番外1931 魔法技師の技量は
「術式はこれで良いかな。なるべく癖のない術式になってると思う。標準的な腕力と動作性だとは思うから、ここから微調整しやすくはなっていると思う」
「ありがとうございます」
「ここから調整していくというわけですね」
タルコット達の義肢作りにあたり、俺の方も基本となる術式を書き付けておく。タルコットとシンディーは、術式の書かれた紙を神妙な面持ちで受け取って目を通していた。
これを魔石に刻み込む作業が魔法技師の領分である。書いた術式を忠実に再現することもできるが、きちんと理解していれば魔法技師側で多少の調整ができるというわけだ。
アルバートはその辺、俺の意図した通りに術式を刻むことも、自身の望む方向や魔道具を使う者に合わせた微調整を加えることも十分にこなしてくるからな。
「テオ君の書く術式はきちんとしていて綺麗で分かりやすいから魔石にも刻みやすいし、微調整したい部分も調べれば理解しやすい。二人にとっても良い教材だと思うよ」
などと笑って言ってくれるが。
「まあ……その辺、アルの技量があるからこそっていうのはあるだろうけど。作ってもらった魔道具に違和感があったことがないからね」
魔法技師が未熟だと術式をそのまま刻むというところですらミスや違和感が出たりする。
術式の再現はできていても、必要とされる魔石のサイズがどんどん肥大化してしまって費用が跳ね上がってしまうということはよくあるし、調整や応用しようと手を加えた部分で不具合が生じてしまうなんてこともある。
他にも顧客が色々と魔道具に注文を付けた結果として予算オーバーになった、魔法技師の技量を超えてしまった、なんてことはよく聞く話である。顧客との関係性もあるから、この場合どちらに責任があるとは簡単には言えないところもあるが。
ともあれ自身の技量や入手できる魔石と相談し、このぐらいの術式ならこのぐらいの魔石に刻めるだとか見積もりを立てたり、調整可能な範囲、自身の保有する知識を見極めた上でアレンジを施したり、といったというのは魔法技師の本領とも言える部分だろう。
そんなわけで俺としてはアルバートの仕上げてくれる魔道具への信頼性が高い。実際に戦いで使う魔道具を任せたいと思えるのはアルバートやブライトウェルト工房の職人達だけだな。
タルコットとシンディーは本番に臨む前に練習用の魔石と義肢を用意して、どのあたりを調整すれば実際の挙動がどうなるのか、という事まで綿密に調べていくことにしたようだ。
将来の工房の魔法技師の修行や勉強ということでこの辺は応援したいところだな。提出物ということもあるのであまり具体的なアドバイスができないところはあるが……出来上がったものの最終的な確認は任せて欲しいと伝えると、タルコット達も頷く。
「では安全確認はよろしくお願いします」
「境界公が確認してくれるのであれば私達としても安心ですね」
と、笑って応じる二人である。
魔法技師達の協会が定期的に受け付けているので、提出期限は何時までというのが決まっているわけではないのだが病院の建造までには間に合わせたいというのが二人の意見だ。当人達の目標でもあるのだろう。
そんなわけで確認用のゴーレムアームや魔石、術式を書き付けた紙を工房の一室の机に並べて、二人は早速分析と確認作業を始めることにしたようだ。
「うん。二人はあれで良いね。行き詰っている事があるようなら、僕からそれとなく見ておく」
「それなら安心だね」
その姿を見届けて笑みを深めるアルバートに言った。
「厨房をお借りしても良いでしょうか。後でお茶や焼き菓子の差し入れをと思ったのですが」
「勿論。二人も喜ぶと思う」
休憩中の差し入れを作りたいと申し出るグレイス達に、アルバートが笑顔を浮かべて応じる。そんな調子で工房での時間は過ぎていったのであった。
一日一日が過ぎ、病院建造の計画と共に、タルコットとシンディーの提出物作成も前に進んでいく。
本格的な寒さもやってきて、タームウィルズやその近郊でも先日雪が降った。
フォレスタニアも遠景だけは雪景色になっているが、街は少し気温が下がった程度だな。外は冬ではあるがフォレスタニアは過ごしやすい程度の気温だ。
一方で迷宮外は普通に雪を被っている。タームウィルズの街中の通りは綺麗にされているが一歩街を出れば銀世界だ。
人の行き来は少なくなっているが街道沿いに馬車の轍も続いていて……中々風情のある光景だと思う。
過去の出来事もあって雪景色はあまり好きではなかったけれど……最近は感じ方も違ってきている感じがする。
……というような事をふと口にしたら、母さんやグレイスが微笑みを見せる。
「ええ。きっと、それは良い事だわ」
「みんなで一緒に過ごす冬は、温かいものですからね」
そんな風に言う二人は俺の変化も好ましいものと思っているようで。みんなも静かに頷いていたりと、穏やかな時間が流れていた。
そうしていると、腕に抱えたロメリアが俺に向かって声を上げて手を伸ばしてきて。そんなタイミングの良さにみんなも微笑ましそうな反応を見せる。
冬でも子供達は元気だ。ロメリアはラミアの血を引いているので寒さに若干弱いから、加護があっても念のために防寒はしっかりとしている。精霊王の加護にしたって無闇に頼るものではないしな。
工房に向かうためにタームウィルズ側を訪れている時も、生命反応の輝きは力強いもので。イルムヒルトの温度感知による見立てでも防寒は足りているとのことだ。ロメリアに限らず、子供達はみんなすくすくと育っているという印象である。
そんな調子で日々は過ぎていき……やがて今年も墓参りに向かう日がやってくる。
今回は転移港で移動する形だな。当人がそこにいるので母さんの領地で祈りを捧げて冥精としての力を高めてもらうという意味合いが強くなっているな。今回はお祖父さんとヴァレンティナも一緒だ。
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
「ああ。行ってくるよ。病院の建造やタルコット達は大丈夫だと思うけど、必要があったらいつでも連絡してくれて構わない」
「分かった。もし何かあったら連絡するよ」
転移港に見送りに来てくれたアルバート達と言葉を交わす。
「アル達も、足元が悪いから気を付けて戻ってね」
「ああ。フロートポッドもあるからね」
「その辺りは安心できますわね」
フロートポッドに乗せられたコルネリウスを見て、アルバートとオフィーリアが表情を緩いものにする。オフィーリアもコルネリウスも体調は万全といった様子で、生命反応の輝きは明るいものだ。
そんなわけで改造ティアーズらの護衛と共に手を振るアルバート達に見送られながら、俺達はガートナー伯爵領へと続く転移門を潜った。
光が収まると――空気がタームウィルズよりも更に冷涼なものとなったのが分かる。
「これは境界公。よくいらっしゃいました。歓迎いたしますぞ」
転移門の前では父さんとダリル、キャスリンが出迎えに来てくれていた。ハロルドとシンシアもいるな。父さんは俺達の姿を認めると、まずは伯爵として挨拶をしてくる。ダリルとキャスリン、護衛の騎士達も一礼して俺達を迎えてくれているな。
「ああ、お三方とも。歓迎痛み入ります」
父さんに合わせ、俺も境界公の立場として応じる。それから表情を崩したものにして、家族として改めて言葉を続けた。
「こっちは少し寒いですね。待たせてしまいましたか?」
「いや。事前に連絡も受けていたしな」
朗らかに笑って応じる父さんである。ガートナー伯爵領は雪も積もっていて、すっかり冬の装いだ。冬晴れの爽やかな青空が広がっているが、昨晩から晴れていたので放射冷却で結構冷え込んでいるようだな。
まあ、まずはこのままガートナー伯爵家に行って少しのんびりさせてもらうとしよう。