埒が明かないと判断したのか、スノーゴーレム達の動きが変わる。両手に氷の剣や棍棒を展開すると左右に分散し、飛び跳ねながらサティレスに向かって突撃する。
盾を迂回して二方向から殺到するスノーゴーレム達が踊りかかってくるが――当たらない。踊るように身を翻し、避ける避ける。腕を振るえば踊りかかろうとしていたスノーゴーレムが突然吹っ飛ばされた。
それでもスノーゴーレム達は数を頼みにしている。体術だけで捌き切れるものではない。しかし、当たりそうになった瞬間、身体ごと光と共にサティレスの位置がぶれるような動きを見せた。寸前までサティレスのいた空間を氷の刃が薙ぐが、そこにはいない。カウンターとばかりに離れた位置から腕を振り降ろせば、スノーゴーレムが上から下へと叩き潰される。
「上手いな……。それに、恐ろしい組み合わせだ」
それを見て、ルドヴィアが零す。
サティレスは――途中から歩を進めていない。距離を取ったままそこにあると見せかける自身の姿の幻影と、そこには何も無いと思わせる風景の幻影を同時に、広域展開しているのだ。
見えているサティレスを狙っても決して攻撃を当てることはできない。浮遊盾は複数枚あるから、後は幻影の身振り手振りに合わせ、不可視にした盾で叩き潰していくだけだ。
加えて、本体の幻影の回避が追い付かないような攻撃を受けそうな場合は、転移したように見せかけている。
攻撃は決して当たる事なく、逆に正体の掴めない攻撃を受けることとなるわけだ。
強烈な暗示や魔力弾がサティレスの攻撃手段だが、物理的な遠隔攻撃手段があるというのは大きいな。
浮遊盾は魔力を帯びたアダマンタイトの塊。シールドバッシュもスノーゴーレムが叩き潰されるほどの威力というのが分かる。
スノーゴーレム達はたじろぐようにのけぞるも、退くことはない。サティレスの不可視の盾を、その身振りに合わせて回避しようとするが、それは振り下ろされる盾を見てのものではないのだ。
仮に運よく回避に成功したとしても、その後に続くシールドバッシュにも気付けない。
幻影のサティレスもフェイントをかけていると言わんばかりに身振りと攻撃のタイミングをずらしているように見せかけ――回避行動の後に空いた腕を振って逆方向から浮遊盾を叩きつけていた。
結局その技が幻影であると見切ることはできず、最初に襲ってきたスノーゴーレムの一団は程無くしてサティレスの手によって全滅させられたのであった。
一つ、二つ、三つ。木立の向こうへと魔力の弾が飛ぶ。木々の隙間を通すように放たれたそれは、寸分違わず移動中のプリズムディアーに横合いから次々と突き刺さる。
弾速と移動のタイムラグを計算に入れた上での偏差射撃だ。ルドヴィア当人は計算ではなく直感や感覚と言っていたが……まあ、それを含めてこういう能力に秀でているのだろう。元々氏族としても覚醒手前というぐらいの実力だし、氏族達は覚醒能力を十全に扱うために尖ってくる部分があるからな。
「次は私の番ですね」
ルドヴィアはそう言ってサティレスに代わって前に出ると、専用浮遊盾に組み込まれた機能を使って迷宮を進みながらも索敵を始めた。そこに引っかかったのが木立を抜けた先にいた鹿の魔物――プリズムディアー達というわけだ。
予期せぬところに攻撃を叩き込まれたプリズムディアーの群れは怒りの咆哮を上げて木立の中を突っ切ってくる。発光する角からお返しとばかりに光弾を放ってくるが、これはルドヴィアの姿を明確に捉えてのものではない。3発撃った後には既にルドヴィアはそこから身を屈めて移動している。
しかも浮遊盾の一枚を逆方向に飛ばして移動方向を誤認させている徹底ぶりだ。人影がそちらに逃げたと思わせるには十分。その囮にした浮遊盾も、途中で木の陰になって視線が途切れたところで木の幹に沿うように上空に飛ばし、視界に入りにくい高度から自分の方に戻って来させる。
プリズムディアー達が最初の狙撃点に到達しようとするその寸前に。また光弾が横合いから群れを貫く。凄まじい命中精度だ。またも不意打ちを食らったプリズムディアー達は咆哮を上げるも、今度は真っ直ぐには向かわない。左右に広がるように展開して動いている。これならば距離があっても見逃すことはないという判断だろう。
それに対してルドヴィアは――。
ああ。この発想はなかったな。スナイパーだから捕捉されるまで狙撃点を変えながら攻撃し続けると思っていたのだが。
ルドヴィアは浮遊盾に乗るとそのまま森の上部へと上がっていく。足元の防御は文字通りに盾があるから、高所から狙い撃つ構えなのだろう。浮遊盾であるから、機動力も確保できている。仮に足元に潜られても浮遊盾そのもので視界の確保ができるから、射撃の正確性に難がでるわけではないのだ。
「そこだな……」
高所からの正確無比な射撃がプリズムディアー達を捉えていく。上から狙い撃たれていることを悟った魔物達は木々を盾にしながら接近しようとするが、他の浮遊盾が別の角度からのスポッターになっているのだ。
盾に乗って回り込みながらも射線が通った瞬間に高速弾を放って撃ち抜いていく。プリズムディアー達も木立を蹴って移動する事で回避しようとはしているが、逃れる事ができない。跳躍という移動法のがルドヴィアに対して相性が悪いというのはあるが。
「凄いですね、お二人とも」
その戦いの様子にエレナが目を瞬かせている。みんなも見入っているようだ。
「浮遊盾の使い方がそれぞれ違うけど、現時点で想像以上に使いこなしてるね」
実戦でも十分以上に通用するな。強度の面も、サティレスが吹雪を正面から受け止めて傷一つないし、今も放たれるプリズムディアーの光弾を浮遊盾が弾き散らしている。
そうして――プリズムディアーの群れも、ルドヴィアに接触する前に残らず撃ち抜かれてしまったのであった。