番外1913 先王達の話は
湖底にも船を潜らせて見学に行き、水中建築物等を満喫し……それから再び連絡を取り合い、午後からメルヴィン公の家へと向かうこととなった。
「おお、よく参られた、歓迎しよう。テオドール公も、無事に戻ってきて何よりだ」
到着すると執事に案内されてメルヴィン公、ミレーネ夫人、グラディス夫人の待つ広間に通された。メルヴィン公は俺達の姿を認めると、笑顔で迎えてくれる。
「これは温かい歓迎痛み入る」
「ありがとうございます。獣王継承戦の見届けから戻って参りました」
イグナード公と共にメルヴィン公達に挨拶をする。
広間に用意された椅子に腰かけ、のんびりとお茶会だ。
「明るく広々としていて良い家よな」
「ふふ。暮らしやすく使用人達にも評判が良い。すっかり気に入っておるよ」
「それは何よりです」
というわけで、継承戦に関しての話をメルヴィン公にもしていく。森都や舞台周辺の様子。候補者達の様子やその試合の内容。
「いつものように幻影で見せるわけにはいかないというのが残念なところではありますが」
「エインフェウスの国防に関する事でもあるからな。おいそれと視覚的な情報を広めるわけにはいかないというのは分かる。しかしまあ、随分と盛り上がったようだな」
メルヴィン公達はそれでも楽しそうに話に耳を傾けていた。戦い方があまり具体的にならないようにしながらもなるべく激戦の様子を伝えていく。イグナード公もそれぞれの試合で各々の者達の技量を褒めたりと、継承戦の様子を伝える補足説明をしてくれているな。
イングウェイ王の優勝と、継承の儀でイグナード公と拳を交えて奥義を伝えられたことまで語り終えると、メルヴィン公は満足したように頷いた。
「……獣王を継承し王となった、か。イングウェイ王ならば聡明故、今後の我が国や同盟との関係も安泰であるな」
「ふっふ。儂も安心して隠居できるというものだ」
メルヴィン公、イグナード公が笑顔を向け合う。
その後の交流での元候補者達との出会いであるとか、イェルダとの遺跡探索の話まで含めて話をする。イェルダとイングウェイ王の関係性もだ。もしかすると将来的には獣王妃になるかも知れないし、元候補者の面々は今後タームウィルズやフォレスタニアを訪れてくる機会も増える。メルヴィン公と顔を合わせる機会もあるかも知れないし、ある程度詳しくそれぞれの人となりを話しておくのが良いだろう。
「まあまあ。それは良いことですね」
「上手く進めば喜ばしいお話でしょう」
イェルダの話を聞いて表情を綻ばせるミレーネ夫人とグラディス夫人である。
「そうして、骨休めということでフォレスタニアにて休養を取るという事にしたわけだな」
「ふふ。肩の荷が降りたところで休養を、という気持ちはよくわかる」
そうしてイグナード公とメルヴィン公はお茶を飲みながら、在位中の苦労話等を笑って語り合っていた。
王としてはやはり話題が合うようで。派閥同士の調整に苦労しただとか、政策が試算通りにきちんと効果が出ているかやきもきしながら経過を見たり報告を聞いたりした話だとか、突然の災害や魔物の対処に頭を悩ませた話だとか……色々と出るものだ。
苦労話が殆どであるが、語り合う二人は楽しそうだな。同意し合う言葉にも実感が込められており……在位期間が長いながらも治世を続け、名君として名高い二人であるだけに、そうした苦労も誇らしいものではあるだろう。
俺としても領主として参考になる内容で、傍から聞かせてもらえるのは有難いことだ。
ステファニアやローズマリーも、母親であるミレーネ夫人やグラディス夫人に近況を聞いたりと、母娘として交流をしているな。
メルヴィン公に贈る刺繍を編んだり、一緒に今までできなかった事に挑戦するなどして、のんびりと過ごしているということで。夫婦仲も良いようで結構なことである。
一方でメルヴィン公本人の近況はというと――。
「ふむ。儂もまたミレーネやグラディスと共に、王であった時、王妃であった時にはできなかったことを中心に楽しませてもらっておるよ。最近では草花を育てたりもしておるな」
「園芸ですか。それも楽しそうですね」
「儂の方はグラディス程本格的ではないから園芸という程のものではないが……元々花を愛でるのも嫌いではないのでな。植物を鉢植えで育てているわけだ。気温が安定しているし温室もあるから植物も育てやすくてよいな」
と、笑みを見せるメルヴィン公である。鉢植えも見せてもらったが……そうだな。セオレムの高層の庭園に植えてあった花と同じものだ。王城で身近にあった植物と同じものがあると落ち着くということか。それとも元々好みのものだったから王城に植えていたというのも有り得るな。
いくつか種類があるが、白い花は綺麗だし青い花は良い香りを放っていて……確かに鉢植えで身近に置いておくと気分が良さそうだ。
他にも読書をしたり劇場に足を運んだり湖の遊覧に出かけたり……親しかった者達の来客もあるので少なくとも退屈はしない、ということである。とりあえず引退後のフォレスタニアでの生活を満喫しているようで何よりだな。
「ふうむ。儂の場合は趣味も武芸を鍛える事、で完結してしまっていたからな。後進を育てたり等は考えておったが……今までやったことのないもの、獣王の立場ではできなかったことにも手を出してみるべきか」
メルヴィン公の話が参考になったということなのか、イグナード公は顎に手をやってふんふんと頷いていた。
「それが良い。何が楽しいと感じるかはやってみるまで分からないというのはあるからな」
「そうさな……色々と考えておこう」
――とまあ、そうしてメルヴィン公とイグナード公の面会は中々有意義な時間になったようである。話題が合ったという事もあり次の機会を互いに約束したりして……二人とも楽しかったようだ。
俺としても王であった二人……それも名君と呼ばれてきた二人の話だけに、色々と勉強になる部分が多かった。そのまま自分に置き換えられるような場面があるかどうかは分からないが、参考や目標にさせてもらおうと思う。
さてさて。イグナード公としては、後数日はフォレスタニア城で静養したり、タームウィルズやフォレスタニア観光、劇場や温泉、植物園や仮想街等に足を運んだりして、十分に骨休めをしてからユイやヴィンクルに指南をしたり、迷宮に足を運んだりしたい、という事だ。
やはり、迷宮探索には興味があったようで。そちらも楽しみにしていたそうだ。
「迷宮に潜るのでしたら、私もご一緒させてください」
「私もです」
フォレスタニア城の中庭でそうした今後の予定に関する話をしていると、オルディアとレギーナがイグナード公の迷宮探索への同行を申し出ていた。
どこの階層に潜るのが良いのかだとか、そうした話をして盛り上がるイグナード公である。
「迷宮に赴く際は――そうですね。あまり戦力を過剰にしてもと思いますが、改造ティアーズを連れていって下さい。何かあった時にお役に立つかと」
衛生兵役を担える改造ティアーズもいるのだ。本職の治癒術師には及ばないが、傷の治療、解毒、体力の回復といった基本的な部分を補えるし、何かあった時の連絡役や、俺達が転移で現場に向かう際のガイドビーコンにもなれるというわけである。
「おお。そうさせてもらおう」
イグナード公が表情を綻ばせる。イグナード公、オルディア、レギーナに加えてティアーズならバランス的にも良いだろう。戦力面で言うなら深めの区画でも通用するしな。