番外1918 新たな歌を
食事の席は中々賑やかなものとなった。迷宮産の食材も、植物園の果物も、元候補者の面々はかなり気に入ってくれたようだ。
獣人達……特に獣度の高い獣人は結構量を食べる傾向があるので、用意した食材の量も中々のものだ。
漫画で見るようなマンモスソルジャーやTレックスの骨付き肉は、武闘派獣人族にかなり受けが良い。
量や見た目もさることながら肝心の味がどちらも美味だしな。炎熱城塞とエンデウィルズに出現する魔物なので食材としてもレアである。
「水田でとれる作物――米、だったな。これも美味いな……」
「肉とも相性が良いのだな」
シュヴァレフの言葉に頷く元候補者の面々の反応に、イングウェイ王は楽しそうに笑って答える。
サラダや果実については、レグノスや非戦闘系の氏族に特に受けが良いようだ。デザートも豊富で、口に運んでは驚きの声を上げたりして、中々に反応がいい。
「ふふ。喜んで頂けて何よりです」
そう言って微笑むのはケンタウロス族のシリルである。フォレスタニア城から迷宮村や氏族の面々が料理や楽士として手伝いに来てくれているのだ。料理の腕については――城でセシリアやミハエラの指導を受けて、相当なものである。
そんな調子で食事も進み……食後にはレグノスを含めた元候補者達が遊泳場にも足を運んでいた。水の質が良いとのことで、遊泳場も楽しみにしていたようだ。
ティールやコルリス、アンバーと一緒に泳いだり、スライダーを滑ったりと、火精温泉もかなり満喫してもらえたようである。
火精温泉の後は境界劇場へ。ここではイルムヒルト、ユスティア、ドミニク、シーラ、シリルが歓迎の演奏をしてくれる。
「獣王継承戦を題材にした曲を演奏するみんなで作り上げてきました。その一曲を演奏する際は、お伝えすることになっています」
歓迎の前口上で俺からそう伝えると、イグナード公やイングウェイ王、元候補者の面々の表情が明るいものとなって拍手で応えてくれた。
獣王継承戦を見学するということで事前に準備していた部分もあるが……イグナード公やイングウェイ王の戦う姿をイメージして曲を作り、皆で舞台演出を考え、実際の継承戦を見て曲の内容と演出部分に少し修正を加えて完成させた、というわけだ。
そうして劇場の照明が落とされて、公演が始まる。スポットライトで照らされて、客席側からイルムヒルト達が出てくるのはいつも通りであるが、元候補者達はその演出を見るのも初めてだから大分喜んでくれた。澄んだ美しい歌声、神秘的な音色と共に空を飛んで移動し、光や泡が漂う舞台演出に、元候補者達も目を見開いて少し身を乗り出したりして、その盛り上がりも言わずもがなだ。
「次の曲が継承戦を題材にしたものです。楽しんで頂けたら嬉しく思います」
そうして曲目も進んでいき、継承戦をイメージした新曲もイルムヒルトが口上を述べた後に披露される。最初は大森林をイメージした雄大且つ神秘的な曲調で始まる。
森の紅葉と朝靄を表すような赤や黄色の光と白い靄の演出。そこから期待感を高めるような昂揚感のある曲調に。そこから一度溜めを作って、一気に爆発するように勇壮でアップテンポな曲になる。疾走感もありながら、爽やかな印象もあって……いい曲だな。
この辺、イルムヒルトに聴かせたBFOの戦闘曲等の影響も見られる。あまりこれまでのルーンガルドにはなかったタイプの曲かも知れない。
舞台演出もあちこちでリズムや曲に合わせて爪撃波らしき閃きが走り、衝撃が広がり、スパーク光が弾けるという結構ド派手なものだ。ただ、流石にこちらに本当の爪撃波や衝撃や火花を起こしているわけではなく、幻術による視覚的な再現に留まっているが。
安全性が高いから花火が打ちあがるかのように客席側でも派手に火花が弾けているな。
舞台の上でシーラとシリルも演武のような動きを見せながら演奏を同時にこなす。ドラムスティックが閃けばそこから爪撃波に似せた軌跡が走り、タップダンスと共に闘気の衝撃波が噴き上がり――その最中にも戦士達の戦いを称える歌が響き、楽器演奏が戦いの合いの手のように音色を響かせる。中々忙しそうではあるがかなりの技巧を要する中で、当人達も楽しそうだ。曲調も相まって盛り上がるな、これは。
そんな目を見張るようなパフォーマンスに加え、自分達の戦いをモチーフにした楽曲という事もあって、イングウェイ王達も笑顔を浮かべているな。
やがて曲が幕引きを迎えると、総出で立ち上がって歓声と拍手を送ってくれる。イルムヒルト達も笑顔を見せて一礼していた。
獣王継承戦とイングウェイ王の即位については、各国の人達も気になっているだろう。獣王即位しか機会がない。国防に絡んでいることもあって外部の人間が見る事のできるチャンスはかなり限られているにしても、継承戦の熱狂的な雰囲気だけでも伝わったり、エインフェウス自体に興味を持ってもらう事に繋がるならば、それは良い事だろう。
みんなの公演が終わっても、イグナード公やイングウェイ王達の拍手は暫く鳴りやまずに続く。そうして更にアンコールにも何度か応え――大盛り上がりで幕を閉じたのであった。
そうして、元候補者達は暫くフォレスタニアに滞在することとなった。イングウェイ王は獣王位なので早めに戻ることにはなるが、数日は外遊という事で一緒に行動する形だ。
境界劇場で公演を鑑賞した明くる日は主にフォレスタニア側の観光に出かけた。神殿、湖の遊覧や湖底の設備、幻影劇場に仮想街もあって、城内外で見所が増えてきたように思う。
慰霊の神殿で前の戦いでの犠牲者に黙祷を捧げ……それから湖の遊覧、湖底見学に出かけた。
船に乗ったまま湖底まで向かう。マギアペンギン、マーメイドやセイレーン、魚人族やメンダコ達にフリッパーや手や触手を振られて歓迎されながらも湖底の設備を見て回った。
「水の中に揺らぐ光、か。綺麗ね」
「透明度が高いから色々見て取れますね」
イェルダとケルネが景色を眺めながら笑顔を見せる。
湖底に揺らぐ建物の明かりは中々に幻想的で綺麗なものだ。中庭の水路周辺に建築様式を合わせているので古代遺跡が湖底に沈んでいるかのようなイメージがある。
水中には滞在用の設備を用意しているが――その内の一つ……水中神殿風の大きな建物は宿泊施設兼、水中食堂だ。水中食堂内部には空気があり、地上の食品を持ち込んで空気中で調理することができる。
これにより、湖底に滞在しながら気軽に地上の料理も楽しむことができる、というわけだ。海の民にとっては地上の料理はあまり食べる機会がない上に美味しいという事で、グランティオスでも人気があるからな。
そんなわけで昼食も水中食堂で迷宮産の魚介類をふんだんに使った料理を楽しみ、それから幻影劇場に向かった。
幻影劇もアンゼルフ王の3部作だけではなく、色々種類が増えているからな。数日に分けて鑑賞するだけのボリュームがある。特に、初代獣王の話もあるのでエインフェウスの面々としては興味津々だ。休憩や劇場での夕食等を挟みつつ、順番に鑑賞していくこととなったが、アンゼルフ王の第一部を見ただけでもこれからの鑑賞への期待感が高まっているのが見受けられた。
ともあれ、元候補者の面々も満喫してくれているようで何よりだ。現時点ではまだ観光だけではあるが、外の技術等々も色々見て学んでいってくれたら嬉しいな。