番外1915 新獣王来訪
近接戦闘でどうフェイントをかけるか。相手の力を利用して重心を崩す方法。相手より先に攻撃を当てるための技術や身体の使い方。相手の意識の誘導。打撃以外の投げ技や関節技。
格闘術におけるそういった実戦的な内容をイグナード公は色々と指導してくれた。意識していなかったこと。無意識的にできていた部分。ゲンライやレイメイとの鍛錬でも教えてもらっていた部分の補完にもなって、かなり勉強になったようだ。
そんなわけで、ヴィンクル達深層の守護者面々とイグナード公との鍛錬は中々充実したものになったようである。
充実というならイグナード公の迷宮探索もだ。
予定通り治療のできる改造ティアーズと共に、イグナード公、オルディア、レギーナという顔触れで迷宮に向かったが……こちらは安全マージンをしっかりとっている上に、付き合いが長い3人だけに息が合っていて危なげがない。
迷宮探索の体験がてら濃い霧のかかる幻霧渓谷に出かけたようだが……ここは視覚以外の感覚が鋭い獣人向きではあるだろう。イグナード公とレギーナが索敵できるということもあって、不意打ちをされることもないし、空中戦装備があるので足場の悪さが問題になることもない。幻覚にしても視覚的なものに限られ、聴覚や嗅覚まで惑わしてくるわけではないので問題にならないようだ。
そんなわけで霧の中から現れる魔物に対処し、空中を足場に危なげのない大立ち回りを演じていた。視界と幻影、足場といった部分に不安がないのなら、搦め手を使うような魔物もいないしな。実力的には何の問題もない。
何より、ここは割と高級食材であるスプリントバードが出現する。イグナード公としてもその辺が目的であるらしく、スプリントバードを狩ってきてみんなで調理をし、食卓が割と豪華になったので俺達としても役得だ。
そうして劇場に足を運んだり、タームウィルズとフォレスタニアの観光をしたりと、イグナード公は休養を満喫していた。
そうして一日一日過ぎていき……エインフェウスから連絡が入り、イングウェイ王以下、元候補者の面々もヴェルドガル王国を訪問したいという話になった。仕事の引き継ぎや新体制の構築、後任者への伝達等々が一先ず落ち着いたのだろう。
イングウェイ王も一緒に来訪するというのは、同盟に対する顔合わせでもあるな。将来の重鎮も含めて来訪することで、エインフェウスが開かれていくことが内外にもしっかりと伝えられる、というわけだ。
そんなわけで各所に連絡を回し、日程調整も行った。
『では――当日を楽しみにしている』
「はい。来訪をお待ちしています」
通信室にて、イングウェイ王や各国の面々とそんなやり取りを交わす。元候補者の面々については……エインフェウス国外に出るのはほとんどが初めてということで、かなり期待を高めているようだ。
『噂に聞くタームウィルズの王城や迷宮……それにフォレスタニアを見るのが楽しみです』
と、表情を綻ばせていたフォリムである。エルフの、しかも精霊術に明るい同胞が来るという事で、アウリアも期待しているようだったので、その辺のことも互いに伝えるとどちらも会うのが楽しみだと言っていた。
イェルダもだな。シーラやイルムヒルトと仲良くなったので、西区の孤児院にも足を運びたいと、そんな風に伝えてきた。なので、エインフェウスの面々はそちらにも足を運ぶ予定だ。
他国の孤児院の様子や制度等も知っておきたいという事だろう。その点で言うと、タームウィルズの孤児院については王国と月神殿が後ろ盾になっているので支援の環境は良い方だと思う。立地が西区なのは……まあ経費削減などもあるのだろうが、衣食住は過不足がないし、安全面も考慮されているからな。
ともあれ、いずれもエインフェウスの将来の重鎮ということもあり、ジョサイア王や同盟各国の面々としてもしっかり歓待したいということだ。
そうやって……イングウェイ王達の来訪に向けて準備が進められていったのであった。
準備に関しては特に問題もなく、イングウェイ王達訪問の日を迎えることが出来た。
各国の面々は同盟として歓迎する側ということで、一足先にやってきて王城で待機しているな。俺達は転移港までイグナード公やミルドレッド達と共に迎えにいった。
「いずれもエインフェウスでは屈指の実力者であり、高潔な武人と聞いておりますから、お会いできるのが楽しみです」
と、騎士団長のミルドレッドはかなり機嫌が良さそうだ。
「そうですね。候補者として選ばれるのが納得できる方々ですよ」
俺も笑ってミルドレッドに答える。うん。ミルドレッドに限らず、ヴェルドガル王国の面々にとっても良い刺激のある出会いになるだろう。
転移港の中庭で待っていると、エインフェウスの転移門が光を放ち――その中からイングウェイ王や元候補者の面々がやってくる。
イングウェイ王もイェルダ達も残らず礼服に身を包んで、獣王継承戦の時のような試合用の格好ではない。ボリュームのある毛皮のマントを羽織っていたり、金糸の刺繍が編み込まれていたり、総じてゴージャスな印象がある。
「おお。テオドール公、イグナード公にミルドレッド卿も」
俺達の顔を見ると表情を綻ばせるイングウェイ王である。
「継承戦からあまり時間は経っていませんが、お元気そうで何よりです」
「はっは。それなりに忙しかったが、やりがいのある仕事で活力には満ちているな」
快活に笑うイングウェイ王である。
「慣れないことも多いのは確かですが……先々のことを思えば力も入るというものです」
そう言って笑みを見せるイェルダと、頷く元候補者達である。そんなわけで初対面の者同士を軽く紹介してから、転移港の中庭に出る。
「おお……。あれが音に聴く王城セオレム……」
「迷宮が作ったとは聞くが……すごい建物だな……」
初めてセオレムを見る面々もその光景に目を奪われているようだ。そんなわけで十分に王城を見上げて満喫できる時間を取り、頃合いを見てみんなで馬車に乗り込み移動することとなった。
ミルドレッド達が車列の周囲を護衛として固める。人数も多いので、互いの車内の様子は水晶板で見る事が出来るようになっているな。
「ああ。これは良いな。他の馬車の者達とも話をしながら移動できる」
イングウェイ王が言うと、モニターの向こうでフォリムやケルネが手を振ったりしていた。
そうして街中を移動していく。沿道には沢山の人達がエインフェウス王国からの来訪を見に来たり、歓迎に出たりしているようだ。子供達が手を振り、イェルダ達が表情を綻ばせて手を振り返したりしていた。
『ヴェルドガル王国も多数の種族が暮らす国と聞いていたが、確かに。街角を見ても顔触れが賑やかだ。それに明るくて良い雰囲気だな』
シュヴァレフが顎に手をやって感心したように言った。
『エインフェウスでは見ない種族の方々もいますね。海の民にハーピーですか』
フォリムの視線の先にはグランティオスから遊びに来ているセイレーンとハーピーの姿があるな。
「私やシーラとユスティアちゃん、ドミニクちゃんが仲良くしているから、みんなも付き合いがあるみたい」
「歌と音楽を好きという共通の話題がありますからね」
イルムヒルトの言葉にエレナがにっこり笑う。
イルムヒルトとユスティア、ドミニクの縁もあってか、ラミア、セイレーン、ハーピーは種族同士割と仲良くなっていたりするのだ。
『なるほど……。良いことです』
「昔から月女神の神託もありましたからね。伝統的に多数の種族を受け入れていると言いますか」
と言うと、皆の視線がクラウディアに集まったりして。クラウディアは少し気恥ずかしそうに目を閉じて小さく咳払い等をしていた。
そうして俺達を乗せた馬車の車列は王城セオレムに向かって進んでいくのであった。