番外1920 獣王と元候補者達と
――イングウェイ王は滞在中、フォレスタニア城から通信室を使って各国の面々ともやり取りをしたり外遊の仕事もしていたが、イグナード公や元候補者達と共に迷宮にも出かけたりして……この辺は休暇と呼んでいいのだろうか。当人は元候補者達と肩を並べて戦ったり訓練したりと、かなり楽しそうにしていたが。
「私としては、今後もこうした機会も時々は欲しいものだな。今までの暮らしと変わってしまうのは致し方ない事だが、皆とのこういう時間は欲しい」
「まあ、国内を纏める為には獣王としての力量を維持しておくことも重要ではある。気軽に市井に交じって訓練とはいかぬが、イェルダ達相手ならばそうした時間も作れるだろう。特に、空中戦の動きを武芸と絡めて昇華させるのはこれから必須であろうしな」
工房の中庭で寛ぎつつ、元候補者達の空中戦装備を実際に装着しての動きを見ながら、イングウェイ王とイグナード公はそんな会話を交わす。
イングウェイ王が一足先に帰る日も近づいているが――今日は工房に見学に来ている。ブライトウェルト工房の見学に来れば、ヴェルドガル王国の魔道具作成技術と冶金技術の二つは見る事ができるからな。
アルバートの魔法技師としての技術も、ビオラの鍛冶師としての技術も、ヴェルドガル王国で学んだものだ。二人とも腕前は一級品なので技術的な部分を見るならばブライトウェルト工房を見学すれば割と網羅できる部分がある。ビオラは服飾に革加工や宝石のカッティング等々、鍛冶以外の技術も高いものを持っているしな。工房でアルバートが幅広い魔道具を作る為に求めていたものでもあり……それに応えられる器用さは流石ドワーフといった感じではあるが。
加えて言うなら、エルハーム姫のバハルザードの冶金技術や、コマチの絡繰りを基にした機械的な仕掛けも見学できるからな。こちらも外からでは中々深く知る事のできない貴重な技術だ。
「良いわね。仮想街で割と無茶な動きをしたから、こっちでも結構自由に動けるわ」
「これなら実戦でも使えるな。後は、空中で立体的な動きができることを前提に、武芸を最適化していけばいい」
空中でシールドを蹴って跳び回っていた元候補者達であるが、イェルダとシュヴァレフの言葉に満足そうに頷き合う。
「空中戦装備の意匠も良いですね。見た目もそうですが、動きの邪魔になりませんし洗練されている気がします」
「テオ君達が先の戦いから実戦で使ってきたものだからね。色々改良も重ねているよ」
「これ以上無いほどの実績ですね。色々と納得です」
アルバートが答えると、フォリムも得心いったというように応じる。
脚部に装着するものだからな。マジックシールドの魔道具は靴や脚甲、アンクレットといった形状だが……行動の妨げになっては意味がない。
そう言った部分も少し解説しておく。
形状、重量と強度については使用者の戦闘スタイルにもよる部分がある。グレイスならばできるだけ重くて頑丈なものが求められるし、シーラならば小型軽量であることが重視されるといった具合だ。勿論、壊れては元も子もないので頑丈さはいずれにしても重要なのだが。
「その辺強度と実用性を維持したまま意匠も入れてくれるのはビオラのセンスと腕前ですね」
「ふふ、ありがとうございます」
と、俺が言うとビオラがにっこり笑う。
エインフェウスの面々ならば……脚部からの爪撃もあるからアンクレットや、それ用に調整された靴、という方向で考えるのが良いのだろうか。
まあ、それは将来的には獣王国の職人や魔法技師が考え、改良を重ねていくことになるだろう。
そうしていると元候補者の面々も空中戦装備を現実世界で使っての動きにある程度納得がいったのか、こちらに戻ってきて少し休憩を入れる。
「イングウェイ陛下は、空中戦装備にも慣れておられるのですか?」
「テオドール公やイグナード公と共に戦ったこともあるからな。テオドール公の動きを見たということもあるし、装備も境界公やアルバート殿の厚意で使わせてもらった。皆よりは多少は慣れているか」
ケルネに尋ねられてそう応じるイングウェイ王。
イングウェイ王は元候補者達に比べて一日の長がある。空中戦装備にしても、イングウェイ王であれば当然のように使いこなせるように武者修行の中で研鑽を積んでいるだろうからな。
「その過程で、自力でマジックシールドも発動できるように修得してきた、というわけですか」
「精度や強度の面ではまだまだだがね。分かっていた事だが、魔法はあまり向いていないようだ」
レグノスの言葉に苦笑して答える。
装備無しでも自前でシールドが発動できるようにというのは継承戦に向けてでもあるだろうし、他の場面で――例えば空中戦装備が実戦の中で破壊されて使えない、等となっても手もなく落下するだけでなく瞬間的な対応が可能となる。
空中戦装備についてはマジックシールド、レビテーション、エアブラストといった複数で構成されるので、全て破壊されて落下するしかないというような状況が考えにくいというのはあるが、自前でできるに越したことはない。シールドの特性を肌で感じられれば、魔道具の扱いも精度が上がるだろうし。
イングウェイ王はふと、目を細める。
「本当に……多くの者の助力に支えられてここまで来られたものだ。皆や……テオドール公やアルバート殿にも世話になった」
「僕から陛下には――状況的にもそれほど多くの支援ができたわけではありませんが、その言葉は嬉しく思いますよ」
アルバートも俺と共に静かに頷く。
イングウェイ王のヴェルドガルへの武者修行という情報を受けて他の候補者達も奮起した部分があるしな。俺の知る別の並行世界でもイングウェイ王が獣王となっているのは同じではあるが、過程や他の元候補者との戦力差がどうだったのか、今となっては知る由もない。
出会った時はまだエインフェウスの一獣王候補だったし、その辺の事情を考えて、そこまで支援や肩入れができたわけではないというのもあるしな。
「ここまで来られた、というのなら、自分も陛下との出会いがあったからではあります」
「そうね……。これからもよろしく頼みます、陛下」
シュヴァレフとイェルダが言うとイングウェイ王も静かに笑って応じる。
「ああ。こちらこそ」
シュヴァレフは――そうだな。軍関係の人間ということもあるからか、既にその立場からイングウェイ王を支えると決めているように見える。
イェルダはイェルダで、イングウェイ王には元々好意的だしな。他の候補者達の反応も穏当なもので……。継承戦の遺恨もなく、尊敬を集めているように見受けられた。
並行世界での知識を言うなら、イングウェイ王は獣王になってから賢君として名を馳せているしな。
イングウェイ王自身の人柄は……ヴェルドガル王国への訪問の有無に関わらず、どちらでも変わらない。きっと、こちらの世界のエインフェウスでも、賢君として広く名を知られるようになるのだろうと、そう思う。
そうして……イングウェイ王と元候補者達はお茶を飲みながら焼き菓子を楽しみつつ、アルバートの作った魔道具やビオラの手がけた装飾品、エルハーム姫の武具やコマチの絡繰りを見て盛り上がる。
タイプは違うが同じ兎獣人のよしみで、ケルネとコマチも仲良くなっていた。この辺は新たに交友関係も広がっていて結構なことである。エインフェウスの面々の滞在が、お互いにとって有意義なものになると良いな。