番外1926 炊き出しのために
そうやって話をしていると朝の仕事に区切りをつけたのか、ジョサイア王とフラヴィア王妃、アドリアーナ姫とエルハーム姫もやってくる。
王族面々は騒ぎになってしまうのは本意ではないのでお忍び……という程ではないが通達はせず、護衛も小規模にしながらやってきたというわけだ。
護衛の面々は転移港にも寄って、ミシェルも連れてきてくれた。今回の準備にあたり、食材の一部に迷宮村で収穫したものを使っているからな。作付けする際にミシェルにも世話になっているので声をかけたのだ。
「フラヴィアがこうした仕事を手伝ってみたいと希望していてね。私自身も報告を受けてばかりではなく、自身の目で見て確かめることも重要だと思った部分もある」
「今日はよろしくお願いしますね」
変装した姿のジョサイア王とフラヴィア王妃が微笑む。
「こちらこそよろしくお願いします」
「父上もこうして現場を学ぶことが多かったと聞いている」
と、割合楽しそうなジョサイア王だ。穏やかな印象なので、挨拶をすると子供達も嬉しそうにジョサイア王とフラヴィア王妃に挨拶を返していた。ミシェルも孤児院の子供達ににこやかに挨拶をする。使い魔のオルトナも注目を集めている。
そんなわけでジョサイア王達も迎え、料理の準備を進めていく。炊き出しということで量を作らねばならない。中庭に簡易の竈を構築したり色々とやることはあるのだが……まあ、子供達も手伝うという事で最初に衛生面での指導と注意もしっかりとしておく。
「基本的には料理をする前に手指や、調理器具、食材や食器の浄化が必要になるんだ。浄化されてないものに触れて――その手で触れると、そこにも付着するからね」
水魔法で浮かべた水玉に目立つ蛍光色の着色をして、それに触れてから別の物に触れると、そこにも色が付着するというのを実演して見せる。
「これは別に大袈裟な例じゃなくて……目に見えない大きさの生き物が割とそこら中にいるからね。役に立つもの、口に入っても大丈夫なもの、反対に人にとっては悪いものと色々だけれど……見えない分どっちなのかをすぐに知るのは難しい。一先ず浄化して食べ物に付着しないようにしたり、食材を洗って綺麗にしてから料理するわけだ。きちんと茹でたり焼いたりして火を通したり、悪くなっているものは食べないようにするのも大事だよ」
なるべくわかりやすい言葉で幻影も交えたりしながら伝えていくと、子供達は真剣な表情をしながら耳を傾けてこくこくと頷く。
ちなみに熱では分解されない毒素を生成する菌もいたりする。人の傷口で増えたりするので食中毒の防止という観点からは手指を怪我している者は調理に参加するべきではない。
菌の種類を紹介する折に、そんな話もしておいた。
役に立つ方の事例として発酵食品が菌の働きで作られていることだとか、薬の材料にもなるなんて話もしたけれど。
大人達も幻影を交えていて飽きのこない内容だったのか、楽しそうに耳を傾けていた。
「それから――今日持ってきた食材の一部は、迷宮村の畑に、村の住人や氏族の面々が植えて育てたものでもあります。今回提供したいと言ってくれた皆さんに拍手を」
というと、居並ぶ面々から迷宮村と氏族のみんなに拍手が起こる。炊き出しも初回ということで、記念に提供したいといってくれたのだ。
「こういう機会にお役に立てるのは嬉しく思います」
「作物の出来栄えは専門外だが……中々のものという見立てをしてもらっている。……今日手伝いに来ている皆と一緒に食事もして……楽しんでもらえたら何よりだ」
迷宮村の代表としてシリルが。氏族の代表としてテスディロスがそれぞれそう応じると再び拍手が起こった。一緒にノーブルリーフ達もぺこりとお辞儀をして、ミシェルが楽しそうに微笑む。
うん。迷宮村での収穫も、不慣れな仕事ながら迷宮村の住民と一緒に氏族の面々が頑張ってくれたからな。
「何かを育てるというのは初めてのことですが……出来上がった作物を見るとまた感慨深いものがありますな」
収穫の折にそんな風に言っていたのはウィンベルグだ。みんな割合楽しそうに収穫作業をしていたからな。やはり作物が現物としてあると色々実感が違うのだろう。収穫物の出来を見比べつつ満足気にルドヴィアが頷いていたりと、中々実り多いものになったようで。
以前人参とトマトを作付けしたが、その内の一部を炊き出し用の食材として提供してくれた。残ったものは改めて城のみんなや氏族のみんなと楽しむ予定である。
そんなわけで浄化魔法をかけてあちこち浄化したりしていく。魔道具もあるので料理中は何かするならば折に触れて手指の浄化をするように指導すると、子供達は素直に頷いていた。
これについては子供達が喜ぶようにと、浄化の魔道具にキラキラとしたエフェクトをつけてみたが……これがかなり子供達には好評だった。浄化された部分に少しの間光の粒が纏わりつくような感じだ。
遊び感覚であれ、積極的に活用してもらえるというのは良い事だろう。
注意事項も伝え終わったところで、料理に移っていく。自分達でも料理をしつつ、仕事を割り振ったり進捗状況を見たりといった具合だ。
デニースは、今日は手伝いということで動きやすいよう冒険者風の格好で来ていたが……義足を敢えて見せるような服装にしてきたとのことだ。
「それは――気遣って頂いてありがとうございます」
「いえいえ。普段も別に隠していないんですよ。境界公とアルバート様や工房の方々に作っていただいたものということで話題になりますし、広まれば一助になるかと思っていますから。それに……メイドの服装をしていると、普段は自分から言われないと気付かれないぐらいで」
「私も自分から話題にしています。同僚達もこれならば心強いとのことで」
そう二人が言う。現状二人に試験運用を手伝ってもらっているという形ではあるが……経過を見て健康面や感覚的なところで問題がなさそうならば実用性、安全性が十分に確保できたと考え、迷宮商会でも取り扱いを始める、という事になるか。
まあ、二人がそれまでに評判を広めてくれるのは有難い話だな。
需要に対する供給……製作速度の問題については、流石に工房だけでは賄いきれない部分があるのでジョサイア王を始め同盟各国の協力を得ている。
各国の魔法技師と契約魔法を交わした上で技術の無闇な流出や悪用を防ぎ、外装や造形の部分では各国の職人やパペティア族の力も借りられる、というわけだ。特にパペティア族は専門分野が実用面でも役立つということでかなり乗り気だったりする。
欠損した状態からの社会復帰については、どの国でも歓迎すべき話ということで。割と全面的な協力を得られるのがありがたい話だ。
さてさて。そんな調子で話をしながらも、集まったみんなにも手伝ってもらって料理を進めていく。
フラヴィア王妃に浄化の魔道具でエフェクトを掛けてもらった子供達が、水瓶にアシュレイが満たした水を使って食材を洗う。食材を洗ってもらうのは年少の子供達の仕事だ。冬場の屋外ということで本来は風が冷たいものだが――まあ、精霊王の加護で指先が冷えるということもない。
年長の子供達は以前遊びに行ったキャンプでも料理を手伝ってくれたということもあり、十分に刃物も扱える。食材の皮むきをしたり一定の大きさ、形に切りそろえたりといった手伝いをしてくれる。
ミルドレッド達も護衛として王族の周囲を守るだけでなく、余った人員が孤児院前に天幕を設営したり、炊き出しにやってきた面々が風で身体を冷やさないように俺が土魔法で作った即席のストーブの火の様子を見て調整したりと、色々動いてくれているな。
天幕は屋根を作ることで雨天にも対応できるようにという配慮であったが――まあ、天気は晴れ。気温もそこまで寒くはなく、足を運んでもらうには良い日和だな。