番外1934 胸の奥に
それから――みんなと一緒にのんびり風呂に入らせてもらったり……風呂から上がった後、ハロルドやシンシアも交えて子供達をあやしたりといった時間を過ごさせてもらう。
シーラからヴィオレーネを腕に抱かせてもらったシンシアは、ハロルドと共に肉球にそっと触れてその感触が心地良かったのかにこにことしていた。
「うー……可愛いです」
「本当可愛いなあ……。こんな小さいのに結構握ってくる力が強いんですね」
シンシアの感想にハロルドも驚いた後で表情を綻ばせている。そうだな。握り返してくる時の意外な力の強さに親としては嬉しくなってしまうものだったりする。ちょっとずつその力も強くなっていたりするので、成長も実感できるのだ。
マルレーンも腕に抱いたアイオルトに頬を寄せてにこにこしていたりして。
「ん。そろそろ眠そう」
目蓋の重くなっているエーデルワイスに、あやしていたシーラが耳と尻尾を反応させながら言う。
「ふふ。それじゃあ、おやすみの時間かしらね」
「そうね。寝室に連れて行きましょうか」
ステファニアが小声で言うと、それをきっかけにしたようにクラウディアも小声で応じる。子供達を寝台に運んで毛布をかけて、そっと寝かしつけていく。
普段は循環錬気等も使って寝かしつけているからな。大体いつも同じ時間に子供達も眠くなることが多い。そんなわけでそっと手に触れて循環錬気を用いたり、ぼんやりとした光の粒を浮遊させたりしてあやしていると、やがて子供達はみんな寝息を立て始めた。
「……眠ったみたいだね」
「ふふ……おやすみなさい」
子供達にかけた毛布にぽんぽんと軽く触れて子供達をベビーシッター型改造ティアーズに見てもらいながら、寝室を一旦離れる。
「それじゃあ、僕達も眠ろうと思います」
「おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
ハロルド達ともそんなやり取りを交わし……それからみんなで寝室に移動し、ゆっくりと寛がせてもらって母さんの家での一夜が明けたのであった。
明くる日の早朝はちらほらと雪が舞って冷え込んでいたが、起きてからしばらくすると晴れ間も覗いて、朝食を済ませた頃合いにはしっかりと日も当たるようになっていた。
夜に振った雪も大したことはなかったので、墓参りに支障はあるまい。
準備を済ませてゆっくりとお茶を飲みながら雑談していると、家の前に父さん達を乗せた馬車の車列がやってくる。
父さん、ダリル、キャスリン。今年の墓参りはキャスリンも一緒だ。領民達も同行しているな。
キャスリンとしては「わたくしが……一緒にリサ様の墓参りに行っても大丈夫でしょうか……」とまだ墓参りに遠慮しているところがあるようだが、そこは母さんからのお墨付きだ。
「私に向けられる感情には後悔等があるようだもの。お墓参りでそういう想いが和らぐなら、きっと意味のあることだと思うわ」
そう母さんは言っていた。だから……一緒にどうかと父さんに俺から提案してみたのだ。父さんも「話をしてみる」と応じ、そうしてキャスリンも同行する形となったわけだ。
少なくとも……母さんはキャスリンのことを許している。それは伝わってくる気持ちを感じ取れるから、という部分があるのだろう。
俺の場合……キャスリンについては許す、許さないというよりも、どうでもいいと切り捨てていた対象だった。だけれど、身を挺して父さんを守ろうとしたのを見た今は……キャスリンも過去を過去として受け止めて、前に進んで欲しいと思っている。
「おはようございます」
「おはよう」
と、朝の挨拶を交わす。領民の子供達……カーター達も元気そうだ。ハロルドやシンシアともカーター達は仲良くしているのか、笑顔で話をしていた。
そんなわけでみんなと共に森の道を歩いて母さんの墓所へと向かう。
雪を薄っすらと被った墓所までの森の道は普段から綺麗にしてあるので、凍ったりはしておらず歩きやすい。木の根等も魔道具を使って丁寧に除けたり土を被せたりしてあって、自然に踏み固められた森の小道に見えて、その実はきっちりと整備されていた。ハロルドとシンシアが普段から色々と気を使ってくれているお陰だな。
俺達が歩いて雪を踏み固めて、後から凍ってしまっては二人の対処が面倒だと思うので、墓所までの道を進みながらも小さなスノーゴーレムを作って端に除けていく。道が割れるように雪がスノーゴーレムになってちょこちょとと走って移動していく感じだ。
「ありがとうございます」
「良いよ。普段綺麗にしてくれてるから、そのお礼みたいなものだし」
ハロルドに笑って答える。
「スノーゴーレムも可愛いですねえ」
そんなゴーレム達の様子にエレナが表情を緩めれば、マルレーンもこくこくと笑顔で首を縦に振る。ハロルドとシンシア、カーター達も楽しそうにそれを眺めているな。子供達の受けは中々に良さそうだ。
冬景色の森の風景を眺めつつ、やがて俺達は墓所に到着する。
他の季節だと視界の開けた場所に花畑が見えるのだが、冬場はそれもない。ここも早朝の降雪で薄っすらと雪を被っているので、まずはその掃除からだ。墓所やその周囲の雪を、母さんの家から持ってきた箒やスコップ等を使って、みんなで手分けして除けていく。
アシュレイを始め、魔法を使える面々も俺と同じようにスノーゴーレムを作り出したり水魔法で雪を除けたりしたから尚更だ。
墓石や墓所周辺も丁寧に雪が除けられ、ハロルドとシンシアは更に墓石への拭き掃除までしっかり行ってくれる。
「二人とも、いつもありがとうございます」
グレイスが二人に言うと「いえいえ」「私達の大事なお仕事ですから」と笑って答える。俺やお祖父さん達、母さんもそんな二人に笑みを向けていた。
そんな調子で和やかな雰囲気の中作業を進めていけば……人数が多いことや雪も新しく降ったばかりということもあり、掃除は程無くして終わった。
何というか、この段階で既に周辺の魔力が活性化しているというか。母さんがみんなの想いを受け取っているのだろう。
領民達は母さんの知り合いでもあるので、マスクを被るだけでなく、変装指輪と同じ魔法を施していたりもするが、にこにことしていて機嫌が良さそうだ。
「この墓所はなんと言いますか……いつ訪れても温かい雰囲気がありますな」
「母も……歓迎してくれているのだと思います」
領民の漏らした言葉にそう返せば……後方で母さんも静かに頷いていた。
それから――みんなで順番に墓所に黙祷を捧げて行く。俺達も父さんや領民達も……みんな花を用意してきてくれている。花を並べて……それから祈りを捧げれば、穏やかな魔力が周囲に広がっていた。
キャスリンや領民達の祈りにも合わせて、冥精としての力が増している。後悔も罪悪感も、まだ拭い切れるものではないだろうが――。
「……何、でしょうか。胸の奥が温かくなったような気がします」
墓所の前でしばらく黙祷を捧げていたキャスリンが顔を上げ、ぽつりと言う。そうだな。俺もそんな温かさは感じている。みんなもなのだろう。
そんなキャスリンを見て頷けば……申し訳なさそうに、それでもふっと微笑んで、それから俺に一礼する。
その温かさというのは、母さんからの返答だろうな。恨んではいない。気持ちは伝わって、許しているという。領民達も黙祷を捧げた後に「本当だ……」「リサ様……」と言葉を漏らしていた。
キャスリンや領民達が黙祷にどんな想いを込めたかまでは分からない。けれど……そんな母さんからの返答はその、胸の奥に灯るような温かさだった。きっと、お互いにとって良いものだったのだろう。
「あの襲撃の爪痕も……少しずつでも癒されていくと良いですね」
俺がそう言うと、その場みんなも遠くを見るようになって頷いていた。ゆっくりとでも良い。もう前を向いている人も、まだ歩きだせない人も。時間と共に傷を癒し、平穏な日常を取り戻して欲しいと、そう思う。
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