番外1921 孤児院への訪問
「いらっしゃい……!」
「兎さん……可愛い……」
街中の見学や施設の観光も一段落したという事で、イェルダの希望していた孤児院の訪問も行うこととなった。
見学するのがエインフェウスの面々。経営母体が月神殿ということもあって、ペネロープも案内役を買って出てくれているな。
俺達が孤児院を訪れると、子供達も母屋の中から嬉しそうに飛び出してくる。エインフェウスの面々が来るというのは連絡を入れているからな。子供達は随分嬉しそうだ。
というより、シーラの好感度が高いというのもあって、獣人達への好感度もそれに付随するように高いように見受けられる。
イングウェイ王やシュヴァレフ、レグノスのところには男の子の注目が集まり、イェルダやケルネには女の子の注目が集まっているという印象だろうか。
それに……孤児院の子供達が知るエルフというのがアウリアということもあって、エルフであるフォリムも好印象だな。アウリアは時折遊びに来てお菓子を振舞ったりということもあるらしいので。
「よくいらしてくださいました、イングウェイ陛下、エインフェウスの皆様。テオドール公も、このような機会をありがとうございます。子供達も心待ちにしておりました」
サンドラ院長が歓迎の挨拶をしてくれる。
「今日はよろしく頼む」
「子供達も楽しみにしてくれていたというのであれば嬉しいですね」
笑ってサンドラ院長に応じる。それから初対面の顔ぶれをサンドラ院長や子供達に紹介していく。
「孤児院を訪問したい、というのはイェルダさんのたっての希望なのです」
「私もエインフェウス北部で孤児院に携わっておりましたので。国外ではどうなのかというのを見ておきたかったのです」
「そうだったのですか。では、しっかりと案内や説明をしないと参りませんね」
イェルダの紹介をする折に、今回の経緯も説明する。ペネロープとサンドラ院長はうんうんと頷いていた。
孤児院の設備。神殿から運営資金をどのように拠出しているか。その内訳はどうなっていて。子供達を育てる為にどんな風に還元しているか。そういった部分までの解説をしていく、というわけだ。
子供達との交流は後の楽しみという事で、まずは施設内の実際の案内をしていく。
「飲用水も魔道具で作成できる。施設も綺麗なものですね」
「運営母体は私達ですが、王都の孤児院に限らずヴェルドガル王国からも様々な面で支援していただいているのです。魔法技師の紹介と仲介もそうですね」
イェルダが設備を見て感心したように言うと、ペネロープが応じる。
「孤児院への支援は、国にとっても大事なことだものね。神殿が母体と言っても支援するのは当然の事だわ」
「父上の在位中に支援体制を平時より厚くしているのよね」
ステファニアの言葉にローズマリーが応じる。治安等にも関わるしな。平時より、というのは……死睡の王の襲撃があったからだ。あれにより、ヴェルドガル国内で孤児が多く発生した。
もし俺がガートナー伯爵家の庶子でなかったなら、グレイスと共に月神殿の孤児院に引き取られていた可能性もあった……かも知れないな。
「ヴェルドガル王家もそうですが、境界公やブライトウェルト工房にも支援していただいております。あそこに設置されている魔道具もその一つですね」
サンドラ院長が微笑み、母屋の高いところに設置されている、サイレンの魔道具を指して言う。ガルディニスが王都を襲撃してきた折の、木札を持たずに敷地に侵入すると警報が鳴る、というものだな。今は平時であるのと、契約魔法による細かな条件付けが可能になったので、木札無しでも出入りできるし、害意、悪意を以って敷地内に立ち入るとそのレベルに応じて違うパターンでサイレンが鳴る、というような改良がなされていたりする。
その辺りの事情を説明すると、元候補者の面々もふんふんと頷く。まあ……他には仮想空間内外での学習、職業訓練、フォレスタニア城、劇場や温泉の従業員といった就職口の斡旋といった内容も支援に当たるな。小さなところでは子供達に贈り物をしたり、旅行に誘ったり、食べ物を差し入れに来たりといったものも、だろうか。
読み書き計算といった基礎教育については、月神殿側の主導で巫女達が行っているという話である。
「なるほど……。中々手厚いですね」
「参考にできる部分は参考にしていきたいところだな」
フォリムやイングウェイ王もそうした話を聞いて頷く。まあ、王都の場合は迷宮もあるということで、環境的に恵まれている部分もあるから、他国、他の地域でそのまま行えるかどうかというところもあるが。
そんな調子で色々と孤児院を取り巻く環境、制度、施設の説明や案内もしてもらい……それも終わったところで、子供達のお待ちかねだ。
首を長くして待っていたところに顔を出し、改めて子供達との交流の場となった。
イルムヒルトの演奏で一緒に歌を歌ったり、ゴーレム達が中庭で料理を作っているのを眺めながら元候補者達の冒険譚や魔物討伐の話を聞いたり、演武を見せてもらったりと、中々に充実した時間を過ごさせてもらう。
イングウェイ王、イェルダやケルネの遺跡探索話や、シュヴァレフやレグノスの魔物討伐の話、フォリムの精霊との交流の話といった内容に、子供達は真剣な表情で耳を傾けたり、目を輝かせて聞き入ったりしていた。そんな子供達の様子に、表情を綻ばせるグレイス達である。
昼はカツカレーだな。イグナード公を始め、エインフェウスの面々が迷宮探索に行って得た食材を使っているので、みんなで食べるには話題性もあって良い。
カレーを食べるのは初めてという元候補者の面々も、子供達と共に表情を綻ばせていた。
「ん。一緒に遊びに来れて良かった」
「そうですね。私もシーラ様やイルムヒルト様、この孤児院の方々と知り合えてよかったです」
と、そんな会話をシーラとイェルダが交わしてイルムヒルトも交えて笑顔を向け合う。うん。有意義な時間になったようで何よりだ。
「では――私は先に帰るとしよう。皆はしっかり学んでから戻ってくると良い」
それから数日。イングウェイ王は一足先に外遊と休暇を終えて、国元に帰ることとなった。
「はい。陛下もお気をつけて。転移門ですから、行き来はすぐだとは思いますが」
「はっは。そうだな。移動に時間もかからぬし水晶板もある。向こうで一段落したら顔ぐらいは見せておこう」
イェルダの言葉に少し笑って答えるイングウェイ王である。
「はい、陛下。後程お会いしましょう」
フォリムもそう言って笑い、みんなでイングウェイ王を見送る。イングウェイ王は俺達のところにも来て、別れの挨拶をしてくれた。
「では、皆の息災を祈っている。子供達が健やかに育たんことを」
イングウェイ王はそう言って表情を緩め、子供達の髪をそっと撫でたりしていた。子供達も、イングウェイ王の雰囲気が柔らかいのと、被毛の感触が心地良いのか、くすぐったそうに笑い声を上げたりして……うむ。
「ふふ。子供達もイングウェイ陛下の事がお気に入りのようですね」
「陛下に撫でられるのが好きなようですね」
アシュレイが言うと、ステファニアも笑って。
「また、子供達にも会いに来てやってください」
「はは。それは嬉しいものだな。ああ。また会いに来よう」
俺の言葉や子供達の反応に、イングウェイ王は柔らかく笑う。笑って手を伸ばしてくるアイオルトとそっと握手を交わすようにして。
そうしてイングウェイ王はみんなに見送られて護衛の面々と共にエインフェウスに繋がる転移門に入ると、国元へと帰っていったのであった。
イェルダはそんな俺や子供達とのやり取りを、目を細めて眺めていたが……やがて頷いてその場から離れるのであった。