番外1923 還元のためには
社会還元――社会貢献と言い換えてもいいが、領地経営の状況が良いならば、それを可能な範囲で還元することも考えないといけない。
俺も特異な立ち位置とはいえ公爵位相当であるし、殊更ノブリスオブリージュとまで立派なことを言うつもりはないが、規範として振舞っておかなければ示しがつかないからだ。上が必要以上に蓄財していれば下もそうしやすい下地を作ってしまうという話でもある。
そんなわけで、どういうものが良いかをみんなと相談することとなった。
「孤児院は既に月神殿が運営していますからね……。他の分野となると……教育でしょうか?」
「ペレスフォード学舎は高等学府だから、基礎教育というのは違いますが……読み書き等は孤児院でも行っていますね」
グレイスが思案しながら言うと、エレナがそう応じる。
「ん。炊き出しとか?」
「それも喜ばれそうね。定期的に行えるし」
「そっちは告知してジョサイア陛下に許可をもらえば割とすぐに実行できそうだね」
シーラとイルムヒルトの言葉に答える。
食材なら迷宮から集めてくることもできるしな。連絡して告知してすぐに始められ、継続的にできる、というのは良いと思う。
そんな調子で話し合いを進めていくと、治療、医療の分野はどうかという話になった。
「血析鏡のような魔道具に研究や後進育成用の仮想空間の設備もあるのだし、治療に関係した施設、というのは良いかも知れないわね」
ステファニアが資料に目を通しながら言う。
「教育機関、研究分野と実際に治療をする分野は兼任できるわね。治療と共に資料を集めさせてもらう代わりに治療費を安く抑える、というような名目で」
「既存の治癒術師や医師にも配慮したいところではあるわね。反発を招くのもどうかと思うし」
クラウディアとローズマリーが思案しながら言うと、アシュレイからも意見が出る。
「基本的な診断をすると共に、あくまで負担や費用を安く抑えた基礎的な治療を施す場、というのはどうでしょうか? 治癒術師や医師に教育機関、研究機関で技術や知識を伝え、専門的な分野の医師と患者を引き合わせるお手伝いをする、とか」
なるほどな。治癒術師、医師の修行の場であり、公衆衛生や感染症への有効な知識を伝える場でもあり……専門的な知識、技能を持つ癒者と知己を得て、それらに患者を紹介することで、より高度で適切な医療、患者に合った医療を行うことができる、と。
対応できる人員がいない部分だけ穴埋めすればいい。遠方にしか専門家がいない場合でも、転移港もあるわけだしな。
後は……伝染病、感染症が広がった際の緊急対応というのもできるな。
ゴーレム達で対応できるし、これから作る施設ということで新設するための立地、入口を考えてやれば、患者の動線部分を他と被らないようにすることができる。二次感染を広げることなく治療に専念できるというわけだ。
いや、病院の立地というのは結構重要な部分なのだ。利便性が高いに越したことはないが、立地は街の中心部等、人通りの多いところからは外しておいた方が良い。病院でも発熱外来は別にしていたりするものだからな。
「そうなると……ジョサイア陛下やアルバート……ペネロープさんにも相談する必要があるかな」
フォレスタニアないし迷宮の新区画を用意する場合、迷宮入口とは別の動線を用意しておいた方が良い。或いはタームウィルズと合同開発を行うという手もある。
弱者救済については神殿の分野だ。安価で基礎的な治療を、というのが基本的なコンセプトであるならば、月神殿にも話を通しておいた方が良い。炊き出しも月神殿なら協力してくれるだろうしな。
そんなわけでそれから暫く炊き出しや病院の事で内容を詰めてから、ジョサイア王やアルバート、ペネロープに話を持っていくこととなったのであった。
『良いのではないかな。私は賛成だ』
『僕もかな。魔道具作りが必要なら協力する』
『同じく、賛成です。素晴らしいお考えかと』
3人に話を持っていくと、水晶板越しにそんな返答があり、計画を共有していこうということで話が纏まり、顔を合わせて話をすることとなった。
ジョサイア王はフラヴィア王妃と共にメルヴィン公のところにも顔を出したいということで、その後でフォレスタニア城に集まって話をする予定だ。そこで構想を練ったり計画を詰めていくこととなる。
タームウィルズは雪こそまだ降ってはいないものの、ここのところ大分寒くなってきたしな。フォレスタニアで話をするのが楽で良いというのがジョサイア王、アルバート、ペネロープの共通した見解だ。フォレスタニアなら室温にムラもないし、快適というのは分かる。
まあ、それでも季節に合わせて少しフォレスタニアの気温も上げ下げはしているのだが。
そんなわけでアルバートやペネロープとも話を合わせて予定を組み、それから数日。
ジョサイア王とフラヴィア王妃、アルバート、オフィーリアとコルネリウス、ペネロープ。それに加えてアドバイザーとしてロゼッタとルシールもフォレスタニアを訪問してきた。
「お二方とも、よくいらして下さいました」
「ああ。今日はよろしく頼む」
「フォレスタニアは過ごしやすくて良いですね」
ジョサイア王とフラヴィア王妃は笑顔でフォレスタニア城にやってくる。他の面々は先に到着しているので、そのまま二人を案内する形でフォレスタニア城内のサロンへと移動する。
ジョサイア王と顔を合わせたアルバート達も笑顔で挨拶を交わす。
「ああ。コルネリウスも元気そうで何よりだ」
「ふふ。可愛い甥っ子ですね」
「元気に育ってくれて嬉しく思っています」
「今日の診断でも順調とのことですわ」
ジョサイア王とフラヴィア王妃に嬉しそうに笑って答えるアルバートとオフィーリアだ。ジョサイア王の到着を待つまでの間に、オリヴィアと共にロゼッタとルシールの健康診断を受けていたというわけだ。
オフィーリアもだが、母子共に健康というお墨付きをもらっている。
そんなわけで子供達の成長を見たり撫でたりしてと、少し子供達を愛でてのんびりとしてからの話し合いとなる。
「――というわけで領地経営も軌道に乗ってきているので、何かしらの社会還元をと考えたわけですね。医療機関、ないし病院を作るのが良いのでは、と」
というわけでグレイス達と話し合った内容を書き起こしたものを、草案という事でみんなと共有する。
「なるほど。平時は治癒術師や医師の教育や研究機関でもあり、仕事の斡旋や弱者救済目的でもあり、有事――疫病等の際にはその対応にも用いる、と」
「平時の時だけではないというのが素晴らしいですね。私も良い案だと思います」
書類を見ながらジョサイア王は顎に手をやって頷き、ルシールも感心したように声を上げる。
「仮想空間も併用すれば、研究もかなり進むかと。仮想街ならば正確な人体模型での研究もできますからね」
スキャンして再現することで実際の人体を使わずに解剖や投薬の経過観察。開腹手術のシミュレーションまで出来てしまうというわけだ。倫理面はそれでもというか、仮想だからこそ行き過ぎてしまうので気を付けなければならない分野というのはあるが、その辺も書面内にしっかりと記述してある。
「うん。生命倫理に関する規定と監視や意見する役割を担う機構の結成か。確かに、これも大事なことだな……。研究が進めば良いというものではあるまい」
「そのあたりが野放図ですと、ザナエルクのようになりますからね」
エレナが目を閉じて言う。ザナエルク――ベシュメルクの前王は、研究と称して非人道的な実験をしながら異能者を養成しようとしていたからな。その結実としてスティーヴン達という結果を出しているのだが……研究所にいた時の扱いは酷かったようだしな。
そのあたりは契約魔法なりで縛りを設け、監視機構の独立性も担保できる分、まあ実効性は高く出来るだろう。