番外1936 浮遊盾と子供達
ミシェルとも会って報告書や資料を受け取った後は、ノーブルリーフ農法や稲作に協力してもらっている面々の様子を見に行かせてもらった。
と言っても、冬に入ったという事もあって、今年の農作業は一段落している。ノーブルリーフ達も越冬のためにミシェルのところに帰ってきているのだが、領民達に会いに行くという話が出ると自分達も会いに行きたいと主張してきた。
そんなわけで、浮遊植木鉢で一緒に挨拶に向かったわけだ。
「寒くはないかしら?」
ローズマリーがそう尋ねるとノーブルリーフ達は葉を横に振って大丈夫、と応じる。そんな反応にローズマリーも羽扇の向こうで少し笑って頷く。
植木鉢に刻印術式も施して寒さ対策も万全にしてきたからな。ノーブルリーフ達は好調そうだ。人と接する機会も増えたからか、身振り手振りで自分の意思を伝えるというのも得意になっているのが窺える。
そうして協力してくれている農民達のところに顔を出してみたが、みんな嬉しそうに歓迎してくれた。ノーブルリーフ達もそれぞれお世話になっている農民に葉で握手をしたりハグをしに行ったりと反応はそれぞれだが、仲は良さそうだ。
「あっしらとしちゃ大助かりでさぁ。出来上がりが増える上に、虫も自分達で食べてくれますからね」
「本当。今後もこの子達と一緒に仕事ができるようになれば、色々安心ですねぇ」
と、そんな風に感想を聞かせてくれる夫婦である。現在は収入を保証しつつ試験的にノーブルリーフ農法や水田での稲作をしてもらっているという段階ではあるが、彼らとしては好感触でこれからに期待している様子だ。
安全性、生産性共に問題は見受けられない。計画としては彼らにそのままノーブルリーフ農法を任せ、作物を流通させて世間一般に広めてノーブルリーフ農法を推奨し、関わってくれる人を増やしていく、という形になるな。
まあ、上手く進むようにしっかりと関係各所に話を通して調整していこう。
他にも冒険者ギルドや魔力送信塔に顔を出し、近況を聞いたりもした。蟻の魔物の大発生もあったしな。以来駆除や巡回もしっかりと進めているので魔力溜まりでの危険な兆候等は報告されていない。
とはいえ、主や大物の代替わり等が起こると割合流動的に状況に変化が生じるのが魔力溜まりだから、そこは油断しない方向でいきたい。
凶暴化が著しい魔物の出現はまあ仕方がないとして……普段から駆除を進めていると魔物達も人間の縄張りと認識して大きな魔物の渡りに際しても人里側に逃げてくる数が少なくなる。密度が低くなれば分布のコントロールもできるからな。今後も冒険者達や巡回の兵士達には頑張って欲しいところだ。
非常事態に際してシルン伯爵領と送信塔の双方から緊急連絡できる体制も構築しているので、滅多なことにはなるまい。
そんな調子でシルン伯爵領直轄地とその近郊の巡回と見学を終えて――それから一泊して先代シルン男爵の墓参りにも赴いた。
エリオットとカミラも合流しての墓参りだ。先日まで領地内でオーガの目撃情報があったということで、冒険者や騎士団と共にその調査や対応に赴いていたそうだ。
オーガ自体は図体が大きいということもあり、サフィールと上空から捜索することで発見し、退治することができたそうだ。オーガが魔力溜まりや周辺の魔物への影響を与えることも考えられたために、その追跡調査もしてと……それが終わって戻ってきたのが昨日のことであるという。
「危険な兆候があるようでしたら、手伝いますので連絡をして下さいね」
何分フォレスタニアはその辺の気苦労がないからな。義兄の力になるぐらいはお安い御用だ。
「ありがとうございます。大規模な渡り等の兆候があれば、近隣への警告の意味合いも込めて連絡を取るようにしましょう」
そう言って笑うエリオットである。オーガ自体は然程手間取らなかったという話だ。ただ、追跡調査はどうしても時間がかかってしまう。
まあ、戦力面で言うなら、エリオット自身や彼が鍛えている武官達なら間違いないだろうという安心感はあるかな。
「オルトランド伯爵領の方々達も安心ですね」
「前任者としても嬉しく思っているわ」
「身が引き締まる思いでおりますよ」
嬉しそうなアシュレイの言葉に目を閉じながらも頷くステファニア。エリオットが朗らかな表情ながらも姿勢を正して応じる。
話をしながらも墓所へ向かい、みんなでシルン伯爵家の墓所に献花してから黙祷を捧げた。
アシュレイやエリオット、カミラ、ケンネルやミシェル達……シルン伯爵領の人々が平和に暮らしていけるように、俺も力を尽くすと……そう祈りの中に想いを込める。
そのアシュレイも……静かに目を閉じ、胸の前で手を組んで墓所に黙祷を捧げていた。
母さんも共にいるから、死者への冥福を祈る想いも力が増すのだろう。周囲の魔力が高まって、場の雰囲気が温かなものとなる。きっと、冥府にいる先代シルン男爵夫妻にも届いているはずだ。
そうして――冬の帰郷と墓参りを終えて、俺達はフォレスタニアに帰ってきた。
帰還してから数日。執務や工房の仕事に戻っている。
工房の仕事としてはタルコットとシンディーが提出する魔道具作りもあるけれど、あれは二人の課題だ。それとは別に平常の魔道具作りもあるのだが、そちらは今、アルバートがはりきってくれている。細工等はビオラ達が手分けして平常の魔道具と提出用の魔道具を手掛けてくれているな。
その中で……前から進めていたサティレスやルドヴィアの装備――浮遊盾の方も仕上がってきている。
所有者が気付いていない危険が迫った際も自動防御が可能、すり抜けられても反射呪法という防具だが、直接操作も可能であるため、使いようによっては武器にも補助にもなるだろう。マルレーンのソーサーと同様の技術を組み込み、サティレスとルドヴィアそれぞれ合わせたカスタマイズをしている。
サティレスの盾は光学迷彩仕様で本体の幻惑に合わせて不可視にできて、風魔法系の術式も組み込んであるので音、温度、匂い等による探知手段を阻害する事も可能だ。
ルドヴィアの盾は五感リンク型の目を仕込んで自律して敵を探せるという……半ゴーレム型だ。そこからライフディテクションや温度感知、魔力反応感知、光学によるズーム機能を有し、狙撃手であるルドヴィアが単独でスナイパーとスポッターを兼ねられるという寸法である。
「思った以上に使いやすくて良いですね、これは」
「人を乗せて軽く運べるぐらいの力があるのか」
サティレスとルドヴィアはフォレスタニア城の中庭で浮遊盾の使い勝手や機能を確かめ、笑顔を見せたり頷いたりしていた。
サティレスは迷彩のオンオフをしながら高速で飛ばして操作精度を確かめ、ルドヴィアはザンドリウスを始めとしたルドヴィア氏族の子供達数人を浮遊盾に乗せてそのパワーを確かめているな。シールドバッシュも想定しているから、その辺はかなり出力があったりする。強度、重量も十分だ。流石のアダマンタイト製である。
「おお……」
ザンドリウスは浮遊盾に乗せてもらいながら声を上げ、氏族の子供達は楽しそうに笑い声を響かせていた。そんな氏族の子供達の様子にルドヴィアは目を細めるとそのままの状態で温度感知やライフディテクションといった機能を確かめていく。
まあ……しっかりと習熟してもらえれば、といったところだ。本当は出番がないのが一番ではあるけれど、いざという時に備えて訓練しておくのは大事なことだからな。