番外1935 追跡調査
時間をかけて黙祷を行い……それから母さんの家に戻ってきた。一緒に来ていた面々に、今回は母さんの家でお茶や食事はどうかと誘い――それをみんなも受けて、のんびりとした時間を過ごさせてもらった。
流石に人数が多いのでみんなで家の中で過ごすとまではいかないものの、家の前に風魔法や火魔法による防風や暖房を行い、そこでみんなで食事をとったりといった具合だ。
カーター達には母さんの家の中を案内したりもしたが。
「これが聖女様のお家……」
「すごい……!」
子供達は家の中を見回して目を瞬かせ、感動の声を漏らしていた。そんな子供達の様子に、グレイスや母さん、フローリアも微笑ましそうな表情を向けて。
カーター達にフローリアがイチジクを振舞ったり、母さんが焼き菓子を作ったり。家の前に簡易の竈を作り、皆で料理をしてから賑やかな食卓を囲んだり、歌を歌ったり……。
俺達はそんな賑やかな時間を過ごさせてもらったのであった。
そうして、そのまま二日程母さんの家に滞在し、転移門を経由してシルン伯爵領にも顔を出す。先代のシルン男爵の墓参りをし、こちらでも一泊してから帰還する予定だ。
「そんなわけで――ガートナー伯爵領も前よりは明るい雰囲気でした」
「それは……何よりですな」
アシュレイがガートナー伯爵領での出来事や雰囲気について話をすると、ケンネルが穏やかに目を細める。
「それから、ハロルドさんとシンシアさんが森でのお仕事中に冒険者の方々に会って親切にして下さったと言っていましたよ。シルン伯爵領とガートナー伯爵領間を行き来している冒険者は多いですから、良い傾向ですね」
アシュレイが嬉しそうに報告する。魔力溜まりがあるのは二つの領地を繋ぐ街道に近い森の中だ。この近辺で仕事を受けるとなれば、冒険者達はシルン伯爵領とガートナー伯爵領の間を移動しながら採取や魔物退治の依頼をこなすというのも珍しくない。
父さんもガートナー伯爵領側にやってくる冒険者の質が良くなっていると、そう零していたからな。ケンネルやベリーネの働きかけがきちんと結果を出しているという事だろう。
明るく語るアシュレイに、ケンネルもうんうんと目を細めて相槌を打っており、朗らかに対応していた。
変わったというのなら、ケンネルもだろうか。
出会った時は色々と張り詰めていた気がするが、アシュレイの事やエリオットの事もあって、今はアシュレイを見守る良いお爺さんといった雰囲気だ。
シルン伯爵領はアシュレイが執務を行うようになっているから、ケンネルの負担が減っているというのもある。
そんなケンネルにも顔を合わせた時は循環錬気による補強と診断を行っているが……まあ、大きな不調もなく健康そうで良かった。循環錬気を行った最初の頃はまだ書類に目を通したり書き物をしたりといった仕事も抱えていたので、目の疲れや肩こり等もあったようだ。後は腰を少し痛めていたようではあるが。
「お陰様で腰痛が治りましたぞ!」
循環錬気で活性化した上でアシュレイから治癒魔法を施された際は……ここ数年の悩みから解放されてそんな調子でかなりテンションが高かったケンネルである。
ともあれ、明るい雰囲気になっているのはガートナー伯爵領だけではない。シルン伯爵領もアシュレイの継承と領地経営がうまくいっているという事もあって、領民達の不安も解消されて雰囲気が良いとのことだ。
そんなわけで、シルン伯爵家で少しのんびりした後、ミシェル達に会うのも兼ねて、軽く直轄地の視察に出かけることとなった。
視察とは言っているが、馬車に乗って直轄地とその近郊を巡るぐらいの軽いものではあるが。
馬車に乗って出発すれば――話に出ていた通り、シルン伯爵領も明るい雰囲気だ。領民達が一礼したり手を振って歓迎してくれたりと、アシュレイが領主として慕われているのがよくわかる。
「あの木彫りのお店も繁盛していそうですね」
エレナは通りを眺めて楽しそうな様子だ。シルン伯爵領には木彫りの民芸品を売っている店があるのだが……順調にラインナップが増えているな。
それを買い求めに、冒険者達や旅人が店内を眺めて談笑しているのが見える。
木彫りのベリルモール……コルリスを模った木彫りを売っていたのが最初だが、それも少し変化して大小ペアの木彫りになっている。これはコルリスとアンバーだろうな。今にも飛び掛かりそうな姿をしているラヴィーネ。翼を広げた躍動感のあるリンドブルム。立ち上がったオルトナと、それに向き合うノーブルリーフ。改造ティアーズ達やシリウス号……まあ色々だ。技術力も前より向上しているように見受けられる。
使い魔や乗り物なら問題ないし、不当に貶めようというネガティブな意図がないならやってもらって構わないという通達もしている。まあ、あくまでフォレスタニア家とシルン伯爵家周辺の話だ。他の貴族家や国々に絡んだものはやらない方が無難だろう。
店主は接客をしていたが、通りにやってきたシルン伯爵家の馬車に気が付いたようで、こちらに良い笑顔で深々とお辞儀をしていた。客もそれに倣ってお辞儀をしてくる。繁盛しているようで結構なことだ。
車窓から手を振って、そのまま直轄地の街中を見て回る。巡回している兵士達の練度や、領民達との関係。通りを歩いている人達の内訳やその様子。それらを見ながら進んでいくが……まあ、諸々良好なようである。駆けていく子供達に兵士達が「転ばないように気を付けてな」と声をかけ、子供達もそれに笑って応じるといった具合だ。
そのままゆっくりとあちこち見て回り、ミシェルのところに顔を出す。
「これは境界公。よくいらっしゃいました」
ミシェルが笑顔で迎えると、オルトナも先ほどの木彫りよろしく後足で立ち上がってぺこりとお辞儀をしてくる。ノーブルリーフ達もそれに続くようにお辞儀をしたり葉を振ったりといった挨拶をしてきた。
「こんにちは」
「ふふ。みんな元気そうで良かった」
冬場だが温室内のノーブルリーフ達は元気だな。アシュレイも領主の仕事の傍らミシェルのところに足を運んでいる。アシュレイが姿を見せると、歓迎するように葉っぱを差し伸べていた。アシュレイとミシェルは大分ノーブルリーフ達から懐かれているな。
青々と茂って瑞々しいというか、ライフディテクションを使わずとも調子が良さそうなのが分かる。
「お陰様でこの子達も冬でも元気ですよ。これが最近の観察結果と報告書です」
ノーブルリーフ農法で収穫した作物に関する追跡資料と、それをまとめた報告書を見せてくれるミシェルである。
目を通してみると、作った作物や食用部分以外のところを家畜の飼料にしたり、田畑のすき込みに使ったりといった試験と、その影響に関して中長期的に追った内容だった。
作物の増大量や収穫までの速度も前に報告を受けていて、その辺は安定しているからこちらの追跡調査が本格化しているわけだ。
まあ……ノーブルリーフ農法で収穫した品々は成分等も迷宮核で調べて安全性に問題がないことは確認しているけれど。
「資料を見る限り、健康面では悪いどころか良い影響がありそうだね」
「そうですね。協力してくれている方々と実験してみましたが、飼い葉も通常のものと比較して食いつきが違いました。牛や馬も生育や調子が良いようです。これは飼料の味が良いからか、栄養が豊富なのを感じ取っているからなのか判断に迷うところはありますが……両方なのかなと」
「作物部分も美味しいですからね。飼い葉の味も良いのかも知れません」
そうだな。すき込みに使った田畑で更にノーブルリーフ農法を行った場合、等……更なる追跡調査も可能な余地はあるが、この調子なら計画を前に進めていって問題はなさそうだ。
作物の評判が良ければノーブルリーフ農法も広まっていくだろう。