番外1932 前へと進んで
「ネシャートから贈り物をもらってね。邪を遠ざけるっていうお守りなんだって」
ダリルから婚約者のネシャート嬢の近況について話を聞きながら、父さんの家の中へと向かう。ネシャートとの関係は良好のようで、そんな風に語るダリルは嬉しそうだ。
お守り――タリスマンも見せてもらったが、金属製の丸い首飾りに文様や青いガラスがはめ込まれていて……んー。これはかなり良いものだな。
ガラス部分に魔石粉が練り込まれており、金属部の刻印術式で魔除けの力を増幅しているのかな? 恐らく許容量を超えた場合、ガラス部分が身代わりになって割れる事で最後まで持ち主を守るという効果があると思われる。
「確かに魔法絡みの品だね。清浄な魔力と術式が宿っていて……実際小さな邪精霊や弱い悪霊なんかの類は近づけないと思う。作りもしっかりしているし、お守りとして良いものなんじゃないかな」
「おー……」
金属部の細工も見事なもので、流石は冶金技術が高いと言われるバハルザードだけのことはある。このタリスマンについてはネシャートからのお返しの品だということだ。
ダリルから迷宮商会に行って破邪の首飾りを購入し、お守りとして贈ったらネシャートからはお返しということでこのタリスマンをもらったらしい。
「破邪の首飾りは魔法や呪法対策。このタリスマンは邪精霊や悪霊等への対策。似ているけど少し系統が違うものね」
ローズマリーが説明すると、ダリルも感心したように頷いていた。
二人が将来結婚した時に補える範囲が増えるので丁度良いとも言えるな。装飾品としても良いもので。タリスマンを眺めて嬉しそうなダリルの様子からは、ネシャートとの関係は変わらず良好である事が窺える。
ドラフデニアで修業中のバイロンについても、ダリル達は手紙。父さんは時折水晶板でのやり取りをしているそうだ。
「バイロンは元気そうであったよ。身体を動かしている方がやりがいを感じる性質なのかも知れんな」
「昔から騎士には憧れていたようですからね」
苦笑して言うと、父さんも苦笑してダリルと共に頷く。領主として求められることとやりたいことのギャップか。そこに加えて俺に対しては、こう……コンプレックスのようなものがあったようだからな。今は……修行と魔物退治等で成長していることにやりがいを感じているようではある。
騎士として、か。バイロンにも憧れる姿、理想とする姿というのはあるだろう。物語に出てくるような誰かを守るような武人――立派な騎士になれると良いな。
バイロンとダリルの将来の展望もあって、キャスリンも落ち着いている様子だし、領内についても以前よりも明るい雰囲気があるとのことだ。
母さんの一件もあるし、死睡の王の襲撃が心理的に尾を引いていたというのはあるだろう。和解する形になったこともそうだし、時間も経って襲撃そのものの傷跡が薄れてきたから、だろうか。
ガートナー伯爵領の人達も前に進んでいるということで……それは母さんやお祖父さん達も歓迎しているのだろう。微笑んで頷いていた。
「ブロデリック侯爵領とはどうなのでしょうか?」
「マルコム殿との関係は良好だな。鉱山と農地の情報を交換したりと、有意義に話を進めているよ」
なるほどな。まあ、鉱脈探知や採掘技術、農地開拓技術の発達等で情勢が変化することも普通にあるだろうから、関係良好なままにノウハウのやり取りや連携ができるならそれは歓迎すべきことだろう。
さてさて。そうやって近況に関する話をしつつも、案内された伯爵家の広間では歓待の用意がされていた。
領内で収穫された農作物と、近隣の森で狩った魔物素材の料理が並べられ、食欲をくすぐる良い匂いが漂っていた。
パンを半分に割ってそこにハムやウインナー、鳥肉、チーズや野菜を挟んだりといったサンドイッチ。山菜とキノコが入ったシチューにヨーグルト。使われているのは魔物肉にしろ他の食材にしろ地産地消ではあるが、ちょっと出てくる料理が変化したような気がする。
「テオ達が以前振舞ってくれたものが気に入ってな。こちらでも似たものや新しいものが作れないか、色々考えを進めてもらっていたのだな」
父さんがそんな風に説明してくれた。
「良いですね。広めていけば領地の売りにもなるのでは」
「そこまで行ってくれたら喜ばしいことだ」
笑みを深める父さんである。工程も食材の入手難度もそこまでではないので、領民にも恩恵のある話だろう。シルン伯爵領と並んで穀倉地帯という売りを活かせるものでもあるし。
そんなわけで料理を楽しませてもらったが――うん。良い出来だと思う。バゲット風のパンとサンドした食材の相性、取り合わせや見た目も良く、焼きたてのパンの香りも何とも食欲をそそる。
トマトソースを塗り、そこにベーコンや刻んだ野菜、チーズを散らして焼いたピザトースト風の料理もあるな。
シチューも丸くて大きなパンを器にしたり。そんなコンセプトであるから、全体的にパンとの相性を考えながら作られているように感じられた。穀倉地帯でもあるから、パンを売りに色々考えるというのは悪くないと思う。
「パンが香ばしくて美味しいですね」
「ん。チーズやシチューとの相性もいい」
料理を口に運んでにこにことしているアシュレイと、耳と尻尾を反応させているシーラだ。みんなにも好評で、父さんは笑顔を見せていた。色々と手応えを感じているようだな。キャスリンも静かに頷いているあたり、アイデア出しや研究に貢献したのかも知れない。色々とあったが、まあ、キャスリンもやれる事を見つけて前に進んでいけるのならそれは良い事だな。
そんなわけでみんなと一緒に食事をとり、楽士達の演奏と談笑を楽しみながらも時間は過ぎていくのであった。
食後はお茶を飲んでのんびりしてからハロルド、シンシアと共に馬車に乗り込み、領地内の様子を少し見せてもらいながらも母さんの家へと向かった。
領民の子供達も俺達の来訪を聞いているのか日程から予期していたのか、馬車に向かって笑顔でお辞儀をしたりと挨拶に来てくれた。車窓から顔を出してこっちからも手を振ると嬉しそうな表情を見せてくれて。確かに、領内も割と明るくなっている気がするな。
さてさて。街道はともかく、母さんの家周辺はハロルドとシンシアがきっちり仕事をしてくれているので雪かきもきっちりとしてあって、綺麗になっている。
「良いね。二人がいつもしっかりしてくれているから有難いよ」
「勿体ないお言葉です」
「私達のお仕事ですから」
俺の言葉ににこにこしているハロルド達である。
「いらっしゃーい」
俺達が到着するとフローリアも顕現してきて、嬉しそうに俺達を歓迎してくれた。
「ん。お待たせ」
「ふふ。こっちが賑やかになってくれるのは嬉しいわ」
そう言ってフローリアは上機嫌そうにしている。精霊としての力も活性化しているようで、小さな精霊達も元気そうにしていた。
そんなわけでまずはいつも通り、母さんの家の掃除から入る。セラフィナがハタキや箒を躍らせて埃を掃きだし、それらを風魔法で纏めて家の外に出してから軽く拭き掃除といった具合だ。
とはいえ、家の中は割と綺麗なものだが。秋の誕生日にもやってきているし、帰る折にも毎回掃除しているからな。フローリアは家人に掃除してもらえると気分が良いとにこにこしていたが。
掃除が終わったら手荷物等を部屋に置いて滞在のための準備も完了といったところだ。後はハロルドとシンシアも交えてのんびりと過ごさせてもらうことにしよう。